夢見の魔女、皇帝の笑顔に射抜かれる

 ここはハイランダ帝国の宮殿に用意されたリリアナの部屋。今日もリリアナはどうしたらベルンハルトともっと親密な仲になれるのかと思い悩んでいた。


 無理やり食事の席に同席したり、魔法の練習を一緒にしたり、以前よりは格段にベルンハルトと接する時間は増えた。しかし、ベルンハルトは依然としてリリアナから一歩距離を置き、リリアナが近づくとまた一歩遠ざかるという膠着状態に変わりは無い。


 魂の伴侶とラブラブな婚約&新婚生活を夢見ていたリリアナにとって、ベルンハルトの態度は予想外だった。魂の伴侶に出会いさえすれば、向こうもきっと手放しに喜んでリリアナを受け入れてくれると信じていたのだ。


 しかし、思い返せば王女であった母親も小国の一貴族であることを理由に結婚を渋る父親を囲い込んでじりじりと陥落させたと聞いた気がする。案外、魂の伴侶とは最初に出会ったタイミングではこんなものかもしれないと思い直す。そんな囲い込みによりやむを得ず母親と結婚した父親は、リリアナの知る限りは母親を溺愛していた。


「陛下ってば、なかなか手強いわよね」


 リリアナは使い魔のサリーを使って調べているベルンハルトの動きをまとめた日記をペラペラとめくる。相変わらず毎日毎日ベルンハルトの日程はぎっしりと執務で埋まっている。僅かな隙を見てはベルンハルトとの時間を作ろうと狙ってはいるものの、なかなかタイミングが掴めずに上手くはいかない。


「もう一度私わたくしに笑いかけてくれる顔が見たいな」


 リリアナはハァッとため息をつく。リリアナの記憶に残る少年のベルンハルトは屈託のない笑顔でリリアナに笑いかけてくれた。リリアナを「リリー」と呼び、微笑むと切れ長の目の目尻が下がり優しい印象になった。


 一方、今のベルンハルトはいつも冷ややかな目でリリアナを見る。常に笑顔で接し、素っ気ない態度で返されてもめげずに話しかけているが、実は何度も心が折れそうになった。


 良策が浮かばずにぼんやりとノートを見返していたリリアナは、ふとあることに気付いた。近衛兵も付けずに側近だけを伴い、ベルンハルトが執務の合間を縫って度々とある場所を訪れているのだ。ページをめくり確認するとやはり三日置き位にそこに訪れている。


 サリーと意識を共有させたとき、そこはどんな景色だっただろうか。思い出そうとするがあまり印象に残っていない。


「たしか、ただの小高い丘の草原に見えた気がするわね。行ってみようかしら……」


 そうと決まれば善は急げ。リリアナはすぐに、目的の場所へと向かう準備にとりかかった。自身の使い魔であるワイバーンのジークを呼び出す。

 ワイバーンはとても移動が早いので、リリアナがジークに乗ると目的の場所へはものの数分で到着した。


「この辺りよね……」


 リリアナは辺りを見渡した。ここは宮殿のすぐ近くにある皇室管理地の小高い丘で、周囲は膝より低いくらいの草が生い茂っている。その草に混じって黄色い花が辺りを覆い、緑と黄色の美しいコントラストを作り出していた。

 顔を上げれば目の前に宮殿、そして周囲にハイランダ帝国の街並みを臨む事が出来る。その街並みは遥か地平線まで続いているかのように見えた。


「綺麗……」


 リリアナは美しい光景に息を飲んだ。ベルンハルトはこの美しい景色を堪能しにここへ来ていたのだろうか。


「でも、近衛兵も連れずにこんなに頻繁に訪れるなんて変よね?」


 リリアナはもう一度辺りを見渡し、周囲を歩いてみた。サリーの視界を思い出そうとしゃがみ込んでもう一度見渡す。暫くそうやって過ごし、草木の中に光るものを見つけて足を止めた。


「これ……」


 リリアナはそっとその場にしゃがみ込む。地面に突き立てられているのは錆び付いた剣。それ以外は何も無い。刃は雨風に曝されたせいで茶色く変色し、腐食して刃こぼれしている。持ち手部分も錆び付いていたが、飾り細工だけは貴金属を使っているのか、当時の面影を残してそのまま残っている。


 リリアナはその飾り細工の紋章を見て息を飲んだ。


「龍だわ」


 錆び付いた剣の持ち手部分には龍が付いていた。かつてリリアナが夢で見た龍の紋章。錆び付いた他の部分に比べてその部分だけは今も美しく、金の龍は天に向かって昇ろうとしている。


「でも、なんでこんなところにこんなものが?」


 リリアナはもう一度辺りを見渡した。しばらく歩き回ったが、それ以上は何も見つけることは出来なかった。



 ♢♢♢



 サジャール国はリリアナからの要請に応じて三十匹のワイバーンを贈ってきた。ベルンハルトはその中でも最初に目があったという赤茶色の一匹を気に入り、それを使い魔として契約して『ガレン』と名付けた。

 ベルンハルトと側近達は多少の魔力があったものの、結局今日までの時点で魔法を上手く発現させることは出来なかった。使い魔の契約をするとそれだけで常時魔力が少しずつ奪われるので、効率よく魔力を調整して魔法を使う訓練をしないと使い魔を保ちながら魔法を使うことはなかなか難しいのだ。


「陛下、ワイバーンでお散歩に行きませんか? 乗りこなす練習にもなると思うのです」


 リリアナがそんな提案をしたのは、ベルンハルトがガレンと契約して数日が経ち、だいぶ使い魔に慣れてきた頃だった。今のところベルンハルトは宮殿の中を少し飛ぶ位しかガレンに乗っていない。別に使い魔は必ずしも乗らねばならないわけではないが、乗りこなしたいなら沢山一緒に飛ぶに越したことは無い。


「いいだろう。明日、時間を作る」


 ベルンハルトは少し沈黙した後に頷いた。断られるかもと内心びくびくしていたリリアナはぱぁっと表情を明るくした。ベルンハルトの側近や魔導師達が付いてくるだろうとは言え、ベルンハルトと初めてのお出かけだ。否が応でも胸が高鳴る。


 ベルンハルトは自らの予定を確認するために近くにいた側近のデニスと少しだけ会話すると、リリアナに向き直った。


「明日は謁見の後に時間を作れそうだ。その時間でいいか?」

「もちろんです」

「それと、婚姻式を前にラング将軍が宮殿に出仕する。リリアナ姫も会うようにしてくれ」

「ラング将軍…ですか?」


 リリアナは勉強して頭に叩き込んだハイランダ帝国の重鎮名簿を高速回転でめくった。リリアナの記憶では、ラング将軍はハイランダ帝国の軍事トップの人間のはずだ。


「わが国の闘神だ。普段は国防のために国境付近にいるが、我々の婚姻式があるので一時的に戻ってくる。リリアナ姫も皇后になるなら会っておくべきだろう?」


「はいっ、もちろんです。喜んで会いまさせて頂きますわ!」


 初めてのベルンハルトからの要請にリリアナはピンと背筋を伸ばして返事する。意気込み過ぎておかしな喋り方になってしまった。ベルンハルトは舌をもつれさせるリリアナを見て少し驚いたように目をしばたいた。


「『会いまさせて頂きます』ってなんだよ、それ?」


 その瞬間、ベルンハルトがほんの僅かに微笑んだのをリリアナは見逃さなかった。目尻が少し下がり、リリアナの焦がれた表情が一瞬だけベルンハルトの顔に浮かんだのだ。


「え?」

「? なんだ?」

「いえ! 何でもありません」


 驚いたリリアナに聞き返すベルンハルトは次の瞬間にはいつもの冷ややかな目をしている。本当に、目の錯覚かと思うほどの一瞬だった。


「普段は能面顔のくせに、反則だわ……」


 恋い焦がれたその笑顔に、リリアナは頬が熱くなるのを感じた。 

 


 

 




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