夢見の魔女、皇帝と城下へ行く②

 髪に飾られた飾りと握られた手がこそばゆい。

 城下では色々なお店が建ち並んでいるので、店の呼び込みも様々だ。服装も侍女や文官、騎士の制服ばかりの宮殿とは全く違う。その景色はサリーを通して見ていたとは言え、リリアナにとってとても新鮮だった。

 よくよく見ると、歩きながら何かを食べている人がちらほらといる。ロール状に巻かれたパンのようなものだ。


 暫くはきょろきょろとベルンハルトの隣を歩いていたリリアナは、一台の屋台に目を奪われた。屋台では円形の薄いパンにハムや野菜、チーズなどを乗っけてくるくると巻いた食べ物が売っていた。きっとさっきから道行く人が食べているのはあれに違いない。


「ねえ、ベルト。あれはもしかして『クルノン』ではないかしら? ティーヌに聞いたことがあるわ。さっきから食べている人が沢山いるの」


 リリアナは以前ティーヌが薄いパンに具材を乗せてくるくると巻いた『クルノン』という食べ物が城下で流行っていると言っていたのを思い出した。店の前で若い男性が客寄せしている。


「食べてみる?」

「いいの? 食べたいわ」


 リリアナは目を輝かせた。ベルンハルトはその屋台の方へ近づき、ポケットから銀色の丸いものを取り出した。硬貨だ。


「待って、ベルト。それはもしかしてお金ね? この前ボートに乗ったときもさっきもそれで払っていたわ。普通、買い物にはお金がいるのでしょう?」

「ああ、そうだが? それがどうかしたか??」

わたくし、自分で払ってみたいわ!」


 王女として育てられたリリアナはお金を支払った経験が一度も無い。サジャール国では殆どが外商だったし、稀にお店で買い物しても支払い請求は王宮に直接いった。ハイランダ帝国でも全て外商で商人が宮殿に来るのでやっぱりお金を支払うことはない。

 しかし、ベルンハルトとお忍びデートをするようになって初めてリリアナはお金というものを身近に感じた。自分も是非やってみたいと思った。


 リリアナはベルンハルトから硬貨を一枚受け取ると、それを客寄せのお兄さんに差し出しす。


「はい、まいどあり」


 お兄さんはリリアナにクルノン一つ手渡した。初めての体験にリリアナはとっても嬉しくなった。


「ベルト、見て! 私、上手に買えたわ!」


 得意気に胸を張るリリアナを見下ろしてベルンハルトは堪えきれないようにクスクスと笑った。


「なぜ笑うの? 私の買い方はおかしかった?」

「いや、本当に可愛いなと思って」


 不安そうに見上げるリリアナの頬をベルンハルトはそっと撫でる。ぽぽっと頬を染めるリリアナとクルノンを見比べるとニヤッと笑い、リリアナの持っていたクルノンにかぶりと食いついた。


「あっ、私も食べたいのに!」

「これ、結構大きいから一つ食べると夕食が食べられないぞ」


 もぐもぐと咀嚼するベルンハルトが実はリリアナが口に入れる前に毒味したのだということに、リリアナは気付いていない。ベルンハルトはあらゆる種類の毒物に耐性を身に付けているので、少し食べたくらいではなんともならないのだ。


「それもそうね。じゃあ半分こにしましょ。ふふっ、立ったまま食事なんて初めて。ましてや一つを半分こだなんて、おかしな感じだわ」


 ご機嫌なリリアナとベルンハルトは仲良く交互に半分ずつそれを食べる。リリアナが初めて食べるクルノンは、ハムとチーズの塩味が利いてとても美味しかった。


「この後はどうしようか? まだお店を回る?」

「まだ見てもいい?」

「もちろんだ。リリーの好きにしていい」


 ベルンハルトは微笑むと、リリアナのおでこにチュッと一瞬触れるだけの口付けを落とした。リリアナはそこに手をあてて、ほんのりと薔薇色に色づく。


「そうね……。庭園や美術館も魅力的だけど、せっかく町にいるのだからこのままお店をみたいわ」

「じゃあそうしよう。見たいお店はある?」

「特には決めてないの。ぶらぶらしていい?」

「リリーのお気の召すままに」

「ふふっ、ベルト大好きよ」


 リリアナは思わずベルンハルトの腕に抱きつく。ベルンハルトはそんなリリアナの様子を優しく見下ろし、先程の髪飾りの飾られたリリアナの髪を一房つまむとそっと口づけた。

 二人はその後も何店舗か回って束の間のデートを楽しんだのだった。



 ♢♢♢



「いやー、今日も甘かった。しばらく胸焼けが続きそうだ」


 宮殿に戻った後、げっそりとした様子でカールに愚痴を言うフリージを見て、ベルンハルトは眉をひそめた。


「フリージは一体何を食べたんだ? 俺が食べたクルノンと言う料理は塩気が利いて旨かったぞ。次は腹が減ったらそれを食べるといい」

「……お心遣いに感謝します」

「ああ。今日はご苦労だったな。リリアナも喜んでいた」


 それだけ言うとベルンハルトは機嫌よく執務室へと向かう。幸せオーラ満開の後ろ姿を見送りながら、カールはポンとフリージの肩を叩き同情の眼差しを向けた。


「なんか色々と……お疲れさん」


 フリージはどっと疲れを感じ、がっくりと項垂れたのだった。

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