夢見の魔女、セドナ国第二王女の夢に入る
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リリアナは庭園にいた。庭園には美しい花が咲き乱れている。ハイランダ帝国の自然を活かした庭園とも、リナト国の造り込まれた庭園とも違う、人工的なアーチと自然の造形を組み合わせた庭園だ。奥には池が設えてあり、その手前にベンチがあるのが見えた。
リリアナは庭園を歩く人影に気付き、自分の姿が相手から見えないことを確認した。
人影は三人で、それはリリアナの知らない女性とセドナ国の第二王女メアリー、最後は第一王子のテオールだった。唯一リリアナが知らないその女性は庭園に咲く一輪の花に顔を寄せ、にっこりと微笑んだ。
「とても綺麗ね。この花はリナト国にも咲いているのかしら?」
「もし咲いてなかったら僕が姉上に苗を贈って差し上げますよ」
テオールはその女性を元気付けるようにそう言った。女性はテオールを見下ろして口元を綻ばせる。テオールの姉上と言うことはそこにいるのがセドナ国の第一王女だろうと思い、リリアナは目を凝らした。
リリアナと同じ年頃のその女性は色白で儚げな美人だった。母であるセドナ国の王妃譲りの鮮やかな赤毛を斜めに流し、小さな髪飾りを飾っている。線は細く、守りたくなるような庇護欲をそそる人だ。
しかし、リリアナが何よりも目を奪われたのは、頚にかけて流した髪の隙間から見える黒い痣だ。リリアナはその痣に見覚えがある。魔法による呪いの一種で、術者の意に添わない事を何かすると、それは醜く大きくなる。第一王女はその痣が気になるのか、黒くなった肩の部分を
「この花は美しいわ。それに引き換え、リナト国の王子殿下はこのように醜い私を見てどう思われるか……」
第一王女は哀しげに視線を伏せた。
「お姉さま! お姉さまより美しい人など私は見たことがありません!」とメアリーは第一王女に強い口調で言い切った。
「そうですよ、姉上! きっとゲイリーが解呪してくれます。それに今、父上が国中から魔術師を集めています」とテオールも言う。
メアリーは気落ちする第一王女の手を握った。隣に立つテオールもぐっと唇を噛み締めている。
リリアナはその様子を後ろからそっと眺めた。リリアナから見て、セドナ国の第一王女がなんらかの魔法の呪いをかけられているのは明らかだ。でも、何の理由で誰がそのような呪いをかけたのかまでは分からない。
「そうね。ゲイリーの言うとおり一旦挙式を中止して頂いてよかったわ。前よりは少しよくなったみたい」
第一王女は首を振ってもう一度流れる赤毛の上から肩を
夢が醒める。そう思ったとき、リリアナの意識はぐいっと何かに引き込まれた。否応なしに強く体を引かれるよな感覚。リリアナは強く目を閉じた。
リリアナは馬車の行き交う大通りにいた。大通りの看板は、見たこのもない文字だ。視線を移すと目の前には首輪を付けられたみすぼらしい姿の小さな少年がおり、その周りを野次馬が取り囲んでいた。銀色の髪は薄汚れて灰色になっている。
「さぁさぁ、珍しい奴隷だよ。こいつはなんと、魔法が使える。今ならお安くしておくよ」
首輪に繋がるリールを握る小太りの男が威勢よく声を上げる。
「おいっ! 坊主! 魔法を使って見せろ」
野次馬の一声に、小太りの男はニカリと笑う。そして、リールを強く引いた。小さな少年は首を引かれたことにより、苦し気にぐぅっとうめき声を上げてその場にドサッと倒れ込んだ。
「おいっ、聞こえないのか? 魔法を使え!」
小太りの男が倒れた少年を足蹴にした瞬間、大通りにぶら下がっていた看板が砕け散る。
人々の悲鳴が響き渡った。
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目覚めた時、窓の外は白み始めており、リリアナはベルンハルトの胸の中にいた。頭を上にあげるとベルンハルトは子どものようにあどけない表情をさらしてよく眠っている。そして、眠っているのに腕はがっしりとリリアナの腰に回されてしっかりと固定されていた。
最近、ベルンハルトはリリアナが夢を消さなくともぐっすりと眠っている日が増えてきた。それでも時折悪夢に魘される事があるので、そういう日はそっとおでこに触れて悪夢を取り去ってやるのだ。
リリアナは先ほどの夢のことを考えた。最初の夢。あれは第二王女のメアリーの夢だ。会話から察するに第一王女がリナト国との婚姻式を延期したあと、リナト国入りする前の時期の記憶だろう。
第一王女の首から肩にかけては呪いの痣があった。長い髪を流して隠しているようだったが痣が大きいため隠し切れておらず、その事を本人も気にしているようだった。
リリアナは魔法の国の元・王女であり、自身も幼いころから訓練を積んだ魔女だ。呪いを解くことも訓練したので可能だが、そのためには本人の近くに行く必要があった。しかし、いったいどうやってセドナ国の第一王女に近づくか。そこからして問題だ。
それに、気になるのは二つ目の夢だ。
あれはいったい誰の夢だったのだろう? 魔法のない国で魔法使いが見世物のように奴隷として売られることがあるというのは、リリアナも聞いたことがあった。銀髪はサジャール国周辺ではよく見かける髪色だ。もしかしたら、サジャール国や周辺国から流れて奴隷商人に売られたのかもしれない。あの少年は、まだ上手く魔法を使いこなせずに自分を守ることが出来なかったのだろう。
「考え事か? 表情がくるくる変わっている」
至近距離からくくっと笑う声がした。いつの間にかベルンハルトが目を覚まし、リリアナを見下ろしている。
「陛下、起こしてしまいましたか? 申し訳ありません」
「今は二人だから言葉遣い。ベルトだろ?」
「ベルト、起こしちゃってごめんなさい。夢のことで考え事をしてて──」
ベルンハルトに諭されてリリアナは慌てて言い直した。思いが通じ合ったあの日、ベルンハルトはリリアナに二人の時は敬語ではない喋り方をして欲しいと言った。それに、呼び方も『ベルト』と呼んで欲しいと。今後は二人の時は常に敬語・敬称無しともなると、慣れないリリアナにはなかなか難しい。
リリアナを眺めていたベルンハルトは、突然リリアナをぎゅっと抱きしめた。
「……? どうしたの?」
喋っている途中に突然ぎゅっとされてリリアナは目を丸くした。ベルンハルトは目尻を下げて微笑んでいる。
「いや、砕けた口調で話すリリアナも可愛いなと思ってな。普段の喋り方もいいが、こっちもいいな」
「もうっ! 真剣な話よ?」
「リリアナは怒った顔も可愛いな」
口を尖らせるリリアナにちょうどよいとばかりに、ベルンハルトはチュッと口づけした。
「ベルトってば!」
リリアナは驚きと気恥ずかしさから顔を赤くしてぷいっとそっぽを向くと、くるりと寝返りを打った。その場にあった布団を引っ張って引き寄せると、顔を隠した。
「リリアナ。こっち向いて」
リリアナの肩越しにベルンハルトが顔を近づけて囁く。耳元にベルンハルトの吐息が当たり、ぞくぞくとした。
「陛下がからかうから嫌です」
「ベルトだろ?」
「……ベルトがからかうから嫌よ」
素っ気なく応えるとリリアナの腰に回されたベルンハルトの手に力がこもり、体がグルンと反転した。呆気なく布団は剥ぎ取られ、ベルンハルトに上から見下ろされた。
「リリアナは俺と口づけするのが嫌なのか?」
不機嫌そうに眉を寄せるベルンハルトを見て、リリアナは目を瞠った。リリアナは恥ずかしかっただけで、そんなことは一言も言っていない。どうしてそんな話になったのか。
「まさか! ベルトと口づけするのは好きだわ」
「ふーん、好きなんだ。じゃあ、沢山してやろう」
ニヤニヤと笑うベルンハルトを見てリリアナはまたもや自分がからかわれたのだと気付いた。
「もう、ベルト! 夢のことで──」
リリアナは頬を膨らませて先ほどの夢のことを喋り始めたが、その言葉はすぐにベルンハルトに唇ごと飲み込まれてしまった。
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