計略①

 良く晴れ渡ったその日、ハイランダ帝国の宮殿の中庭には煌びやかな二台の馬車と凛々しい騎士団の隊列が停まっていた。黒を基調に金の模様が光る馬車はまさに皇族が使うのに相応しい豪華さだ。馬車の前には皇帝と皇后であるリリアナ、それに、側近達や重用されている大臣と貴族、近衛騎士達も揃っていた。


「フリージ、リリアナを頼むぞ」

「お任せ下さい。命に変えても御守りします」

「リリアナ、気をつけて」

「有難きお言葉にございます」


 兜のせいでぐぐもった声で出立の労いの言葉をかけていく皇帝に、フリージとリリアナは頭を垂れて礼をする。皇帝が身動きする度ににガシャンと金属のぶつかり合う音がした。


 本日これより、リリアナとフリージはハイランダ帝国の代表としてリナト国の第一王子とセドナ国の第一王女の婚姻式に出席するために、リナト国に向かうことになっている。

 

 前の馬車にリリアナと侍女のティーヌが乗り込み、後ろの馬車にフリージと外交官が乗り込む。馬車の前後左右には二十騎ほどの近衛騎士が付いた。


 出立してすぐにリリアナは馬車の窓から外を覗いた。ハイランダ帝国の城下街を近くで見るのはこれが初めてだ。外には沢山の人がいた。買い物かごを持って往来する人、食べ歩きする人、犬の散歩をする人……リリアナは目を輝かせた。


「見て、ティーヌ! あそこにポニーテールの人がいるわ。前にティーヌがやってくれた髪形よね? あっちの人は何を食べているのかしら?? 歩きながら食べるなんて面白いわ。あら、あの犬を連れている人が多いのね。そういえば、この前サリーがお散歩中に追いかけられていたわ!」


 見るもの見るもの全てが珍しく、リリアナは窓から身を乗り出そうとした。すると一騎の騎士が隊列から外れて馬車へと近づいて来た。馬を器用に操り馬車の隣りにぴったりとつくと、兜の隙間からのぞく青い双眸がリリアナをしっかりと見据える。


「リリアナ、あまり身を乗り出すな。矢で射られたらどうする。もうすぐ城下を抜けるから気を引き締めろ」

「も、申し訳ありません……」


 シュンとしたリリアナは馬車の椅子に座りなおし、念のため小窓以外の全ての窓を閉めた。


「リリアナ様、どうされたのですか?」

「えっと……、なんだか眩しかったから」

「そうでございますか?」


 突然外を見るのをやめて窓を閉め始めたあるじをティーヌは不思議そうに眺めて小首を傾げた。






 どれ位走ったのだろう。順調に走ってきた馬車が突如ガタンと停まり、ティーヌは勢い余って前の座席に倒れ込んだ。


「きゃッ」

「ティーヌ、大丈夫?」


 リリアナはすぐにティーヌを抱き起こして馬車の床の部分にしゃがみ込んた。耳を澄ますと蹄の音、剣がぶつかり合う音、怒鳴り声が聞こえる。

 リリアナは自らとティーヌに防御魔法をかけた。これで、物理的な攻撃であれば完全とは言えないもののそれなりに防ぐ事ができる。


「な、何事でございましょう?」


 ティーヌは不安げに小窓の方を見た。


「きっと賊だわ。でも、近衛騎士がいるから大丈夫」


 ティーヌを元気づけながらも、実際はリリアナも不安でいっぱいだった。剣のぶつかる音が引っ切りなしに聞こえてくる。

 馬車に扉にガシャンと何かがぶつかる音がして、衝撃で扉が開く。四角く切り取られた壁の向こうにいる人物はリリアナに気付くと方向を変えてこちらへ向かってきた。光るものが向けられる。リリアナはそれが剣先だと悟り、ギュッと目を瞑った。



 ♢♢♢

 


「陛下! 大変です!」


 皇帝の執務室に息を切らせた男が飛び込んできた。普段はきっちりと纏め上げられた薄茶色の髪が走ってきたせいか少し乱れていた。


「何事だ?」


 執務室の中でも黒鋼の鎧を纏ったままの皇帝は訝しげに低い声で問うた。兜のせいで声はぐぐもっている。

 走ってきた男、フレディ候爵は手に持っていたぐしゃぐしゃの手紙を皇帝に差し出した。フレディ侯爵は息を切らせ、頬は赤く上気している。

 

「リリアナ妃の一行が賊に襲われた模様です」

「なんだと!?」


 皇帝はその手紙をすぐさまひったくり、皺になった部分を伸ばした。


 ──リリアナ妃一行襲われる。● 至急対応願う。


 無言でその内容を確認して●印を確認するようになぞった皇帝は、「なんてことだ……」と低く唸った。

「本当に恐ろしいことです。すぐに善後策を立てなければ」


 フレディ侯爵はすぐに御前会議を開き善後策を考えるように皇帝に促した。急き立てられた皇帝は青い双眸でフレディ侯爵を睨み据えた。


「そうだな。フレディ侯爵。お前を国家反逆罪で逮捕する」

「何を? 気でも触れられたか!?」


 その時、執務室に人影が現れて皇帝の横に駆け寄った。輝くばかりのシルバーブロンドの髪にアメジストの瞳を持つ皇后は皇帝に寄り添い、フレディ侯爵を睨みつけた。


「私を襲ったのはこの男の手下でした」 


 声高々に宣言した皇后の姿を認めてフレディ侯爵は目を見開く。居るはずのない亡霊を目の前にして、驚愕の表情を浮かべた。


「なぜ……?」

「なぜ? それはお前達の策略に気付いて先に影武者を立てたからだ」

「っつ!」


 顔を歪めたフレディ侯爵が呼び笛を鳴らす。皇帝もすぐさま執務室に置かれた緊急事態を知らせる銅鑼どらを叩いて賊の侵入を知らせた。

 たちまち当たりは剣と剣がぶつかり合う乱戦の様相を呈する。反逆勢力はワイル副将軍率いる首都トウキの治安維持部隊、皇帝を守るのは近衛騎士達だ。近衛騎士と治安維持部隊では人数が全く違う。それでも何とか互角に戦えたのはサジャール国の魔導師の指導で武器に魔力を込めて戦う訓練をしたからに他ならない。


 皇后のすぐ近くにも剣が振り下ろされた。咄嗟に皇帝が皇后の腕を引き自らの後ろに匿う。


「下がってて。怪我をする」

「しかし!」

「いいから。ここは俺にいいとこ見せさせてよ」


 兜の隙間から見える青い瞳がウインクをする。皇后は唖然とした顔で皇帝を見返した。この緊急事態にも相変わらずの態度だ。

 そうこうする間にも容赦ない刃が襲いかかり、皇帝はそれを鎧の腹に受けてよろめいた。


「陛下!」


 皇后が悲鳴をあげた次の瞬間、皇帝は持っていた剣で流れるように相手に一撃を食らわせた。攻撃を受けた男はその場に倒れ込む。


「無事か!?」


 剣を握りしめたラング将軍が執務室に飛び込んできて、皇帝はホッと胸を撫で下ろした。すでに何人もの相手をしており、また敵だったら正直危なかったからだ。


「なんとか。あと何人か相手したらへばってたかも」

「遅くなって悪かった」


 フレディ侯爵はラング将軍を見て口元をわなわなと震わせた。


「なぜあなたがここにいる? 国境に帰ったはずでは……」

「色々事情があって留まった。治安維持部隊如きで俺の部隊に勝てる訳が無いだろう」

「!! くそっ! くそー!!」


 地団駄踏んで悔しがるフレディ侯爵はラング将軍の部下により連行される。最後まで絶叫していた。


「さてと」


 皇帝は被っていた兜を脱ぎ、机にゴトリと置いた。アッシュブラウンの髪が汗で額にへばりついている。


「ナエラ嬢も戻って大丈夫ですよ」


 カールの掛け声で皇后の姿はたちまちナエラに変わる。魔法で幻術を使っていたのだ。


「ラング将軍。陛下達は?」

「無事だ。他の場所をの状況を見てくる」

「よかった。あー、こんな鎧を四六時中着てるなんてすげーな、あいつ」


 カールは天を仰いだ。重厚な鎧は酷く重く、歩くのも辛いほどだ。着ているだけで酷く体力が奪われて、中は蒸し風呂のような暑さだ。幼なじみの味わってきた重圧が少しだけ身に染みた。


「カールさま」


 横から手が伸びてきてそっと肩に触れた。体がスッと軽くなる。


「ありがとう、ナエラ嬢」


 カールは治癒魔法で身体を癒してくれたナエラを見上げた。正直体中が痛かったからその有り難さをひしひしと感じる。いつもツンとしている茶色の瞳が今日は心配そうに見下ろしていた。


「リリアナ妃の絶世の美貌も良いけど、やっぱり俺はナエラ嬢みたいな親しみのある美しさ方が好きだな」


 カールが微笑みかけるとナエラは目を瞠り、頬が赤く色付く。


「え?」


 今日も冷たく言い返されると思っていたカールは予想外の反応に呆けたようにナエラを見返した。すぐにふいっとそっぽを向かれてしまったが、もう少し頑張って押してみようかなと思わせるには十分なら可愛らしさだった。



 


 

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