夢見の魔女、五度目の婚約をする

 

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 蝋燭で照らし出された室内はリリアナの部屋とちょうど同じくらいの大きさ。花やお人形などの装飾品の代わりに、小さな剣と鎧が壁際に置かれている。

 小さなリリアナはそれを見上げると、少しでも彼の記憶が自分の中に残るようにと順番に観察していった。剣の持ち手には蛇に足が生えたような『龍』と呼ばれる伝説の生き物の彫刻が施されていた。よくよく見ると鎧にも同じ刻印が入っている。


「リリー、今日も来たの?」


 振り向くと黒い髪に澄んだ青い瞳の少年がこちらを見て笑っていてる。少年の姿を見つけてリリアナはパッと目を輝かせた。


「ベルト!」


 駆け寄って抱きつくと難なく体を受け止められる。八歳のリリアナに対して十二歳だと教えてくれたベルトは頭ニつ分も背が高い。


「もう会えないと思ったけど、今日も会えたわ。わたしの王子さま」


 リリアナがベルトを見上げると、ベルトは困ったように微笑んだ。ベルトに会うのは今日が三回目だ。


「僕の夢に入れるって言うなら、またこればいいじゃないか」

「無理なのよ」

「無理?」

「うん。夢見ってね、意図的に人の夢に入ることもあれば意図せずに人の夢に迷い込むこともあるの。でも、意図的に入るには実際に会ったことがないとダメなんだってお母様が言ってた。ベルトとわたしは起きている時に実際に会ったことがないでしょ? だから無理なのよ。ベルトはわたしの魂の伴侶だから最初に夢で会えたけど、もうすぐ会えなくなるわ」

「そう……。残念だね」


 ベルトは肩を竦めて眉尻を下げた。


 リリアナはしばしベルトを見つめた。夢見で最初に繋がる相手は自分の魂の伴侶だとお母様が教えてくれた。黒い髪に切れ長の青い瞳、けれど笑うと目尻が下がり、とても優しそうに見える。


「ねえ、これはベルトの剣と鎧なの?」

「そうだよ。かっこいいだろ? 兄上に貰ったんだ」


 自慢の剣と鎧を褒められて嬉しかったのか、ベルトは得意気にリリアナを見下ろす。


「うん。凄いわ」


 リリアナが下からベルトを見上げると、顎の下の正面からは見えない部分にほくろが直前上に三つ、均等に並んでいるのが見えた。


「そうだわ。私、大きくなったらベルトのお嫁さんになりに来るわ。だから、ベルトがどこの国の誰なのかきちんと教えて?」

「僕のお嫁さん?」

「うん」

「僕のお嫁さんは難しいと思うよ? 希望者が沢山いるから」


 ベルトは冗談だと思っているようで肩を揺らしてくすくすと笑った。


「私、そんな人たちに負けない美人になるわ! すっごく素敵なレディになるんだから!」


 リリアナは頬を赤くしてむきになって言い返す。でも、こんな小さなうちからお嫁さんの希望者が沢山いるなんて流石は自分の魂の伴侶、素敵な人に違いないと誇らしくもあった。


「ハハッ。それは楽しみだな。僕は……」


 視界が歪み始める。夢が終わる時間だ。もう少しだけ、もう少しで彼の場所がわかるのに……。


 小さなリリアナの願いはむなしく視界は反転する。目が覚めるとリリアナは王宮の自分のベットに寝ていた。そして、二度と彼に夢で出会うことはなかった。




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 ソファーでうたた寝をしていたリリアナは手に持っていた本が床に滑り落ちた音でハッと目を覚ました。いつの間にか寝てしまっていたようだ。床に転がり落ちた本を拾い上げると、そっとサイドテーブルに置いた。


 リリアナはベルトと会えなくなってから自分なりに彼のことを調べた。

 龍は遠く離れた東方の国々では名家の家紋によく使われるモチーフだと知り、がっかりした。あの龍の紋章からベルトの家が突き止められると思っていたのに、対象が多すぎたのだ。


 黒い髪と青い瞳でリリアナの四つ年上。


 リリアナはベルトについて、そんなことしかわからない。『ベルト』と言う名もきっと本名ではなく愛称だ。そこから考えられる名前は数え切れないし、国によっては成長とともに名前を変えることも珍しくはない。

 優しそうに見えたあの笑顔の記憶も時の流れと共にぼやけてきた気がして、リリアナは益々焦っていた。


 トントンと扉をノックする音が聞こえてリリアナは顔を上げる。侍女のナエラが一礼して入室してきた。


「リリアナ様、陛下がお呼びです。すぐにご準備を」

「お父様が?」


 リリアナは訝し気にナエラを見返す。


 四回目の婚約解消には流石の陛下も呆れていた。リリアナの希望を聞いて『黒い髪と青い瞳を持ち、リリアナの四つ年上』という条件を満たす王子を世界中から探し出し、父としてのおすすめ順に婚約を勧めてきたのに、四回もそれを解消したのだから。


「お父様ったら、性懲りもなくまたどこかの国の王子と婚約を取り付けたのかしら?」

「私にはわかりかねます」


 ナエラは困ったように首を傾げる。それもそうだと思い直したリリアナはすぐに謁見に向かうために準備を始めたのだった。



 ♢♢♢



「お父様、お待たせいたしました」


 控え目なドレスに着替えて謁見室に向かったリリアナは、父親である国王陛下の前で教科書通りの美しい礼をしてみせる。国王陛下は小さく頷き、「おもてを上げよ」と言った。


「リリアナ。お前の嫁ぎ先が決まった」

「はい」


 この遣り取りももう五回目、周りで見守る臣下達の反応も薄い。皆、今度はどこの誰だろう位にしか思っていない。


「そなたの嫁ぎ先はハイランダ帝国の皇帝ベルンハルト殿だ」


 国王陛下の宣言に合わせて横に控える宰相が姿絵を広げる。そこには全身黒尽くめのプレートアーマーと赤いマントに身を包んだ男と覚しき人物が描かれていた。頭の上からつま先までを覆い尽くす鎧のせいで、顔はこちらを見つめる青色の瞳しか見えない。


 謁見室にどよめきが湧き起こる。ハイランダ帝国と言えば遥か東方のかなた、しかも皇帝ベルンハルトは先のクーデター事件の際に皇后と第一皇子を殺害したとして知られる血に塗られた皇帝だ。


「なんという事だ!」

「美しい姫様が死神に嫁がれるなんて……」


 周囲からは悲鳴に近い声が漏れ聞こえた。


 リリアナは顔を上げると静かにその姿絵に見入った。アメジストの大きな瞳をぱちくりとさせ、父親である国王陛下に視線を移動させる。


「お父様、よろしいでしょうか?」

「なんだ? 申してみよ」


 いつもならすぐに「畏まりました。謹んでお受け致します」と言うリリアナが発言の許可を願い出たことに謁見室に緊迫感が漂う。流石のリリアナもこの結婚は嫌なのだと多くの者が同情した。


「皇帝陛下の髪は黒で年齢は四つ上でしょうか? この姿絵からでは判断がつきませんわ」

「うむ。お前の希望通り、黒髪に青い瞳、歳は四つ上の二十二歳だ」


 小さな声でリリアナは「まぁ!」と歓声をあげる。


「畏まりました。謹んでお受け致しますわ」


 スカートの裾を摘まみ上げて仰々しく頭を垂れたリリアナ。その場にいた全員が「エェ!? 気なるのはそこかよ!」と心の中でツッコミを入れたのは言うまでもない。

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