夢見の魔女、解呪する②
リリアナはその後もしきりにお礼をいうセドナ国王夫妻と第一王女のシェリーに頭を上げて欲しいとお願いした。リリアナはベッドに座るシェリーの目線を合わせるようにかがみ込んだ。
「シェリー様。いくつか教えて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんよ」とシェリーは頷いた。
「この痣はいつ頃から現れましたか?」
「そうね……数カ月前、リナト国に嫁ぐことが決まった頃からよ。最初はホクロが増えただけだと思ってたの」
リリアナからの問いかけにシェリーは記憶を辿るように頬に手を当てた。セドナ国王夫妻も頷いているので間違いはないようだ。
「痛みや苦しさはありませんでしたか?」
「痛みや苦しさはなかったわ。見た目が醜いだけよ」
「この痣が出始めてから酷くなる一方でしたか? それに、この痣が出来た頃に何か新しく始めたことはありましたか?」
「痣が出始めてからはみるみるうちに酷くなったから、一度はゲイリーの勧めもあって婚姻式を延期したの。その時は一時的に良くなったわ。だけど、延期した婚姻式の日取りが決まってリナト国に入ってからは酷くなる一方だったわ。新しく始めたことは……輿入れの準備くらいだと思うわ」
「……そうですか」
リリアナはあごに手を当てて考えた。リナト国への輿入れが決まってから急に現れた呪いの痣。これは何を意味するのか?
「ひとまず、今回は
リリアナとベルンハルトは恐縮するセドナ国王夫妻とシェリーにそれだけ伝えると、とりあえずは笑顔でその場を後にした。
「リリアナ、助かったよ。礼を言う」
部屋に戻る途中、廊下でお礼をしてきたベルンハルトにリリアナは微笑み返した。
「いえ、私はハイランダ帝国の皇后ですから国益のために動くのは当然ですわ。ただ……」
ベルンハルトはも無言で何かを考え込むリリアナを見て、訝しげに眉をひそめた。リリアナが何かに引っ掛かっていることに気付いたようだ。
「どうかしたのか?」
「はい。あの呪いは奇妙ですわ」
「奇妙とは?」
ベルンハルトはリリアナを見つめながら首を傾げる。
「あの手の呪いは通常、術者の意に添わないことをしようとすると現れるもので、強い苦痛を伴うのです。痛みであったり苦しさであったり。でも、シェリー様は何も感じていなかった。まるでシェリー様を傷つけないように気遣ったかのような術の掛け方ですわ」
ベルンハルトは無言で頷き、続きを促した。
「それに、リナト国入りが決まってから急に現れたというではありませんか。奇妙です。恐らく、術者は今回婚姻に反対していたのではないかと思うのです」
「術者はあの魔術師か?」
「恐らくは。でも、証拠はありませんわ。シェリー様にはもう呪いが掛からないように防護の術を掛けたので心配はないのですが、念のためリナト国の第一王子殿下にも防護の術を掛けることにします」
「ケベック殿に?」
「はい。明日の狩りの際に私も同席させて下さいませ」
「わかった。だか、危ないことはするなよ? リリアナが逆に呪いを掛けられたら一大事だ。誰も解呪できない」
心配そうに眉根を寄せるベルンハルトを見て、リリアナは目をぱちくりとさせ、キョトンとベルンハルトを見上げた。
「大丈夫ですわ。私、呪いの耐性は強いのです。サジャール国は魔法が盛んですが、残念ながら呪いも多いのです。王族として呪い対策は幼い頃から教育されてきたのでバッチリですわ」
自信満々に言い切ったリリアナを見て、ベルンハルトは肩を竦めた。
「リリアナが可憐に見えて実はとても強いことはよく知ってる。だが、俺にも心配くらいさせてくれ」
「私を心配して下さるのですか?」
「当たり前だろう?」
不機嫌そうに眉間に皺を寄せるベルンハルトを見上げながら、リリアナは胸にこそばゆいものが広がるのを感じた。好きな人が自分を心配してくれるというのは思った以上に心地よい。あなたが大切だと言われている気がした。
ふふっと笑うリリアナの様子にベルンハルトは数回瞬き、不思議そうに首を傾げたのだった。
翌日は晴れ渡っており、絶好の狩り日和だった。準備を終えて黒鋼の鎧で無く狩り用の簡易な狩猟用衣服を纏ったベルンハルトはいつもとは違った魅力がある。決して戦士のように筋肉質な訳では無いが、程よく締まった体躯が上質の衣類の上からもわかり、ベルンハルトの涼しげな目元と黒い髪と相まってとても似合っていた。リリアナは普段とはまた違うベルンハルトの姿に思わず頬を染めた。
「どうした?」
ベルンハルトはほんのり赤くなったリリアナを見て首を傾げた。
「いえ……。陛下の格好がいつもとは違って、これはこれでとても素敵だと思いまして。見惚れてましたわ」
「…っ! そうか。その……、リリアナはいつも通り可愛らしいな。国を跨いでもやはりリリアナ以上に愛らしい者などいないと改めて確信できた」
「まぁ!」
お互いを見つめて頬を染める二人。その二人の仲むつまじい様子を部屋の隅に控えるデニスとフリージは一見すると無表情を装って眺めていた。
「あの二人、お互いしか見えてないのはよくわかるが、いちゃいちゃする仕方が中途半端で見ているこっちが照れそうだ」とデニスが呆れたように小さく呟く。
「本当だよな。やることやってるくせに反応がまるで十代半ばの初恋の少年少女だよな」とフリージも隣で頷く。「何にせよ、お二人が仲がよいのは喜ばしい事だ。この分なら世継ぎもすぐに出来るかもな」
「ああ、そうだな。最初の頃は
二人の側近は仲良く寄り添い頬を染め合う皇帝夫婦を眺めながら表情を綻ばせた。
「そういや、お前の愛しの姫さんは今日は来るのか?」
「来ると言っていた」
答えながら表情を和らげて微笑むデニスを見て、フリージはふぅっと窓の外を眺めた。
「どいつもこいつも幸せそうな顔して……。春だねぇ」
「たしかにこっちの方がハイランダ帝国より暖かいよな」
「そういう意味じゃ無いんだけど……」
訝しげに首を傾げて意味がわからないと言いたげな
狩りの会場となったのはリナト国の王宮から馬で一時間程のリナト国王室所有の森だった。森と言っても鬱蒼と繁った密林では無く、ある程度手入れされて馬も入れるような森だ。
「ベルンハルト殿!」
大きな声でベルンハルトを呼んだのはリナト国第一王子のケベックだ。右手を大きく挙げてこっちだと呼んでいた。ケベックもベルンハルトと同じようなシンプルな狩猟用の衣類を着ており、よく似合っている。
ケベックの隣にはルリエーヌの姿もあった。ルリエーヌはデニスを見つけると嬉しそうに口元を綻ばせた。
「リリアナ妃もようこそ。セドナ国のテオール王子も来られている。あと、シェリー姫もメアリー姫と来てくれたんだ。誰が何を仕留めるか楽しみにしてくれ。後日、調理させて振る舞おう」
笑顔で語るケベックの視線を追うと、少し離れたところには笑顔のシェリー、メアリー、テオールの三人がいた。ケベックはずっと姿を見せなかったシェリーが来てくれたことに嬉しそうだ。そして、三人にはセドナ国の側近と魔術師のゲイリーが付き添っていた。
「リリアナ様!」
シェリーはリリアナを見つけるとパッと表情を明るくして笑顔で手を振った。リリアナも笑顔でシェリーに駆け寄る。
「シェリー様、お加減はいかがですか?」
「とてもいいわ。痣も無いのを姿見で確認したわ。本当にありがとう」
シェリーはリリアナの両手を握るとお礼を言った。
「私からもお礼を申し上げますわ。ありがとうございます」
「僕からも。リリアナ様、ありがとうございます」
メアリーとテオールからもお礼を言われ、リリアナは口元を緩めた。
「困ったときはお互い様ですわ。また何かお困りでしたらおっしゃって下さいませ」
リリアナは笑顔で三人を見渡し、最後にゲイリーに視線を移動させた。静かにシェリーを見つめるゲイリーの表情からは何も窺い知ることは出来なかった。
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