番外編 皇帝は彼ガウンの破壊力に悶絶する ②
「そうでしょう? しかし、初夜の儀に陛下がルリエーヌ姫の元を訪れなければリナト国側が黙っていないでしょう。だから、こうしてリリアナ妃に名案はないかとご相談したわけです」
確かにデニスの言う通りだった。
隣国の王女を迎えながら、初日すらその王女の元を訪れないというのは、王女をないがしろにしている侮辱行為と捉えられかねない。リリアナの婚姻式の日も、すっかり来ないと諦めていたところにやって来たベルンハルトは『婚姻の日に花嫁の元を訪れないのはあらぬ憶測を呼ぶ』と言った。
色々考えるとベルンハルトが提案した、『ベルンハルト本人がルリエーヌの元を訪れて一定時間を過ごす』というのが一番現実的だが、リリアナの心情的にその状況はなんとかして回避したかった。デニスも冷静に見えても心中穏やかでないからこそ、リリアナに相談しに来たのだろう。
リリアナは頬に手を当て、考え込んだ。
魔法でどうにかすることはできないだろうか?
転移の魔法があればこっそりとリリアナがルリエーヌを寝室から連れ出すこともできる。しかし、存在しない魔法を使うことはリリアナにもできない。
当日その場にいる人間全員の記憶を書き換える? ただ、侍女だけでも何人もいるし、途中で交代も入る近衛騎士もいる中、全員を欺くことができるだろうか。
「わかりました」
リリアナは覚悟を決めてすっくと立ちあがる。
色々と考えたが、どう考えてもこれが一番問題がおこらないし、簡単だ。
「その陛下のお役目、私が引き受けます!」
かくして、ルリエーヌ姫の初夜の儀は幻術でベルンハルトに姿を変えたリリアナが勤めることになったのだった。
◇ ◇ ◇
ルリエーヌの婚姻式当日、リリアナはベルンハルトに姿を変えてルリエーヌの元を訪れた。ルリエーヌはベルンハルトの姿をした男が部屋に入っていたことに気付くと動揺したように肩を震わせた。
しかし、部屋の扉を閉めてリリアナが幻術を解くと途端に表情を明るくした。
「リリアナ様! ああ、よかったわ!」
頬を紅潮させたルリエーヌが近寄って来たので、リリアナは「しっ」と口元に手を当てる。外で控える近衛騎士に聞こえて不審がられると、面倒だ。
「あら、ごめんなさい。驚いてしまって」
ルリエーヌは慌てたように口を手で覆うと、「リリアナは様って本当にすごいのね。体もずっと大きい陛下にも姿が変えられるなんて」と笑った。
「あくまでも幻術なので、実際に姿が変わっているわけではないのですが」
リリアナは照れたようにはにかむ。
その後、二人は一緒にベッドに寝転んでたくさんお喋りをした。
よく小説の中で女友達同士がパジャマパーティーをする様子が描写されているのを読んだことがあったが、リリアナにとっては初めての体験だ。
ルリエーヌとは歳も近いし、王女として育ったという境遇も同じ。次々と話題が湧いて、尽きることがない。
結局、リリアナとルリエーヌは時間が経つのも忘れて盛り上がり、リリアナがルリエーヌの部屋を後にしたのは予定時間を大幅に超過した真夜中だった。
◇ ◇ ◇
リリアナが再びベルンハルトに姿を変えて寝室に戻ったとき、部屋で一人静かに過ごしていた本物のベルンハルトはすぐにすっ飛んできた。
「あ、ベルト」
リリアナはすぐに幻術を解くと、笑顔でベルンハルトに笑いかけた。リリアナを心配して、こんな時間まで寝ずに待っていてくれたらしい。
「大丈夫。誰にもばれていないはずよ」
「そうか。よかった」
ぽすんとその胸に飛び込むと、ほっと息を吐いたベルンハルトはなんなくリリアナを受け止め、優しく抱きしめた。
「ルリエーヌ様と色々お喋りしたの。すごく楽しかったわ」
リリアナは笑顔でさっきまでどう過ごしたかをベルンハルトに報告する。ベルンハルトは穏やかな表情で、それに耳を傾けた。
「それを明日、デニスにも伝えてやってくれ。あいつも安心するだろう」
「ええ、そうするわ」
「よし。では、もう遅いから寝ようか」
「うん」
先にベッドに上がったベルンハルトに呼ばれてリリアナはおずおずと近づいてゆく。そのとき、リリアナはベルンハルトがじっと自分を凝視していることに気が付いた。
「えっと、どうかしたの?」
「…………。いや、なんでもない」
ベルンハルトは口許を隠すように片手で覆う。
リリアナが今着ているのはベルンハルト用の夜着だった。彼シャツならぬ彼ガウン。ちょっぴり裾を引きずって、肩幅もサイズがあっておらず半分落ちかけている。
「これ、意外といいな」
「え、なに?」
ベルンハルトがぼそりと呟いたその声を、リリアナは聞き取ることができなかった。
戸惑うように両手を胸の前に当てたリリアナ。その指先は、すっぽりと袖で隠れてしまっていた。
ベルンハルトはなぜか片手で目元を覆う。
可愛い。意図せず着せた自分のガウン姿のリリアナが、破壊的に可愛い。これは寝ている場合ではない。愛でなければ!
「リリアナ。おいで」
ベルンハルトが心の中でそんな悶絶をしていたことをリリアナは知る由もない。
優しい笑顔で手を差し出され、おずおずとそこに自分の手を重ねる。次の瞬間、強く引かれてベッドに背中を縫い付けられた。
「え? ベルト?」
突然のことに目を丸くするリリアナを見下ろして、その顔の両脇に囲うように手を付いたベルンハルトはニヤリと口角を上げる。
その日以降、ベルンハルトの変なスイッチが入ったとか入らないとか。真相は皇后であるリリアナのみが知る。
(カクヨム版)夢見の魔女と黒鋼の死神 三沢ケイ @kei_misawa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます