夢見の魔女、皇帝と城下へ行く
翌日、リリアナはまだ日が昇る前に目を覚ました。隣にはベルンハルトが無防備にスヤスヤと眠っている。ベルンハルトはリリアナの四つ歳上。
切れ長な瞳のせいで普段は少し冷たい印象に見える。しかし、寝ているときはまるで少年のようにあどけない表情をさらす。リリアナはそんなベルンハルトの表情を独り占めするのが大好きだった。
「寝てると同じ歳みたいに見えるわ」
リリアナはベルンハルトを見上げてふふっと笑う。ジーッと見上げているとなんだか悪戯したい気持ちがムクムクと湧いてくる。暫くはニマニマしながら眺めていたが、我慢できなくてベルンハルトの鼻の頭にチュッと口づけた。そして、自分からやったくせに妙に気恥ずかしくなって両頬に手を当てて身悶えた。
「なんだ。鼻だけ?」
がっかりしたような声に驚いてリリアナは目をぱちくりとさせた。てっきり寝ていると思ったベルンハルトが目を開けて、青い瞳をイタズラっ子のように輝かせてニヤニヤしている。こっそりと悪戯したつもりがバレていた事に気付き、リリアナは狼狽えた。
「え!? ベルト、起きてたの? いつから??」
「ついさっき。リリアナが俺の顔見ながら一人でニマニマしてるときから」
リリアナはカーッと頬に熱が集まるのを感じた。さぞかし締まりのない顔でにやけて居たことだろう。
「酷いわ。起きたなら教えてくれれば良かったのに」
リリアナは恥ずかしさを隠すために真っ赤な顔のままベルンハルトを睨み付けた。
「リリアナが可愛いから、何をするのかこっそり見てやろうかと思って」
「可愛くないわ。締まりのない顔をしてたはずよ」
「可愛いよ。あの顔を俺がさせていると思うと堪らない」
ベルンハルトはくくっと笑いながらリリアナを緩く抱きしめると、その額にそっと口づけた。
「リリアナと一日中ベッドでいちゃいちゃしたいところだけど、切りが無いから起きようか。今日は城下へ行きたいんだろ?」
「行きたいわ! ベルト、ありがとう!!」
喜んでベルンハルトに抱きついたリリアナを、ベルンハルトはもう一度優しく抱きしめ返した。
♢♢♢
リリアナは城下を馬車でなら通ったことがある。リナト国に行くときと帰るときに車窓から眺めたのだ。しかし、あの時は馬車道の沿道に溢れんばかりの国民が集まり手を振っていた。つまり、あの時は平常状態では無かったので普段の城下を見るのは初めてだ。
馬車を降りたリリアナは辺りをぐるりと見渡した。
ハイランダ帝国の建物は四角い積み木が並んだような形状をしている。城下町は宮殿から放射線状に広がり、殆どが四階建てに統一されていた。一階と二階部分が商店や飲食店になっていて、三階と四階は会社の事務室や住居になっているのだ。
商店は服や小物、日常品、本など多岐に亘っている。飲食店もジューススタンドから居酒屋まで色々とあった。
「リリー。どこか行きたいところはあるか?」
きょろきょろと辺りを見渡すリリアナに、ベルンハルトは問いかけた。今日はお忍びモードでリリアナの呼び名もリリーになったようだ。
ベルンハルトは今日は上質な白いシャツに藍色のキュロットという貴族男性風の格好をしており、一見すると貴族の子息が息抜きに街歩きしているようにしか見えない。
対するリリアナも上質のシルクで作られた簡易なドレスを身につけており、恐らくはどこかの貴族令嬢に見えるはずだ。別に皇帝夫婦とばれても困ることは無いが、周囲を恐縮させないためにはお忍びモードがいい。
「どうしようかしら。何があるのか全然わからないわ」
「散歩して歩きながら適当に回ってみる?」
「はい!」
リリアナが目を輝かせると、ベルンハルトは優しく目尻を下げて微笑んだ。自然な流れでリリアナの右手をとると、指を絡めて手を繫ぐ。
「ふふっ」
「どうした?」
「恋愛小説のデートみたいだわ。恋人同士みたいね」
リリアナは頬を紅潮させてベルンハルトを見上げる。リリアナとベルンハルトは出会ったときから婚約者だったので恋人期間は無かった。世の中の恋人達はこんな事をして過ごすのだろうかとリリアナの心は躍った。
「ねえ、ベルト。どこに行くの?」
「カールからお勧めを何ヶ所か教えられたんだ。服飾店と宝石店とカフェと庭園に、美術館と……」
ベルンハルトはそれら一つ一つを思い出すように宙を眺めながら呟いた。
「それって全部回るのは無理じゃない?」
「そうだな。何回か来ないと回りきれない」
「何回か来てくれるの?」
「リリーが望むなら」
リリアナは嬉しくなってベルンハルトを握る手にきゅっと力をこめると、ベルンハルトも握り返してくれた。チラッと見上げるとベルンハルトは口の端を上げてリリアナに微笑んだ。
リリアナは歩いている途中、聞き覚えのある名前の看板を見つけて足を止めた。
「ここ……」
「髪飾り屋? ミンクス=エイランってたしかカールに聞いた気がするな」
リリアナが足を止めたのでつられて立ち止まったベルンハルトは目の前の店を見上げた。看板には『ミンクス=エイラン』と大きく書かれている。店の中は上流階級風の若い女性や恋人達で溢れていた。
「ナエラがカールさまにここの髪飾りをプレゼントされていたのだけど、とても素敵だったわ」
「じゃあ見てみるか?」
ベルンハルトはリリアナの手をひいて店へ入った。
中には所狭しと髪飾りが置かれていた。髪飾りデザイナーと言うだけ有り、シンプルなものから夜会向きの凝った意匠まで様々だ。ナエラのしていた金の輪っかに青い石が嵌まったものも見つけた。
「沢山あるのね。どうしようかしら」
リリアナは気になるものを手にとっては髪にあててみた。人気デザイナーと言われるだけあって、どれも洗練されていてお洒落だ。リリアナは一つに絞りきれず、何度もあてては戻すことを繰り返していると隣に立っていたベルンハルトがぷっと吹き出した。
「似合わない? 吹き出すほどおかしいかしら?」
「いや、迷ってる様子が小動物みたいで可愛いなと思って。どれも似合ってるよ」
リリアナは頬を薔薇色に染めた。大好きな人に優しい笑顔で可愛いなどといわれて冷静でいられるはずもない。ベルンハルトは顔を近づけると、リリアナのトレー載せられた髪飾りを覗き込んだ。短い髪がリリアナの頭に触れる。
「そうだな……。これはどう?」
ベルンハルトは花と小鳥のあしらわれた髪飾りをリリアナに差し出した。ピンクゴールドを基調とした大きな花と小さな花の中に小鳥が隠れており、中央に嵌まる石は選べるようになっている。
「可愛いわね。私、水色の石がいいわ。ベルトの瞳の水色だもの」
ベルンハルトは頬を緩める。お金を支払い髪飾りを受け取ると、それをリリアナの髪に飾ってやった。
「綺麗だよ」
「本当? ありがとう」
「ああ。凄く似合ってるよ」
嬉しそうにはにかむリリアナを見てベルンハルトは目尻を下げた。店員さんもにこにこして二人を見ている。
「仲がよろしいですね。デートですか?」
店員の問いかけにリリアナは目を輝かせた。他人から見てもこれはデートに見えるのかと思うととても嬉しくなった。
「ええ、そうなの。私達、今日初めて城下でデートしてるのよ」
「まあ、初デートですか。よろしいですね。この後も楽しんで下さい」
「ええ、ありがとう。あなたもよい一日を」
リリアナはご機嫌で手を振り、その店を後にした。
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