皇帝は夢見の魔女を城下に誘う
穏やかな日々が続く今日この頃、ハイランダ帝国では平和な日々が続いている。
ハイランダ帝国はリナト国及びセドナ国と友好条約を結び、国境からは徐々に兵士が帰還している。代わりに街の警邏が手厚くなり、元々悪くは無かった治安は以前よりさらに良くなった。
そんなある日、リリアナは侍女のナエラの髪に光る髪飾りにふと目をとめた。ハイランダ帝国風に一つに纏められた髪の結び目には金の輪っかが填まっており、所々に青い石が埋め込まれている。
「ナエラのその髪飾り、素敵ね。サジャール国から持ち込んだものでは無いわよね?」
リリアナの指摘に侍女のティーヌもナエラの髪に目を向けた。ナエラは茶色い髪をシンプルにまとめており、髪型と金の髪飾りがとてもよく似合っている。
「あら、それはミンクス=エイランのものではありませんか? 似たような物を見たことがあります」
「ミンクス=エイラン?」
聞き慣れない商店名にリリアナはティーヌに聞き返した。
「最近になってハイランダ帝国の女性に大人気の髪飾りデザイナーです。城下にお店が在りますのよ。髪飾りにしてはお値段は高めですが、良質の素材と洗練されたデザインで貴族令嬢や裕福な商人のご令嬢などに大人気ですわ。私も二つほど持っております」
ティーヌはにこにこしながら髪飾りデザイナーの事を話した。最近になって大人気という事は、皇室御用達になるにはまだ歴史が浅いのだろう。リリアナは何度か外商を通して髪飾りを紹介されたことがあるが、一度もその髪飾りデザイナーの話は聞いたことが無かった。
「まぁ、そうなのね。ナエラってば、いつの間に城下に買いに行ったの?」
リリアナとティーヌに見つめられたナエラは徐々に頬を染めた。
「申し訳ありません。実は、リリアナさまがリナト国に行かれている間に……」
「あら、そうだったの。空いた時間に出かけるのはナエラの自由だから謝る必要はないわ。一人で行ったの?
「その……、カールさまと……」
耳まで赤くなったナエラを見てリリアナは目を輝かせた。
「まあ、そうなの!? もしかして、その髪飾りはカールさまからのプレゼントなの? よくよく見ると石の色がカールさまの瞳の色と一緒だわ」
ナエラは恥ずかしそうに頬を染めた。リリアナの記憶では以前はカールの事を迷惑そうにしていたナエラだったが、いつの間にかいい関係になっていたようだ。これはカールの粘り勝ちと言えよう。
幸せそうなナエラの表情を見ていたら、リリアナも幸せな気持ちになってきた。そして、同時にとても羨ましく感じた。
リリアナは未だに城下に出たことがない。リナト国に行くときと帰るときに見た馬車の車窓から見た景色と、使い魔のサリーの見る景色がリリアナの知る城下の全てだ。
ベルンハルトはリナト国から帰ってきた後、滞っていた内政の処理、ルリエーヌの側室入りや友好条約締結に向けた調整、その他諸々の業務などでとても忙しくしていた。忙しいベルンハルトに我が侭を言うわけにはいかないので、城下には行けず終いだ。しかし、いったいどんな場所なのだろうと想像は膨らんだ。
「いいな。私も城下に行ってみたいわ」
寂しそうに呟くリリアナの姿を見てナエラはぎゅっと眉根を寄せる。
その日の夜、寝所でのベルンハルトの一言にリリアナは目を丸くした。
「リリアナ。明日、城下へ行こう。ずっと行きたがっていただろう?」
ベルンハルトは一緒にベッドに寝転ぶリリアナの髪を優しく手で梳きながらそう言った。
「え? ベルトは忙しいでしょう??」
リリアナは思いがけない言葉に、感激と同時に戸惑いを感じた。ベルンハルトに無理をさせているのではないかと思ったのだ。
「何とかするから心配するな。カールに大事な人の可愛いお願いも聞いてやれない甲斐性無し呼ばわりされた」
ベルンハルトはその時のことを思い出したのか苦笑いを浮かべた。
「それに」ベルンハルトはそっとリリアナの頬に手を添えた。
「最愛の后の願い事を叶えてやりたいんだ」
「ありがとう。ベルト、大好き」
リリアナはベルンハルトの胸元の服をギュッと握り締めた。ベルンハルトはなんだかんだ言って、婚姻以来リリアナのことをとても大切にしてくれている。それはリナト国に行って想いを通わせて以降、特に顕著になった。
「時々ね、幸せ過ぎて怖くなる」
「怖い?」
「うん。遠く離れた地の居たベルトと奇跡的に出逢えて、好きになって、ベルトが私を大事にしてくれる。何もかもが上手く行きすぎてて、幸せで、本当はこれは夢なんじゃないかって不安に思うの」
ベルンハルトは寝間着の襟元を握り締めて自分の胸に身体をぴったりと預けてくるリリアナを愛おしげげに見下ろした。
「大丈夫だ、リリー」
ベルンハルトは大きな手でリリアナの髪を優しく梳き、その一房を掬い上げると口付けた。
「その夢は醒めない。俺が永遠に見続けさせてやる」
永遠など、人に存在しない。けれど、ベルンハルトの言葉にはその永遠を信じても良いかもしれないと思うほどの誠実さと愛情が感じられた。リリアナが見上げると、ベルンハルトの青い空のような瞳と視線が絡み合う。
「リリー。半年後にルリエーヌ姫がデニスの元に降嫁する」
「はい」
「円滑に話を進めるために一つお願いを聞いてくれるか?」
ベルンハルトがリリアナの耳元に口を寄せる。
──次の皇帝を、俺の子を産んでくれ。
リリアナの頬は薔薇色に染まった。皇后と側室の最大の任務は皇帝の世継ぎを身籠もること。ルリエーヌを降嫁させてもリリアナがいつまでも身籠もらなければまた別の側室の話が出て来るのは容易に想像がついた。
「が、……頑張ります」
真っ赤になったリリアナは両手に拳を握って見せた。
「頼もしいな」
ベルンハルトは蕩けるように微笑むとリリアナを真っ白なシーツに縫い付けた。与えられる口づけと温もりはこの上なく甘美で幸せな味がした。
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