番外編 皇帝は彼ガウンの破壊力に悶絶する ①
リナト国第二王女であるルリエーヌ姫がハイランド帝国の皇帝ベルンハルトの側室入りするにあたり、側近のデニスはあることに頭を悩ませていた。
「どうするかな……」
色々と知恵を絞ったが、なかなか名案は湧いてこない。そもそも、これに関して簡単に案など浮かんでは大問題なのだが。
「仕方がない。リリアナ妃に相談するか」
ここは利害関係が一致した者同士で知恵を絞るのが最も得策だ。デニスはそう判断すると、早速リリアナへ相談することを決めた。
ただ、リリアナは皇后であり、側近とはいえ男であるデニスがベルンハルトの許可なしに勝手に面会に行くことは許されない。結果として、デニスはベルンハルトの元へと向かったのだった。
◇ ◇ ◇
その数時間後。リリアナはベルンハルトの執務室へと呼び出されていた。
リナト国から帰国してからというもの、セドナ国、リナト国との関係改善のための両国間協議が連日のように繰り返されており、ベルンハルトの執務は多忙を極めていた。両国が関係改善するためには国境付近の軍備をどうするか、両国間の行き来をどうするのか、調印式はどこでするのかなど、大きなことから小さなことまで調整して決めなければならないことが山積だ。
その殆どは外交トップのフリージが采配していたが、皇帝であるベルンハルトの判断が求められる部分も多いのだ。
「陛下、お待たせいたしました」
リリアナはなにかこの外交上のやり取りの中で問題が生じたのかと、緊張の面持ちで執務室を訪れた。近衛騎士が重厚な扉を開くと、中には執務服姿のベルンハルトと、黒い文官服を着たデニスがいた。
「どうかされましたか?」
「ああ、デニスがどうしてもリリアナに相談したいことがあると」
「デニス様が私に?」
リリアナは怪訝な表情でベルンハルトの執務机の前に立つデニスを見返した。デニスはリリアナの背後の扉がしっかりと閉まったことを確認し、いつものように冷静な、しかし、真剣さを帯びた眼差しをリリアナに向ける。
「はい。リリアナ妃にどうしてもご相談したいと思いまして。私だけの知恵ではどうにもしようがないのです」
デニスは宰相補佐であり、ゆくゆくは宰相に昇格することが内定しているハイランド帝国のブレーン的存在だ。そのような人物が自分の知恵ではどうにもならないと相談してくることとはどんな重大案件だろうか。リリアナは緊張から、ごくりと唾を呑む。
「ルリエーヌ姫の初夜の問題です」
「…………。ルリエーヌ様の初夜?」
ベルンハルトとリリアナは、予想外の相談に二人同時に顔を見合わせた。ベルンハルトもデニスの意図が読めないようで、困惑気味だ。
「つまりです。婚姻式はリリアナ妃が代理を務めますが、その日の夜は初夜の儀があるわけです」
「それは大問題ですわね」
リリアナは眉を顰めてデニスに向き直る。
「それもリリアナが代理を務めればいいだろう?」
とベルンハルトはが呆れたように呟くと、デニスは首を振った。
「では、ルリエーヌ姫はどちらで寝るのですか?」
「…………」
つまり、デニスの言い分はこうだ。
通例に則れば、ルリエーヌ姫の婚姻式の後、ルリエーヌ姫は自室に戻り初夜の儀が執り行われる。これは皇帝ベルンハルトがルリエーヌ姫の寝室を訪れ一定の時間を過ごし、また自室へと戻るのだ。
ここで問題となるのは、皇帝の居住区域は非常にセキュリティが厳しいということだ。警備にあたる近衛騎士達の目をかいくぐってルリエーヌ姫をこっそり居住エリア外に連れ出すことや、誰にも気づかれずに人ひとりが一夜を過ごすことは困難だ。
「俺が寝室に行って、何もせずに一定時間過ごして戻ってくればいいだろう?」
ベルンハルトが最も現実的と思われる提案をするが、デニスは「駄目です」とすかさず否定する。
「ルリエーヌ姫が初夜の儀の衣装を纏って据え膳状態でそこにいるのです。間違いがあるかもしれません」
──初夜の儀の衣装??
リリアナは自分のときの事を思い返した。確か、極めて煽情的な、薄手の絹製ガウンを着せられた気がする。サーっと血の気が引くのを感じた。
「ええ。それはいけません!」
リリアナは真っ青な顔をしてデニスに同意する。
ルリエーヌ姫はとても美しい姫君だ。いくらベルンハルトがリリアナを好きでいてくれているとしても、間違いが絶対に起こらないとは言い切れない。
「俺はそんなに信用がないのか?」
「そういう問題ではないのです。では、陛下はリリアナ妃がその衣装を着て寝室で私と数時間過ごすことを許可できますか?」
「できるわけないだろう」
怒気を孕んだ声色にも、デニスはそら見たことかと涼しい表情で見返した。
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