夢見の魔女、婚姻式に参加する

 狩猟に出かけた翌日、リナト国では王太子であるケベック第一王子とセドナ国のシェリー第一王女の婚姻式が盛大に執り行われた。


 リナト国の大聖堂は厳かな雰囲気に包まれていた。大聖堂の正面にはリナト国の大神官、その手前には新郎であるリナト国第一王子のケベックが緊張の面持ちで立っている。 


 大聖堂の扉が開かれ、入場してきたのはセドナ国王にエスコートされたセドナ国の第一王女、シェリーだ。


 呪いの痣を隠すためにデザインされてであろう首まですっぽりと覆われたクラシックなデザインのドレスは、彼女の儚げな雰囲気にとてもよく似合っていた。艶やかな赤い髪の毛を結いあげ、背筋を伸ばしてゆっくりと歩くその姿は美しい未来の王妃を想像させるには十分だった。


 セドナ国王からリナト国のケベックに手渡されたシェリー。シェリーはケベックに手にとられるとにっこりと微笑み、ケベックはシェリーを眩しそうに見返した。永遠の宣誓が行われ、二人は今まさに夫婦となったのだ。その後、テラスに出て観衆に手を振る笑顔の二人の様子をリリアナとベルンハルトは穏やかな気持ちで見守った。


「さっきの式といい、とても素敵ですわね。シェリー様、シックなドレスがお似合いでとてもお綺麗でしたわ」

「ああ、そうだな。でも……」


 二人の様子に見とれてほうっとため息をつくリリアナの耳元にベルンハルトは口を寄せた。


「リリアナの方が綺麗だよ」


 リリアナは驚いて目を瞠った。そして少しだけ眉をひそめた。


「陛下? 婚姻式の時は花嫁は世界一美しく、花婿は世界一凛々しく素敵なのですよ」

「では、リリアナは俺よりもケベック殿の方が凛々しく素敵だと思っているのか?」

「それは……、陛下の方が素敵に決まっています。だって、陛下は規格外ですもの。反則ですわ」


 口を尖らせるリリアナを見てベルンハルトはクスクスと笑った。そして、一瞬だけかすめるような口づけをリリアナの頬に落とした。


「へ、陛下! 誰か見てたら…!」

「気にするな。誰も見てない。皆ケベック殿とシェリー姫を見てる」

「それはそうですが……」


 耳まで赤くなったリリアナを見て、ベルンハルトは楽し気に笑った。


 テラスには笑顔のケベックとシェリー。その近くにも笑顔のリナト国とセドナ国の面々がいた。ケベックとシェリーは少し下がった来賓席にいるベルンハルトとリリアナに気付くと、大きく手を振った。ベルンハルトとリリアナも周りの人達同様に手を振り返した。


「……陛下。ゲイリーさんは?」

「あぁ。やはり駄目だったそうだ」

「……そうですか」


 笑顔だったリリアナはフッと表情を曇らせた。


 シェリーに呪いをかけたのはやはりゲイリーだった。

 ゲイリーは自身が仕えていたシェリーを慕っていた。若い側近が美しい自国の姫君に恋をする。珍しくもなんともない話だ。だが、この度の婚姻でシェリーが遠方の国に行くのが耐えられず、ゲイリーは重罪を犯した。


 ゲイリーはシェリーの身体に呪いをかけて痣を出現させることにより、婚約をなかったことにさせようとしたのだ。だが、国と国が約束した婚姻の予定をそうそう反故にはできない。それに、第一王女の代わりを務めるには第二王女はまだ幼すぎた。それ故、セドナ国王はシェリーをリナト国に嫁がせることを撤回しなかった。

 ゲイリーはそれならシェリーの痣を醜く残しておけば、リナト国の第一王子が気味悪がってすぐに離縁するなり側妃を迎えるなりしてシェリーが用無しになるだろうと考えた。リナト国の第一王子に捨てられた傷心のシェリーを自分が慰めようと思っていたのだ。


 もしあのまま醜い痣が身体の大部分を覆っていれば、確かにそうなっていたかもしれない。ゲイリーにとって最大の誤算は、この場にリリアナがいたことに他ならない。魔法が殆ど使われないセドナ国では国一番の魔術師だったゲイリーも、魔法の国の王女であったリリアナからすれば赤子同然だった。呆気なく術を破られ、更に自身の魔術が跳ね返ってくる防護術がかかっていることに気付かずに攻撃して自滅した。


「私、本当はゲイリーさんのことを治すことが出来たんです。でも、治癒しませんでした」


 ベルンハルトは何も言わず、リリアナの肩に手を回すとそっと抱き寄せた。


 あの時、ゲイリーはシェリーにもう術がかけられないと知り、それならばと婚姻相手のケベックを害そうとしていた。だが、リリアナが事前にケベックを何か害するようなことがあった場合には術者にそれが跳ね返るような防護術を掛けていた。結果としてゲイリーは操られた従者によりケベックが負う筈だった刺し傷を自身が負ったのだ。


 血を流して倒れたゲイリーを見たシェリーは驚き、半狂乱で助けを求めていた。早く医師を呼んでくれと泣き叫んでいた。なのに、その場に居たリリアナは治癒魔法が使えるのにも関わらず使わなかった。


「ゲイリーはもし助かったとしてもこれだけのことをしでかしたのだから死罪は間違いなかっただろう。シェリー姫の胸に抱かれたまま逝ったのはむしろゲイリーの本望の筈だ」

「そうでしょうか?」

「そうだとも」


 夢に見た銀髪の少年の顔がよみがえる。あれはきっとゲイリーだ。奴隷として売られ、薄幸な少年時代を送っていた彼は紆余曲折を経てシェリー姫に拾われたのだろう。

 目に一杯の涙を浮かべるリリアナの頬をベルンハルトはそっとなぞり、困ったように眉尻を下げた。


「俺にも記憶を消す魔法が使えたらよかったのだが」

「サジャール国の王族しか使えませんわ」

「なら、クリスフォード殿にお願いするか? 手紙を書こう」


 シェリーの記憶はセドナ国王の許可を得て、リリアナが一部分を消した。人の記憶を操る極めて高度な魔法だが、あまりに取り乱したシェリーを見てセドナ国王はなんとかして欲しいリリアナに頼み、リリアナもそれに応えたのだ。

 シェリーの中では、ゲイリーはセドナ国に残り今も忠臣として仕えていることになっているだろう。見上げたテラスの先で、シェリーは輝かんばかりの笑顔を浮かべていた。


「いいえ。私はハイランダ帝国の皇后になったのですから、いつまでもお兄様に甘えていられません」

「なら、俺に甘えたらよい。リリアナは悪くない。あれが最善だった。良くやってくれた」


 ベルンハルトに優しく諭され、抑えていた感情が溢れてきた。とめどなく涙がこぼれ落ちる。ベルンハルトはリリアナの背中に手を回し抱き寄せると、優しくその背をさする。温かく広い胸に抱かれ、リリアナの中に安心感が広がった。


 周囲には若い二人の門出を祝う祝福の歓声だけが響いていた。


 

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