夢見の魔女、城下の流行に触れる

「ラング将軍はわたくしがハイランダ帝国に輿入れすることに反対だったのでしょうか?」


 その日の夜、リリアナは謁見の際のラング将軍の様子を思い出して少し落ち込んだ。


 初めて会うラング将軍は明らかにリリアナを警戒している様子だった。少なくとも、手放しに歓迎しているわけでは無いことは間違いない。全ての人に祝福されるのは難しいと知っていても、やはり多くの人に歓迎されたいと思ってしまう。


「ラング将軍は理由無しに物事に反対するような人間では無いのだが……。あれは父上の代から将軍を務める我が国の闘神だ。ラング将軍がいなければ今やハイランダ帝国は無くなっていたかもしれない」

「そんなに凄い人なのですか?」

「一人で百人相手に出来ると言われるほどだ。まあそれは言い過ぎだとしても、それ位強く、勇敢な男だ」

「随分慕われているのですね」


 先ほどの謁見の際の砕けた口調といい、今の発言といい、リリアナにはベルンハルトが随分とラング将軍を気に入っているように感じた。婚姻式前にわざわざ会うように言われたのもラング将軍の他は殆ど居なかった。そんな人に歓迎されていないことはやはりリリアナにとって気に掛かる事だった。


「ラング将軍には子どもの頃から兄上と一緒に剣を習っていた。二人がかりでも全く相手にならなかったがな。国境付近がごたごたするようになってからは常に前線に居るが、それまでは首都トウキにいたんだ。それに、クーデター事件を最終的に鎮圧したのもラング将軍とワイル副将軍だ」

「クーデター事件……」


 リリアナは何年か前にあったというクーデター事件については何も知らない。知っているのは五年前にクーデター事件があり、前皇帝や皇后、皇太子達が皆いなくなったというこくらいだ。皇后教育でも教えられなかったし、皆その話に触れようとしない。ベルンハルトも詳しい話をしようとはしないのでなんとなく聞いてはいけない話なのだとリリアナも感じ取ってはいた。


「もう遅い。休むぞ」

「あ、はいっ」


 ぶっきらぼうに言われ、サリーシャは慌ててベルンハルトの隣に潜り込んだ。


 ベルンハルトは毎晩のようにうなされる。この日も、リリアナが夜中に目を覚ますと、隣で眠るベルンハルトは苦悶の表情を浮かべていた。そんな時、リリアナはベルンハルトの額にそっと手を置き、夢を終わらせる。


「なんの夢を見ていらっしゃるのかしら……」


 先程までの様子が嘘のように穏やかな寝息を立てるベルンハルトがそれに答える事はない。リリアナはベルンハルトが穏やかに眠れているならそれで良いかと思い直す。再びベットに横になると心地よい温もりに寄り添って微睡まどろんだ。



 ♢♢♢



 ハイランダ帝国側により手配されてリリアナ付きとなった侍女は全部で四人いた。ナエラがリリアナ付きの筆頭侍女となり、二人はベテラン侍女、後の二人はリリアナと同じ年頃の若い行儀見習いだ。行儀見習いの二人は一年~数年のお勤めの経て婚約者と結婚するという。


「ティーヌ、準備を」


 ナエラの指示で若い行儀見習いのティーヌはそそくさとリリアナの身支度の手伝いを始める。リリアナの後ろにまわると長いシルバーブロンドの髪を丁寧に櫛で梳いていった。一房ずつ手に取ると器用に横から編みこんでゆき、最後に一纏めにしてから毛先は再び下に流すようにセットした。


「最近城下で流行しているポニーテールを少しアレンジをしてみましたわ。リリアナさまの髪の毛は美しいシルバーブロンドですから、まるで白馬のようですわね」

馬のしっぽポニーテール?」


 リリアナは聞き慣れない言葉に鏡を覗き込む。普段はハーフアップにするかきっちりと編み上げられている髪が、今日は頭の後ろで垂れている。リリアナがよく見ようと頭を揺らすたびに垂れ下がる髪の毛も左右に軽やかに揺れた。


「馬のしっぽに形が似ているからそう呼ばれているのですよ。今、城下で若い女性に流行っています。──少しカジュアルすぎますか?」

「いいえ。たまにはこういう髪型も良いと思うわ。今日はお客さまに会う予定もないし大丈夫よ」


 リリアナは微笑んで心配げな顔をするティーヌにお礼を言った。リリアナには見慣れない髪型だが、城下で流行っていると言うことはハイランダ帝国では最先端のお洒落なのだろうと思った。


「城下では他に何が流行っているの?」

「そうですわね……。リリアナさまの婚姻式の時のサッシュがとても素敵だったので薄い色に水色のリボンを会わせるのが流行っていますわ。あとは、最近出来た庭園がお出かけスポットとして人気でしたり、薄く焼いたパンに具材を乗せてくるくると巻いて食べる『クルノン』と言う食べものが流行っています」

「へえ、そうなのね」


 ティーヌの話を聞きながらリリアナは目を輝かせた。庭園はどんなところだろう、クルノンとはサンドイッチとは違う味なのかしら……と想像が膨らむ。


 城下に行ってみたいとは常々から思っている。しかし、皇后と言う身分上なかなかそう簡単には行けないことはリリアナにもわかっていた。婚姻式の前にベルンハルトには城下に行ってみたいと伝えたものの、『考えておく』とは言われたまま未だに実現せず終いだ。かと言って、ベルンハルトは相変わらず忙しいので我が侭を言うわけにもいかない。

 

「馬のしっぽ……。そうだわ! 城内で馬には乗れるかしら? 私、実は馬に乗った事がないの」

「馬でございますか? それは、乗れるとは思いますが……」


 鏡越しに見えるティーヌは目をパチクリとした。馬はハイランダ帝国の標準的な移動手段なので城内の至る所にいる。馬に乗ることはもちろん可能であろう。


 サジャール国は標準的な移動手段がワイバーンだったので馬はあまり居なかった。リリアナも小さな時からワイバーンかドラゴンの牽く貴賓車に乗っていた。馬は馬車になら乗った事があるが、乗馬はしたことがない。ティーヌの返事を聞いてリリアナは目を輝かせた。


「本当? では、早速乗馬の練習を始めたいわ! ナエラ、陛下の側近のどなたかにお伝えして」


 目を輝かせるリリアナを見て、ナエラはまたあるじの気まぐれが始まったと苦笑したのだった。




 

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