皇帝は偽装結婚を提案する

 リナト国の国王主催の非公式な会合の席で、リリアナは目の前の人達に視線を走らせた。


 セドナ国からは六人が参加していた。国王と王妃、第二王女、第一王子、それに側近が二人だ。肝心の第一王女本人はおらず、本当に部屋からほとんど出てこないようだ。


 リリアナは改めてセドナ国の人々を観察した。セドナ国の国王は口ひげをたっぷりと蓄えた威厳のある男性で、三つの国の元首の中では一番年長者に見えた。

 王妃は歳はそこそこいってそうだが、凜とした佇まいが印象的で赤い髪を高く結い上げた美しい人だ。


 会合は非公式なので込み入った政治の話などはせず、軽食を取りながら歓談をするものだった。三国の関係は決して良好とは言えないが、この場は友好的な空気が流れている。


 リリアナがテーブルの奥に視線を移動させるとルリエーヌがデニスと楽しそうにお喋りをしているのが見えた。頬を染めてはにかむルリエーヌをデニスが優しく見下ろしている。二人はとてもお似合いなように見えた。


 リリアナは隣に座るベルンハルトの横顔を見上げた。ベルンハルトはリナト国の第一王子と狩りの話で盛り上がっている。ルリエーヌの兄でもあるリナト国の第一王子はルリエーヌと同じ茶色の髪に茶色の瞳の爽やかな青年だった。


「ではベルンハルト陛下は弓が得意なのですね? 是非、滞在中にともに狩りに行きましょう。明後日は如何です?」


 リナト国の第一王子がベルンハルトを狩りに誘うと、ベルンハルトは口の両端を持ち上げた。


「そうですね。是非ご一緒しましょう。ただ、明後日では婚姻式の前日ですが平気ですか?」

「私は男ゆえなにも準備はないですよ。では、明後日で決まりですね」


 第一王子は話がまとまると機嫌が良さそうにハハッと笑い、目の前の果実酒を飲み干す。その奥ではセドナ国の王妃とリナト国の王妃がファッションの話をして盛り上がっている。


「リリアナ様」


 リリアナは声をかけられてそちらを向くと、斜め前に座るセドナ国の第二王女のメアリーがこちらを見つめていた。メアリーは十四歳と少女から大人への変貌を遂げる年頃で、あどけなさと美しさが混在している。


「リリアナ様はサジャール国からいらしたのでしょう? サジャール国は魔法使いが沢山いるって聞いたけれど本当なの?」

「はい。魔法の国と呼ばれるほどに魔法が当たり前のように使われる国から参りましたわ」


 リリアナは笑顔で頷いた。そして、指をパチンと鳴らしてその場に小さな花を一本出すと、それを前に座るメアリーに手渡した。


「はい、どうぞ」

「まぁ、凄いわ! ねえ、もっと出せる? お姉さまにも持っていきたいの」

「第一王女殿下に? ええ、もちろんですわ」


 メアリーのお姉さまと言うと、この場に居ない第一王女の事だろう。リリアナは笑顔で頷くともう一度パチンと指を鳴らした。今度は花で編んだ花冠が目の前に現れる。 


「素敵! お姉さまきっと喜ぶわ。お姉さまは花を眺めるのが何よりも好きなのよ」


 メアリーは口元を綻ばせてそれを受け取った。リリアナがふと視線を移すと、そのやり取りを横に座るセドナ国の第一王子のテオールが何かを言いたげに見ていた。未来の国王であるセドナ国の第一王子は十二歳という年齢に対して体は小柄で、一見すると女の子のようにも見える。


「テオール殿下にも何かお出ししましょうか?」

「ううん、大丈夫。それより、リリアナさまは魔法が使えるなら呪いも解けるの?」

「呪い……ですか?」


 突然のテオールの質問にリリアナは眉をひそめた。もちろん、魔術を使った呪いは魔法を使う国ではよく見られることなので魔女であるリリアナも解呪の心得はある。


「テオール!」


 慌てたようにメアリーがテオールとリリアナの会話を遮る。


「ねえ、リリアナ様。ハイランダ帝国では一括りに髪を纏めたシンプルな髪型が流行っているらしいわね?」

「ポニーテールのことですね。ハイランダ帝国の女性は癖の無い直毛が多いのであまり結い上げずにシンプルな髪型が多いのです」

「まあ、そうなのね。私は癖のある髪だから羨ましいわ」


 メアリーは取り繕うように流行の髪型の話を始めた。結い上げられたらメアリーの髪は確かに癖毛のように見える。結局、リリアナはテオールから呪いの事についてそれ以上聞き出すことは出来なかった。



 ***



 ベルンハルトは予告通り、会合の終了後にルリエーヌを呼び止めて少し話したいと伝えた。ルリエーヌは訝しげに眉をひそめたが、その場にデニスとリリアナも同席することを知ると大人しくベルンハルトに従った。ベルンハルトは用意された部屋でルリエーヌに座るように促すと、自分自身も向かいに腰を下ろした。


「先ほど、リリアナからリナト国王はあなたを私の側室にする事を考えていると聞いた。それは本当だろうか?」


 ベルンハルトの単刀直入の質問にルリエーヌは目を瞠ったが、すぐに落ち着き払った様子で頷いた。


「本当ですわ」


 ベルンハルトはその返事を聞いて小さく頷く。


「その申し入れが本当であれば、両国の友好関係を結ぶ上でこの上なく有難いことだ。俺はハイランダ帝国皇帝として、リナト国王からルリエーヌ姫を側室にと提案されれば喜んでその話を受けよう」


 ベルンハルトの言葉を聞き、リリアナはもちろんの事、ルリエーヌとデニスも顔をさっと強張らせた。三者三様に思ったことはあったが、誰も口には出せない。ベルンハルトの判断は皇帝としては当然のことだったからだ。 


「もう一つ聞かせてくれ。あなたはデニスに好意を持っている。そうだな?」

「それは……」

「隠さなくともよい。リリアナに聞いた。それに、先ほどのルリエーヌ姫の様子を見ていればわかる」


 ルリエーヌは答えを言う代わりに俯いた。耳までほんのりと赤くなっている。ベルンハルトはデニスに視線を移した。


「俺の見立てでは、デニスもルリエーヌ姫に懸想しているな」


 デニスは顔を顰めたが否定はしなかった。一貴族が他国の姫君に想いを寄せているなど堂々と言えることでは無い。その様子をベルンハルトは肯定と捉えた。


「そこで提案だ」


 ベルンハルトはルリエーヌの顔を見つめた。


「皆の利益を考えて、リナト国王から提案があった場合は俺と偽装結婚しないか?」

「「「偽装結婚???」」」


 ルリエーヌを始めとする三人は、想像だにしなかった提案にベルンハルトを唖然として見つめた。


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