夢見の魔女、異国の少女に出会う

 リナト国の王宮へはハイランダ帝国の宮殿を出発してから八日後に到着した。途中途中で目にしたリナト国の町並みは四角い壁に三角形の屋根が付いた建物がどこまでも続いていた。ハイランダ帝国の立方体を組み合わせた積み木のような町並みとはまた違ったおもむきがあり、興味がそそられる。


 リリアナ達に用意された部屋はリナト国の王宮の客間の一区画だった。隣接してデニスやフリージの部屋も用意されている。

 外交担当のフリージは到着後に早速外交官達を連れて今後の打ち合わせにゆく。暫くするとベルンハルト達のところへ今後の説明にやって来た。


「婚姻式は四日後です。セドナ国の関係者も昨日から滞在しているようで、式には国王、王妃、第一王子、第二王女が参列する模様です」

「国王、王妃に第一王子と第二王女が参列だと? 王室総出で参加するとは随分と手堅く固めてきたな」

「本気で関係改善をして友好関係を築くつもりなのでしょう」


 眉をひそめるベルンハルトにフリージも頷いた。フリージによると、今回婚姻するセドナ国の第一王女はリリアナの一つ上の十九歳。下に十四歳の妹と十二歳の弟がおり、これがセドナ国の第一王子だ。


「リリアナ。フリージ達と少し話し合いたいからゆっくりと休んでいていいぞ」


 ベルンハルトとフリージやデニスを始めとする同行者達が真剣な表情で話し合いを始めたので、リリアナはそっとその部屋から出た。出た先はベルンハルトとリリアナの寝所だ。ベルンハルトには休んでいていいと言われたものの、一日中馬車に揺られてばかりで動いていないのでちっとも眠くない。


 リリアナは立ち上がって窓の前に立つと、そこから外を眺めた。客室から見えるのは王宮の庭園。丁寧に手入れのされた庭園は見事な左右対称となっており、色とりどりの花が咲き乱れている。一部は背の高い植木を使った迷路になっていた。


「庭園は開放されているのよね? 見に行って見ようかしら」


 リリアナは侍女のティーヌに申し付けると早速外に散歩に行く準備を整え始めた。ティーヌはリリアナに軽めの化粧を施すと、器用に三つ編みにして、それを高い位置に丸めて結い上げ最後に髪飾りを添える。


「ただのお散歩なのに随分と綺麗にしてくれたのね、ありがとう」

「諸外国の連中にリリアナさまの美しさを見せしめる良い機会ですわ」


 美しく結い上げられた髪をリリアナが鏡越しに確認すると、ティーヌは満足げに微笑んだ。


「陛下は……」


 少しだけ続き扉を開けて隣の様子を伺うと、ベルンハルトは側近達と真剣な表情で何かを話し合っているところだった。リリアナはその様子を見て、邪魔するのは悪いかと思い、何も言わずにそっと扉を閉じた。

 


 ♢♢♢



 リリアナは美しい花園をゆっくりと歩いた。凝ったアーチ状の花壇は見事な花が咲き乱れている。大きな白い花に顔を寄せると、果実のような甘い香りがした。

 

「とても素敵ね」


 リリアナは周りを見渡してほぅっと息を吐いた。リリアナはこれまでに色々の国の宮殿を訪れた事がある。しかし、これほどまでに凝った庭園は初めてだ。全ての花壇で咲き時を考慮し、貧相に見えないようにしっかりと計算されいる。花の色も美しいコントラストになるように綿密に考えられて配置されているのは明らかだ。


 花のアーチを抜けると今度は広く開けた低い花壇が広がり、所々に噴水がある。リリアナが噴水に近付くと、水しぶきのせいかひんやりと気持ちの良い風が吹いた。


 視線を移動させると樹木が緑色の高い塀のようになった一角が目に入った。滞在する部屋から見えた迷路だろうと思ったリリアナはそちらにも行ってみることにした。


「思ったより複雑だわ……」


迷路の中に入ってから僅か数十分後、リリアナは早くもこの迷路に入り込んだことを後悔し始めていた。迷路は一人で楽しむものだと言って護衛騎士とティーヌは入口に待たせてある。そして、ものの見事にリリアナは迷子になったようである。


「困ったわね」


 リリアナは周囲をぐるりと見渡す。見える範囲全てが高い塀のような生け垣に被われた同じ様な道だ。ワイバーンのジークを呼び出して空から帰ることも考えたけれど、ジークが下りると生け垣の一部を破壊してしまいかねないし、ワイバーンを見慣れないリナト国の人々が怖がる可能性もある。リリアナはもう少し頑張って歩く事にした。


「だれっ!?」


 突撃掛けられた鋭い声にリリアナは肩をビクンと揺らした。進行方向をよく見ると、小さく縮こまった少女が膝を抱えて座り込んでいた。薄いブラウンの髪を可愛らしく縦カールにした少女はリリアナと同じ位の年頃に見えた。そして、少女は頬を涙で濡らして瞼を赤く腫らせている。


「誰なのか名乗りなさい!」


 再びリリアナに鋭い声が飛ぶ。高圧的な言い方から、恐らくは高位貴族なのだろうということはリリアナにも予想がついた。


「初にお目にかかります。わたくしはハイランダ帝国から参りました──」

「まあ! では、ハイランダ帝国の式典参列者はもう到着しているのね!?」


 自己紹介中に会話を遮られたのは初めてだったので、リリアナはびっくりして目を丸くした。目の前の少女はそんなリリアナの様子に気付くことなくわなわなと肩を震わせている。


「お終いだわ! もうわたくしはお終いだわ! 何てことなの!!」


 まるでリリアナなど居ないかのように嘆き悲しむ少女。肩を揺らしてさめざめと泣いている。リリアナは唖然としたが、一先ず目の前の少女から事情を聞くことにした。


「あの、どうされたのですか?」

「私はもうお終いだわ! だって、ハイランダ帝国からあの血に塗られた皇帝が来たら、折を見て私を政略結婚させる提案をするとお父様が話しているのを聞いたのよ。きっと私は死神に血を抜かれて死ぬんだわ」

「誰と誰が政略結婚されるのです?」

「私と黒鋼の死神がよ!」


 リリアナは暫し考えた。目の前の少女は黒鋼の死神と政略結婚させられそうだという。黒鋼の死神とはすなわちハイランダ帝国皇帝ベルンハルトの事である。そのベルンハルトと目の前の少女が政略結婚……


「な、な、なんですってーーー!!!」


 少女も驚く大絶叫が辺りに木霊こだました。

 

「な、なによ? そんなに驚く事?」

「いけまけん。それだけはいけません!!」


 リリアナのあまりの剣幕に逆に驚いてすっかりと涙が止まった少女にリリアナはにじり寄る。少女はリリアナを見つめて眉をひそめた。


「あなた、ハイランダ帝国から来たのよね?黒鋼の死神本人を知っているあなたからしてもこれはお勧め出来ない結婚なのね?」


「当たり前ですわ! 絶対に駄目です!!」


 リリアナは断言した。ハイランダ帝国の制度上はベルンハルトは皇后の他にニ人の側室を娶ることが出来る。しかし、リリアナの個人的感情により断じてそんなことは認められない。


「お嬢さま、私と協力してその話、必ず破棄しましょう!」


 リリアナは力強く言い切ると、少女の手をしっかりと握りしめた。

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