夢見の魔女、皇帝から逃げ出す

 部屋に戻るとリリアナはお茶会でルリエーヌから聞いたことをベルンハルトに話した。未来の国母が部屋に引きこもり、かつ、二度目の婚姻式延期の申し入れと聞き、ベルンハルトもさすがにおかしいと思ったようだ。


「それは奇妙だな。体調でも崩しているのか?」


 眉をひそめるベルンハルトに、リリアナも形の良い眉を寄せて見せた。


「ルリエーヌ様は医師を呼んだ気配はなさそうだと仰ってましたわ。それに、セドナ国の魔術師達が第一王女の滞在する部屋を頻繁に出入りしていると。私はセドナ国はハイランダ帝国同様に魔法は殆どない国だと思っていたのですが、実は違うのですか?」


 リリアナが皇后教育で勉強した限りではハイランド帝国同様にセドナ国やリナト国には魔法はないとのことだった。ただ、地理的にサジャール国に近いセドナには流れてきた魔術師が何人かいる可能性はある。


「リリアナの言う通り、セドナ国には魔法は殆どないはずだ。少なくとも、サジャール国のような魔法の国ではない。だが、位置的にハイランダ帝国よりはサジャール国に近いから少しは魔術師もいるようだ」


 リリアナはベルンハルトの答えに無言で頷く。ベルンハルトの言うことはリリアナ予想と一致する。やはりセドナ国ではさほど魔法は活発ではないのだ。それなのになぜわざわざ異国まで殆ど居ないはずの魔術師を連れて来て、第一王女の部屋を頻繁に出入りしているのか……


「何か匂うな。リリアナ、セドナ国の関係者の夢に入って調べられるか?」

「夢に入るには実際に会う必要があります。どこかでセドナ国の方とお会いすることは可能でしょうか?」

「ちょうど本日の午後、リナト国王の主催で非公式の会合があると連絡があった。そこにセドナ国の王室関係者も来るはずだからリリアナも同席してくれ」

「わかりましたわ」


 リリアナはベルンハルトに力強く頷いて見せた。本日の午後ということは、そろそろ身だしなみの準備をしなければならない。リリアナが立ち上がろうとすると、ベルンハルトに引き留められた。


「他にそのお茶会で得た情報で、他に何か気になることはあったか?」


 ベルンハルトに尋ねられ、リリアナは重要なことを思いだした。


「そういえば、デニス様に恋人や婚約者さまはいらっしゃいますか?」 

「デニスに? 恋人は知らんが、婚約者はいないはずだ。なぜだ?」

「リナト国の第二王女のルリエーヌ様はデニス様のことを気にされていたのです」

「デニスを? そういえば午前中にデニスもそんなことを言っていたな。リナト国の第二王女は可愛らしい人だと言っていた。恐らくデニスも第二王女に好意的だな」

「まあ! 本当ですか?」


 リリアナはそれを聞いて目を輝かせた。デニスもルリエーヌを憎からず思っているのならば、何も問題はないと思ったのだ。ルリエーヌはベルンハルトの側室になることなくデニスの妻となり、ハイランダ帝国とリナト国は縁を結ぶことができる。まさに一石二鳥に感じた。しかし、それを聞いたベルンハルトは難しい顔で首を横に振った。


「デニスは確かに代々わが国の宰相を務めるわが国の名門貴族だ。だが、それはあくまでも我が国の中でのことだ」

「と仰ると?」

「つまり、デニスはリナト国の王室からすればただの他国の一貴族でしかない。あちらから言い出してくれれば問題ないが、こちらからデニスの相手にと第二王女への婚姻を申し込むことは失礼に当たる。それに、リナト国が第二王女を側室に上げることを望んでいるならそれはハイランダ帝国にしてもありがたい話だ」


 リリアナはさっと顔色を無くし、顔を俯かせた。ベルンハルトの言うことはよくわかる。ルリエーヌがベルンハルトの側室になればリナト国とハイランダ帝国は友好関係が結べる。それは間違いなく両国にとって益になることだ。


「リリアナ」


 ベルンハルトはリリアナの頭をそっと撫でると顎を掬って顔を上げさせた。空のように青い瞳はまっすぐにリリアナを見つめている。


「俺はリリアナが好きだ。だが、政略結婚とはそう言うものではない。それはわかるな?」

「はい」


 政略結婚とはお互いの利益の為にするもの。リリアナも魂の伴侶であるベルンハルトと出会わなければ政略結婚しただろう。王女として育ったリリアナはそのことはよくわかっている。


「俺が側室を娶ろうとも俺の心はリリアナにある。それは忘れるな」

「……はい」


 ベルンハルトはリリアナのおでこにコツンと自分のおでこを当てて、顔を離した。


 リリアナは泣きたい気分になった。賢明な皇后であるならば、リナト国から側室をとると聞いたら笑顔で『よろしゅうございました』と祝辞を言うべきだ。少なくともベルンハルトが好きだから、独り占めしたいから嫌だなどと言うべきでは無い。


「ひとまず、それが事実なのかリナト国の第二王女にもう一度確認する必要があるな。今日の会合の後に時間を作って貰おう。デニスも同席させる。最善の方法を考えよう。──実は一つ、どうかと思う案があるんだ。もちろん、第二王女が同意すればだが……」


 最善の方法。それはリリアナとルリエーヌとデニスが気持ちを殺して、ベルンハルトとルリエーヌの政略結婚を祝福することだろうか。ベルンハルトは何かを考え込んでいたが、リリアナは怖くてそれより先を聞くことが出来なかった。


「私……色々と準備がありますので失礼しますわ」


 リリアナはベルンハルトに一言そう言うと逃げるようにその場を離れた。せっかく両想いになったと思ったのに、天国から地獄に突き落とされた気分だった。ベルンハルトに諭されたらみっともなく泣いてしまいそうだった。

 ベルンハルトは間違って無いことを知っているからこそ、その諭し方が優しければ優しいほど心に深く突き刺さった。


「リリアナ様、どうなされました? ご気分でも悪いのですか?」


 となりの部屋に控えていたティーヌは目に涙を浮かべたリリアナを見て目を瞠った。


「あっ…、何でもないのよ。それよりティーヌ、この後非公式の会合があるらしいの。ハイランダ帝国の皇后に相応しく着飾って貰えるかしら?」


 リリアナが慌てて取り繕うと、ティーヌは「もちろんでございます」と言ってにっこりと微笑んだ。

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