番外編

番外編 皇帝は夢見の魔女に猫を贈る

「サリーにもお友達がほしいです」


 ある日、リリアナにそんなことを言われたベルンハルトは首を傾げた。


「サリーに友達?」 

「はい。サジャール国では使い魔に猫をつかう人が多かったので、サリーにも友達がたくさんいました。ここでは、あまり猫を見かけませんから……」

「ああ、なるほど」


 意味を理解したベルンハルトは軽く相づちを打つ。

 魔法を使わないハイランダ帝国では使い魔の習慣はない。猫といえば野良猫かペットだが、宮殿内にはどちらもいなかった。そのため、リリアナはサリーに遊び相手がいないと言っているのだろう。


「ならば、俺がよさそうな猫を見繕って、取り寄せよう」

「本当? ありがとう!」


 リリアナの表情がパッと明るくなる。ベルンハルトの言葉に喜びぎゅっと抱きついてきたリリアナを、ベルンハルトは緩く抱き締め返した。




 数日後、リリアナはベルンハルトから執務室に呼び出された。


「どうしたのかしら?」


 ベルンハルトの執務室に呼ばれることなど、滅多にない。前回呼ばれたときはリナト国で行われたケベック王子とシェリー姫の婚姻式に出席するように言われたときだった。


 もしかして何かあったのだろうかと、リリアナは緊張の面持ちでドアをノックした。


「失礼します」

「ああ、よく来たな」


 部屋に入ると、ベルンハルトは楽な貴族服姿で執務机に向かっていた。リリアナに気付き、柔らかく表情を崩す。


(ああ、今日も素敵だわ!)


 夫の優しい笑顔に撃ち抜かれた。

 毎朝毎晩顔を合わせるから今朝も見ているはずなのだが、何度見ても目が眩むほど素敵である。リリアナは内心悶絶しながらも赤らみそうになる頬を隠すように俯く。


 そのときだ。

 リリアナは小さな鳴き声がしたような気がして耳を澄ました。

 今、確かに何かが鳴いたような声が聞こえてきた気がしたのだ。


 どこからともなくサリーが現れ、するりと足元をすり抜けていく。それを見てその場に屈み込んだリリアナは、そこにいたものに目を輝かせた。


「猫ちゃんだわ! もしかして、この子がサリーのお友達ですね?」


 そこにいたのは全体的に焦げ茶かがった毛並みの猫だった。黒と焦げ茶のマーブルの毛は少し長めで耳はピンと立ち上がって尖っている。体はサリーより一回り大きく、目付きは野生の虎を思わせる鋭さだ。


 一言でいうと──。


「まあ……。随分と貫禄と威厳のある猫ですわね」

「だな。北部の山岳地帯に住む珍しい猫らしい」

「この雰囲気はオスかしら?」

「そうだな」

「名前は決まっていますか?」

「名前……」


 リリアナの質問にベルンハルトは視線を宙に投げる。どうやら、決めていないようだ。


「……ディーンはどう?」

「ディーン。素敵だと思います」


 こちらを睨むように見つめながら微動だにしない新しい仲間に、サリーは「ニャー」と鳴いて果敢に近づいていったのだった。


    ◇ ◇ ◇


 ディーンが来てから一か月ほど経ったある日のこと。


 リリアナが庭園で遊ぶサリー達を眺めていると、ベルンハルトが側近達を連れて通りかかった。ディーンは鋭い目つきで飼い主であるベルンハルトを一瞥すると、フイっとどこかへ歩いてゆく。


 この1ヶ月間ディーンの様子を見ていて、リリアナは気付いたことがある。


 ディーンはあまり人に懐かず、手を差し出してもいつも無視されてしまう。

 それは猫に対しても同じで、サリーが追いかけてもつれない態度でいつも面倒くさそうにどこかに行ってしまう。けれど、じっと観察していると、サリーがディーンを見失っておろおろと探していると立ち止まって待っているし、それでも探せないとわざわざ探しやすいところに移動してきたりする。

 つまり、そっけなく見えて意外と優しいのだ。そして、サリーはそんなディーンが大好きなようで、いつも近づいてゆこうとする。


 リリアナはディーンとサリーの様子をニコニコしながら見守った。


「前々から思っていたが、あいつはずいぶんツンツンした猫だよな。可愛げがない」


 遠くへと歩いてゆくディーンを、ベルンハルトは呆れたように視線で追った。


「そうでしょうか? よくよく見ると、サリーには優しいんですよ。昨日も自分を探すサリーをさりげなく待ってあげていました」

「そうなのか?」

「はい! それが、お昼寝しているふりをして、ちゃんと待っているんです! 実はとっても優しいのです! サリーもディーンが大好きですわ」

「素直じゃなくて面倒くさい奴だな。よくペットは飼い主に似ると言うが、いったい誰に似たんだ?」


 嬉しそうに報告するリリアナに対し、ベルンハルトは呆れたように呟く。


「どなたでしょうね?」


 リリアナも頬に手を当て、不思議そうに首を傾げる。


「「「「絶対に陛下とリリアナ妃だろ!」」」」


 後ろに控える側近達は一斉に心の中で同じ言葉を叫び、笑いを堪えるために肩を揺らしたのだった。


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