夢見の魔女、皇帝の色をイメージする

 目の前に広がるのは色取り取りの布地。その美しい布地の数々にリリアナはほぅっと息を吐いた。シルクの平織りは勿論、サテン織りやベルベットなど同じ色でも種類は多岐に亘る。リリアナはその一つ一つを触って感触を確かめてゆく。


「どれも素敵ね。迷っちゃうわ」


 リリアナは両手に布地を持って見比べた。片方は艶々と表面が光を受けて光り、もう一方は落ち着きのある手触りが高級感を感じさせる。


「何色かご希望はございますか? 色を決めたら雰囲気に合わせて布地も絞れるのではないでしょうか。リリアナさまは髪の毛が美しいシルバーブロンドですのでどんな色でも映えると思います」


 仕立屋は同じ色の布地を幾つか並べ、同色系でも雰囲気がだいぶ変わることをリリアナに見せて説明した。


「そうね。ところで、陛下の衣装は決まっているの?」

「代々皇帝は、黒地に金の飾りがついた式典服を着用します。今回もそのように聞いております」

「黒なら何色でも合わせられるわね。せっかくだから陛下の好きな色がいいわ。決めるのはもう少し先でも平気かしら?」

「勿論でごさいます」

「では、確認してから決めることにします。明日また来てもらっても?」

「畏まりました」


 仕立屋はにっこりと頷くとお辞儀をして部屋を出ていった。リリアナは部屋に見本用に残された布地の感触を再び確かめる。さらりとした滑らかな触り心地は上質なシルクであることを伺わせた。



 朝食の席で、リリアナは意を決してベルンハルトにそのことについて話しかけた。

 正確に言うとリリアナは常に一方的にベルンハルトに話しかけているのだが、ベルンハルトに回答を求めることはない。まさに一人で喋っているのだ。いつもは一人で喋っているリリアナからの質問にベルンハルトは怪訝な表情で顔を上げた。


「……なに? 色??」

「はい。陛下は何色がお好きですか?」

「特にこれと言った色は無い」


 ぶっきらぼうに応えたベルンハルトは食べ途中だった玉子スープを口に運び始める。リリアナはスプーンを置くと考え込むように頬に手を当てた。斜め前に座るベルンハルトを見つめると上から下まで視線を動かし観察してみる。


 さらりとした黒髪は短いながら女性のように艶やかではりがある。淡い青の瞳は良く晴れた日を思い起こさせる空色。しかし、切れ長で冷ややかな目元のせいでベルンハルトの冷たい雰囲気は変わらない。

 

 ベルンハルトをイメージするなら端的には『黒』だ。しかし、見ればたちまち空に吸い込まれそうな錯覚を覚える青い瞳は『空色』、使い魔のガレンを労る時のベルンハルトの優しい様子はなんとなく『淡いグリーン』をイメージさせた。


「婚姻式の時につけるサッシュの色に迷っているのです。陛下をイメージして何色か候補はあるのですが……」


 ハイランダ帝国の女性用の婚姻衣装は代々白と決まっていて既にリリアナの衣装も仮縫いが始まっていた。しかし、衣装の上に身につけるサッシュの色と少しだけ入れられる模様はその時々の皇后によって異なる。リリアナはそのサッシュの色を何色にするかと何の模様にするかで悩んでいた。


「俺をイメージして? やめておけ。婚姻式が葬式のようになるぞ」

「何故ですか?」

「どうせ俺のイメージは黒だろう?」


 吐き捨てるように言ったベルンハルトをリリアナはじっと見つめてから首を少し傾げた。


「確かに黒鋼のイメージはありますわね。でも、私は陛下の澄んだ空のような瞳の色も好きですし、使い魔のガレンを見つめるときの優しい雰囲気は淡いグリーンのようなイメージですわ」

「空色に淡いグリーン? 馬鹿を言うな。そんな柄では無い」

「いいえ。黒鋼の鎧に身を包んだ普段の陛下は皇帝としての絶対的な威厳があり、とても素敵です。でも、ふとした時の陛下は淡い色がお似合いになります」


 鼻で笑うベルンハルトにリリアナは真面目な顔で言い返す。圧倒的に黒鋼の鎧のイメージが強いはずのベルンハルトだが、よく見てみれば違う。


「何色でも同じだろう。たかがサッシュだ」

「そういう訳にはいきませんわ。大好きな陛下の妻になるのです。悔いの無いように衣装も用意したいのです」

「なら好きにしろ」


 ああ、やっぱり……とリリアナは思う。ベルンハルトはいつもぶっきらぼうで冷たい態度をとるけれど、リリアナのやることを頭ごなしに否定したりはしない。なんだかんだ言って食事も一緒に食べてくれるし、話も聞いてくれる。


「はい。よく考えてみます」


 リリアナは斜め前に座り今度は炙り肉を口に運びはじめたベルンハルトを窺い見る。相変わらず不機嫌そうにしている目の前の人は、自分が思うよりずっと不器用なのかもしれない。何があってこんなに偏屈になってしまったのかはわからないが、根本的にはあの屈託無く笑った少年と変わらないのかもしれない。


「陛下」

「今度はなんだ?」

「好きです」


 不機嫌そうに顔を上げたベルンハルトが驚いたように目を見開く。リリアナの中にしてやったりという快感が広がる。不機嫌な顔だけで無く、もっと色んな顔を見せて欲しい。


「お前は毎日そればかりだな。それしか言葉を知らないのか?」

「何回でも一生言い続けます。陛下をお慕いしています。陛下には知っていて欲しいのです」

「……勝手にしろ」


 眉を寄せて不機嫌そうな顔をするベルンハルトを見てリリアナは微笑む。やっぱりこの人は自分を否定はしない。今は伝えるだけでいい。けれど、いつかガレンを見るときのような優しい眼差しを自分にも向けて欲しい。


 ベルンハルトの優しい眼差しは空のような青。せめて婚姻式ではベルンハルトの色に包まれたい。サッシュは空色にしようとリリアナは思った。



 ♢♢♢



 ベルンハルトは執務室で自身に届いた嘆願書を読んでため息を吐いた。またオーサ領から盗賊団討伐のための軍隊増強の嘆願だ。

 一番最初に話が来た時に百名の騎士団を送った。盗賊団が出没したとされる地域を重点警備するように指揮官に命じて巡回を強化していたところ、今度は重点警備地位から三十キロ程離れた地域で盗賊団が活発になり始めた。

 つい先日、オーサ領から使者が来て警備強化の嘆願があったので更に百人の騎士と兵士を送った。新たに配置された騎士団及び兵士による警備はこれまで盗賊団が出没した地域を含む広範囲で重点的に行われた。

 ところが、今度は反対側に更に五十キロ程離れた地域で盗賊団が暗躍しだしたらしい。


 オーサは首都であるトウキに次ぐ国内最大級の都市であり、その物流が途絶えることはハイランダ帝国の経済に大きな打撃を与える。早急に何とかすべき問題ではあるが、一つの街道にそんなに多くの騎士団や兵士を割くわけにはいかない。逆に他が手薄になり危険になる。


「なぜ警備が手薄な場所ばかりに現れるんだ?」


 悩むベルンハルトは嘆願書を机に置くと天を仰いだ。強盗団が複数いるにしてもあまりにも不自然だ。まるでこちらがどこを重点警備しているのかを知っているかのような動きをしている。


「デニス。オーサへの街道警備の予定は事前にどこまで明かされている?」

「御前会議に出席する大臣、文官はみな知っています。軍部の上層部も知ろうと思えば調べられるでしょう」

「一般に明かされているということは?」

「それは考えられません」


 デニスの答えにベルンハルトは頷く。気を取り直してもう一度嘆願書を手に取ると、深い思考の中に入り込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る