(カクヨム版)夢見の魔女と黒鋼の死神

三沢ケイ

第一章 夢見の魔女は皇帝に愛を囁く

夢見の魔女、四度目の婚約解消をする

 シンカ国の豪華な王宮の中でも一際豪華絢爛な大広間の一画。赤いマントを纏ったこの国の第二王子は悩ましげな顔で一人の姫君と向き合っていた。


「リリアナ姫、申し訳ないがそなたとの婚約は解消させて欲しい」


 心底申し訳なさそうに眉を寄せる第二王子の言葉に、周囲の臣下一同は息をのんで第二王子と向き合うリリアナ姫を見つめる。


 破棄を言い渡された姫君、サジャール国の第一王女であるリリアナは持っていた扇で口もとを覆うと長い睫毛に覆われた目を伏せた。俯いた拍子にさらりと美しいプラチナブロンドの髪が流れ、肩は小刻みに震えている。悲しみに必死に耐えているのが痛々しいほどうかがえた。


「まぁ、殿下。いったい何故ですの?」

「リリアナ姫はなにも悪くない。俺が……俺が悪いんだ」


 艶やかな黒髪にこの国の海のように透き通る青い瞳の美形の第二王子は唇を噛むとぐっと拳を握り締めた。


「実は……、前から探していた運命の相手を見つけ出してしまったんだ。俺は以前海に投げ出された時に助けてくれた娘が忘れられなかった! 二度と会えないと思っていたその娘と再会してしまった。彼女なしでは私は生きていけない。どうか赦して欲しい」


 土下座せんばかりに頭を下げる第二王子をリリアナはそっと制止した。第二王子はハッとして顔を上げる。


「いけません、殿下。頭をお上げ下さい」


 リリアナはそう言うと、第二王子の手をそっと両手で包んだ。


「何を言われますか。殿下がそのような女性に巡り会えたこと、わたくしにとってもこれ以上にない喜びでございます」

「リリアナ姫……」

「どうか私のことはお気になさらずに。ただ、一つだけお願いがございます」


 リリアナは紫色の双眸で真っ直ぐに第二王子を見上げた。第二王子は真剣な表情でリリアナを見つめ返す。


「なんだ? なんなりと言ってくれ」

「シンカ国と、わがサジャール国との一層の同盟の強化を。どうかこの事で両国間の関係が悪化することがないようご配慮頂きたいのです」


 その場にいた臣下達からどよめきがおきる。一方的な婚約破棄を申し出されたのにも関わらずなんと立派な、だとか、おいたわしい、という声が漏れ聞こえた。


「わかった、約束しよう。わがシンカ国とサジャール国はより一層の同盟の強化により末永く平和を保つであろう!」


 眉をぎゅっと寄せた第二王子は胸に手を当てて誓いの姿勢をとる。それに合わせたように臣下達も胸に手を当てた。


「シンカ国とサジャール国の末永い友好を!」

「「「「シンカ国とサジャール国の末永い友好を!」」」」


 大広間に人々の誓いの言葉がこだまし、両国の王子と王女が衆人環視の中で同盟強化の推進の同意書にサインをする。


 かくしてシンカ国第二王子とサジャール国第一王女の婚約は友好的に解消されたのであった。



 ♢♢♢



 シンカ国からサジャール国に向かう上空を飛ぶドラゴンに牽かれた豪華な貴賓車の中。リリアナは今回も上手くやったとご満悦でいた。


「ねえ、ナエラ。私ったら今回も上手くやったと思わない? 婚約は無事に破棄したのに両国間の同盟は強化。我ながら天才だわ。婚約破棄を申し渡されたとき、笑いをこらえるのが大変で大変で……」

「それで小刻みに肩を震わせていらしたのですか?」

「あ、ナエラにはやっぱりバレちゃった?」


 リリアナはいたずらが見つかった子どものようにペロリと舌をだす。きらきらと目を輝かせて得意気に語るあるじを見て、侍女のナエラはぐりぐりとこめかみを抑えた。


「リリアナ様。そうは言っても今度こそ陛下もきっとお怒りになりますわ。四回目ですよ、四回目! 陛下は四回もリリアナ様を嫁に出したと思って送り出しているのです!」

「そんなに四回、四回って強調しないでよ。まるで私が四回結婚に失敗したみたいだわ。私はまだ十八歳だし、戸籍上は一度も結婚していない清廉潔白よ?」


 リリアナは肩を竦めて口を尖らせた。


「もう十八歳なのです! 最初の婚約解消は十五歳でした。婚約解消も四回目となれば悪評どころでは済まなくなります! せっかくこの美貌で次々と大国からきていた婚姻申込みを次々と無下なされるなんて……。ナエラは、ナエラは……」


 これはお説教話が長くなりそうだとリリアナは貴賓車の外に視線を移した。まだ青い水平線が見えているが、空を飛ぶドラゴンに牽かれたこの貴賓車はそろそろシンカ国とサジャール国の国境付近まで近づいているはずだ。


 シンカ国は三方向を海に囲まれた半島の国で、海とは切っても切り離せない関係にある。

 リリアナの元婚約者のシンカ国第二王子も十五歳から二年間、海軍兵として訓練を受けていた。その時、荒れた海に投げ出されて死にかけるという体験をしたらしい。

 第二王子はその時に自分を海の底から引き揚げて陸まで運んでくれた命の恩人の少女に恋をしたようだ。周りに話しても荒れた海から王子を救出できる少女などいるわけがないと信じて貰えず、第二王子はすっかり少女との再会を諦めていた。ところが偶然、その時の少女が実は近くにいることが判明したのだ。


「あの命の恩人の少女だって、どうせリリアナ様が引き合わせたのでしょう?」


 ふて腐れた顔をしてこちらを見ているナエラに気付き、リリアナは苦笑した。


「だって、愛し合う二人がすぐ近くにいるのにすれ違うなんて酷い話だわ」

「もっとご自身の幸せの為に魔法や夢見の力をお使い下さい。リリアナ様は人に幸せを運んでばかりです」

「あら? これは私の幸せのためでもあるわ。だって、考えてもみて? 輿入れしたあとにあの子が居ることに第二王子が気付いて熱を上げたら、私は飾りだけの妃になるのよ? それこそ不幸だわ」

「それはそうですが……」


 ナエラはまだ納得がいかないようで不満げな顔をしている。リリアナはそんなナエラをまぁまぁ、となだめた。



 リリアナの母国であるサジャール国は別名『魔法の国』とも呼ばれている。

 国民の中に魔法の適性がある人の割合が高いことを理由だが、その中でもサジャール国の王族直系女子だけが引き継ぐ秘密の魔法がある。

 サジャール国の王族直系女子だけに備わる特別な力、それは『夢見の魔法』だ。


 『夢見の魔法』とは、他人の夢に入り込む事が出来る特殊な魔法である。ただ、意図的に悪夢を見せたり、夢を操ることは出来ない。


 リリアナは第二王子の夢に入りくだんの時の様子を客観的に観察し、少女が海の精霊であることを知った。そして、仮病を使って部屋にこもったと見せかけた二週間でお忍びと使い魔でくまなく少女を捜し回り、それらしき人物を見つけた。

 次にリリアナは少女の夢に入り込み、少女もまた第二王子を慕っていたが、悪い魔女に人間に姿を変えて貰う際に引き替えに第二王子に近づけない呪いをかけられたことを突き止めた。


 だから、リリアナはその呪いを解いてあげただけだ。何故ならリリアナ自身も王族として幼少期から厳しく教育された魔女であり、解呪はお手のものだったから。


「あの子は元々は海の精霊だから、あの子が王家と縁続きになればシンカ国は海の精霊の加護が得られる。シンカ国にとってもこれがよかったのよ」

 

 ナエラはリリアナを見つめ、何か言いたげな目をしたがそれ以上は何も言わなかった。


「私ね、魂の伴侶と結ばれたいの」とリリアナは呟いた。


 リリアナの言葉にナエラは少しだけ首を横にかしげる。


「シンカ国の第二王子は違ったのですか? リリアナ様の仰る黒い髪に青い瞳でしたわ」

「違ったわ。印がなかったし、彼はもっと切れ長の瞳だった」


 視線を伏せるリリアナを見て、ナエラは大きく息を吐く。


「その気持ちはわかりますわ。しかし、魂の伴侶と出会えて且つ結ばれた王女はサジャール国の長い歴史の中でも殆どおりません。リリアナ様もよくご存知でしょう?」


 リリアナはこくりと頷いた。


 魂の伴侶。

 それはサジャール国の王女に代々伝わる言い伝え。夢見の魔法が発現したとき、最初に繋がる相手は魂の伴侶と呼ばれる運命の相手であり、魂の伴侶と結ばれた王女は末永く幸せになるという。


「でも、結ばれた王女もいるわ。お父様とお母様だってそうでしょう? だから、わたくしも諦めたくないの」


 魂の伴侶はどこの誰なのか全く予想が付かない。げんにリリアナの父親である現国王は遠方の小国の宰相の嫡男だった。

 たまたま外交官としてサジャール国を訪れた父親に気付いた当時はまだ王女であった母親は、厳重なる包囲網を張り巡らせた。そして徐々にその包囲網を縮めてゆき、口説きに口説き落としたのだ。


 魂の伴侶に逢えるのは夢見の魔法が発現した時期の最初の数日間だけ。実際に出会える可能性が極めて低いことくらい、リリアナもわかっていた。それでもあの日夢で出会った黒い髪と青い瞳の少年との再会を夢見てしまう。

 あと少しだけ、二十歳になったら自分も諦めてどこにでも国のために嫁ぐ。だから、あと少し待って欲しい。


 再び貴賓車の窓の外を覗くといつの間にか水平線は姿を消し、草原が広がっている。国境が近い。


「お父様、流石に今回は怒るかしら?」


 貴賓車に揺られながらリリアナはそっと目を閉じる。髪と同じくシルバーブロンドの睫毛が象牙色の頬に長い影を作り出した。

 リリアナは来たる国王陛下との謁見えっけんでどんな言い訳をしようかと、そのまま深い思考の奥に入り込んだのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る