夢見の魔女、お茶会に誘われる
翌日の午前中、リリアナはルリエーヌにテラスでのお茶会に誘われた。朝食から戻るとお誘いのお手紙が来ていたのだ。
「行ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろんだ。楽しんでおいで」
昨日のこともあるのでリリアナがおずおずとベルンハルトに尋ねると、ベルンハルトは柔らかく微笑み笑顔で送り出しくれた。会場のテラスはルリエーヌの居住区の近くで、テラスからはやはりリナト国の王宮の素晴らしい庭園が望むことが出来た。
「ごきげんよう、リリアナ様」
「ごきげんよう、ルリエーヌ様」
ホストのルリエーヌは、にこやかにおじぎをして顔あげたリリアナと目が合うと、僅かに眉根を寄せた。
「リリアナ様、瞼が腫れてますわ。どうかなさったの?」
「あ、これは昨日陛下に……」
昨日陛下に好きだと言われて感激のあまり……と続けようとしたが、急に気恥ずかしさが込み上げてきて顔が火照ってきたのでリリアナは両手で顔を覆った。昨晩、ベルンハルトは優しくリリアナに愛の言葉を囁き、抱きしめてくれた。思い出すだけでも赤面してしまう。
リリアナが顔を手で覆ったせいで、ちょうど手首がルリエーヌに曝される形になったことにリリアナは気付いていなかった。
「?? その手首の痣は?」
「あ、これは私が陛下を少し怒らせてしまって……。でも、もう仲直りしましたわ」
「まぁ!」
恥ずかしそうにはにかむリリアナを見て、ルリエーヌは驚愕した。
ちょっと怒らせただけで正妻であり、皇后であるリリアナに痣が出来るような暴行を働き、挙げ句の果てに瞼が腫れるほど泣かせるなんて! 本当になんと恐ろしい男なのか。ルリエーヌは黒鋼の死神の恐ろしさを再認識した。絶対に側室になるなんて御免であると改めて胸に誓ったのだった。
お茶会と言っても、参加者はリリアナとルリエーヌの二人だけのこじんまりとしたものだった。ルリエーヌが手ずから煎れてくれた紅茶はハイランダ帝国のものとも少し違う香りがして、とてもすっきりとした上品な味わいだ。
「ルリエーヌ様は今日もとてもお洒落にされてますわね。素敵です」
リリアナはルリエーヌを眺めながら目を細めた。
ルリエーヌは昨日会ったときとはまた違う紫色のドレスを着ていた。茶色い髪は相変わらず綺麗に縦カールがかかっており、上半分だけハーフアップにした洗練されたものだった。このまま夜会に参加したとしても、さほど違和感ない程だ。
「あ、ありがとうございます……」
リリアナに褒められて何やら歯切れ悪く顔を赤らめるルリエーヌにリリアナは首をかしげた。
「さっき、昨日お借りしたハンカチをお返しするのとお礼をかねてデニスさまの所に侍女と行ったのです」
「ええ」とリリアナは相づちを打った。
「部屋からデニスさまが出ていらしたの。
「そうですわね。ルリエーヌさまは愛らしい見目だと私も思いますわ」
リリアナはにこにこしながら頷いた。事実、ルリエーヌは髪と同じ茶色いつぶらな瞳と白い肌がとても魅惑的だ。綺麗に巻かれた縦ロールの髪形もよく似合っている。妖精のようだと謳われるリリアナとはまた違った、華やかで快活な美しさのある女性だった。
「その、デニス様に婚約者や恋人はいらっしゃるのかしら?」
もじもしとするルリエーヌの小さな声をリリアナは聞き逃さなかった。
「デニスさまでございますか? 私にはわかりかねますわ。あとで陛下にお聞きしましょう」
リリアナの返事を聞いてルリエーヌは嬉しそうにはにかむ。リリアナはその様子をみてピンときた。
「もしかして、ルリエーヌさまはデニス様のような方がお好きですか?」
その途端、ルリエーヌは耳まで赤くなった。その様子が可愛らしくてリリアナは思わずクスクスと笑った。
「あの方、きっと私の泣き顔を隠すために昨日ハンカチを掛けて下さったのよ。とてもお優しい方だわ。ハンサムだし……」
もじもしとするルリエーヌの語尾は段々と小さくなる。リリアナは笑顔で頷いた。
「私達王族はもちろん国のために婚姻する必要があることは確かですが、可能なら好きになった人と一緒になるのが一番ですわ。私も陛下の妻になれて毎日幸せです」
「……私、リリアナ様とはとても気が合うと思うのです。でも、男性の好みだけは合いそうにありませんわ」
愛する人と一緒になる幸せについて語るリリアナを見て肩を竦めるルリエーヌの様子に、リリアナは首をかしげたのだった。
「結婚と言えば、婚姻式はもうすぐですわね。ルリエーヌ様はセドナ国の第一王女さまとはお会いになられました?」
「それが、一度も会っていないのよ。もう入国しているはずなのに、殆ど姿を現さないわ。お父さまやお兄さまも最初の一度しかお会いしていないはずよ。食事も晩餐室ではなくて部屋に隠って召し上がっているようだし、今日もこの場にお誘いしたのだけどご都合が悪いみたいで。それに、ここだけの話だけど……」
ルリエーヌは内緒話をするように顔を近づけて声を潜めた。
「三日後の婚姻式を再度延期して欲しいと言っているようなのよ。でも、もうリリアナ様を始めとする来賓の方もいらしてるし難しいって揉めているみたいで」
「体調でも崩されているのかしら?」
「さぁ? わからないわ。だだ、第一王女の部屋にセドナ国の魔術師が何人も出入りしてるとか」
「魔術師が?」
リリアナは眉を寄せた。セドナ国はハイランダ帝国のサジャール国寄りに位置しており、魔術師が少しはいてもおかしくはない。しかし、魔法を大っぴらに使う国ではないはずだ。婚姻式に複数の魔術師を同伴させると言うことは違和感があった。
それに、数日後には王太子妃となるのに全く姿を見せずに閉じこもるというのは奇妙だ。ましてや、こんな直前に二度目の婚姻式延期の申し入れなど流石に非常識だ。
「一体、どうしたのかしら……」
眉をひそめるリリアナに、ルリエーヌは無言で首を傾げて見せたのだった。
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