夢見の魔女、解呪する

 結局、リリアナがベルンハルトに呪いの話を出来たのはだいぶ部屋が明るくなってからだった。しかし、それを聞いたベルンハルトの行動は早かった。


「リリアナはそれを解呪できるか? 解呪すればセドナ国の王室に恩が売れるかもしれない」

「十中八九、できるわ」

「よし。ではフリージに言って連絡させる」


 ベルンハルトはわかりやすく喜色を浮かべた。解呪を成功させればセドナ国に恩を売ることが出来るため、それは両国間の関係が大いに前進するきっかけになる。

 それに気付いたベルンハルトはすぐにセドナ国王に連絡を付け、面会の約束を取り付けた。そうして今、セドナ国に用意された部屋ではベルンハルトとリリアナ、セドナ国王夫妻が向き合っている。


「何を言っている? 呪いなど、何のことだか分かりかねる」


 ベルンハルトから話を切り出された時、セドナ国王は訝しげに眉を潜めベルンハルトを睨み据えた。ベルンハルトは親子ほど歳の離れた威厳ある隣国の国王に睨みつけられながらもどこ吹く風で涼しげな顔をしていた。


「わが皇后であるリリアナは魔法の国とも呼ばれるサジャール国の元・王女で優秀な魔女です。そのリリアナが確かに第一王女の部屋から呪いの気配を感じると言っています。わたくしどもは心配で駆けつけた次第です」

「そう言われても、わしには何を言っているのかさっぱりだ」


 惚けるセドナ国王を見てベルンハルトはスッと目を細めた。


「婚姻式は明後日ですよ。本来の美しさを失った王女を見たリナト国側は何というでしょうね」

「わしを脅しているのか?」

「とんでもない。助けたいと思っているのですよ」


 ベルンハルトの言葉を聞き、セドナ国王はぐうと喉を鳴らした。睨むようにベルンハルトを見据える。隣に静かに座っていたセドナ国王妃は「あなたっ」と縋るようにセドナ国王の腕に触れた。セドナ国王は項垂れてから王妃を見つめ、小さく首を振って観念したように顔を上げた。


「リリアナ妃は魔女だと言うが、娘の呪いの解呪が出来るのか?」


 ベルンハルトはちらりとリリアナに視線を寄こす。リリアナはベルンハルトとセドナ国王に頷いて見せた。


「サジャール国は魔法の国と呼ばれるほど魔法が盛んな国です。私も王女として魔法を学ぶ中で様々な呪いに対する防御と解呪法を学んで参りました。第一王女殿下にお会いしないと何とも言えませんが、やってみる価値はあると思います」


 リリアナは王族としての自己防衛のため、魔法の呪い関係の防御と解呪には特に力をいれて教育を受けてきた。呪いをかけた魔術師の実力がいかほどかは知らないが、絶対に負けない自信があった。

 自信満々に言い切ったリリアナの様子にセドナ国王はしばらく悩んでいたが、王妃に縋るように懇願され、結局は「付いてきてくれ」と第一王女の部屋へと案内した。



 ***



 セドナ国の第一王女はベッドにすわっており、リリアナ達が入室したのに気付くと驚いたように目を瞠った。リリアナが夢で見た通りの色白の儚げな美人で、長い赤毛を片側に流している。その赤毛の合間からは隠し切れない黒染みが広がっているのが見えた。そして、第一王女の傍らには銀髪の青年が佇んでおり、青年は黒いケープを身に纏っていた。


「陛下。これは何事ですか? シェリー様は安静が必要なのです」


 黒いケープを羽織った青年が眉をひそめてセドナ国王に苦言を呈した。


「下がれ、ゲイリー。こちらはハイランダ帝国の皇后であるリリアナ妃だ。サジャール国出身の魔女でもある。こちらのリリアナ妃がシェリーの解呪を試みてくれるそうだ」

「サジャール国の魔女?」


 ゲイリーと呼ばれた青年は眉間にしわを寄せた。訝しげに視線を上下させてリリアナを不躾に眺める。その様子からは警戒心がありありと感じられた。


「お言葉ながら、いくらハイランダ帝国の皇后であろうと他国の魔女にシェリー様を診せるなど私は反対です。シェリー様は私達が治します」

「黙るんだ、ゲイリー。お前達に任せて数カ月、未だに呪いは解けていない。これをどう説明する?」

「…っ! シェリーさまはセドナ国にお戻りになれば良くなります!」

「シェリーはリナト国の王太子妃になるためにここに来たのだ。この国で骨を埋めるのに今さら戻れるわけがなかろう!」


 セドナ国第一王女のシェリーをリリアナに診せることをかたくなに反対していたゲイリーをセドナ国王は一喝した。その迫力にゲイリーと呼ばれたセドナ国の魔術師はぐっと押し黙る。しかし、射殺しそうな瞳でリリアナを睨み付けており、内心ではまだ反対しているのは明らかだった。


「はじめまして、シェリー様。ハイランダ帝国皇后のリリアナにございます。ちょっと失礼しますわね」


 リリアナは軽く挨拶をするとシェリーの横に立ち、赤い髪をそっと掬い上げた。シェリーの肌を確認すると、首から肩にかけて広範囲に黒い染みのような痣が広がっていた。


「また広がっているわ!」


 セドナ国王妃がその広範囲の痣を見て口元に手を当てて悲鳴を上げた。国王も痛ましげに眉を寄せた。


「リリアナ妃、どうだ? 解呪できるか?」


 セドナ国王は無言でシェリーの痣を観察していたリリアナに尋ねた。リリアナはじっとその痣を見つめる。呪い自体は簡単な魔術の術式を使っており、そんなに複雑では無い。しかし、リリアナはセドナ国王夫妻が『』と言ったのが気になった。


 この手の呪いは術者の意図に逆らうと強く現れる。つまり、リナト国入りしてから部屋に引き籠もっている期間もシェリーは術者の意に添わないことをし続けようとしているということだ。


「そんなに難しい術式ではないので問題なく解けますわ」

「本当か!?」

「まあ! どうかお願いします!」


 リリアナは頷いてシェリーの肩に手を置いた。体に刻まれた呪いの術式を少しづつ解いてゆく。途中、リリアナは顔をしかめた。


「リリアナ、どうかしたのか?」


 異変に気づいたベルンハルトがリリアナを心配げに見つめた。セドナ国王夫妻も心配そうにリリアナとシェリーを見比べている。リリアナは少しだけ首を傾げて見せた。


「大丈夫。何でもありませんわ。もう少し」


 リリアナは再び刻まれた呪いの刻印を解くことに集中した。すぐにリリアナは再び顔を顰めた。チリチリと邪魔をするような魔術の違和感を感じるのだ。しかしながら、リリアナは魔法の国の元・王女。幼いころから世界最高峰の魔術の鍛錬を積んだ魔女だ。そのような妨害をはね除けることは朝飯前だった。みるみる間に大きく広がっていた痣は薄くなってゆく。


「解呪できましたわ。さらに、もう呪いを掛けられないように私から防護の術を付与しました。向こう一年は呪いを受けないと保証します」


 リリアナが手をそっと離した時、シェリーの肌はもとの美しい肌色を取り戻していた。


「ああ、本当だわ。消えているわ!」とセドナ国王妃はそれ以上の言葉が出て来ず、両手を口に当てた。

「どんなに国中の魔術師を集めても良くならなかったのに、信じられん! ベルンハルト殿、リリアナ妃、このことは深く感謝する」


 セドナ国王も信じられないように目を見開き、瞳に薄らと涙を浮かべた。シェリーは自分の痣のあった部分を見ようと首を捻っている。


「本当? 肩は見えるけど、私の痣は首も消えているの?」

「ええ。綺麗に消えているわ」


 セドナ国王妃は感極まったようにシェリーを抱きしめた。その二人をセドナ国王が包みこむように両手を添える。リリアナとベルンハルトもその様子を見てよかったと微笑んだ。

 ただ一人、ゲイリーだけが憮然とした表情でその様子を見下ろしていた。

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