豪華絢爛ゲストルーム
見事な刺繍の施された絨毯を歩き続け、カイトたちは宿泊する部屋――カシオペアに辿り着いた。
「じゃじゃじゃー……とんでもなくすごく広い部屋です。五十畳はありますよ」
チョチョはその内装に仰天し、卒倒しそうになっていた。
そこはまるで貴族の館のゲストルーム。すぐに豪華絢爛という言葉が浮かぶ。
天蓋付のベッドが四つ。その間はインド製のパーテーションで仕切られ、部屋の隅には骨董品の鏡台や箪笥が置かれていた。その枠は当然のように金箔。さらに漂う木の香りは心地良く、どこか郷愁を感じさせる味だ。
「ご夕食は五階のレストラン・ステッラ・ポラーレにて午後六時から受け付けております。入浴は一階に専用の浴場がございますので、是非ご利用ください。では」
「ありがとうございます。じっくりゆっくり休ませてもらいますよ」
カイトは一礼すると――金貨を右手に忍ばせて握手をした。チップを受け取ったグレイは、人好きそうな笑顔を最後まで絶やさず、退室する。
緊張の糸のようなものが解け、カイトは大きく息を吐いた。本当に同じ人種なのかと疑いたくなるオーラの持ち主だ。アイルランドの妖精たちと会ったときとは同じようで違う味の汗が、カイトの背中を流れる。
「おれもああいう風になれるんだろうか……」
マホガニーのコート掛けに上着を預け、藤製の椅子に腰掛け休息していると、
「じゃじゃじゃー……! 沈みそうなベッドなのですっ」
サーカスのトランポリンのように、チョチョがベッドで弾んでいた。着物の裾から、磁器のような色の太腿が見え、カイトは声を荒げる。
「おいおい、はしたないぞチョチョ。シャーロットも何か言ってくれ」
「ここにチェスのセットがあるわよ、カイト。あたしと賭けで勝負しない?」
カイトの心配をよそに、シャーロットは箪笥からチェスの箱を抜け目なく取り出し、テーブルにばんと置いた。象牙の駒を並べ、カイトの参戦を心待ちにする。
「賭けはこりごりだっての……」
ぽりぽりと茶髪を掻き、溜め息を吐く。シャーロットは拗ねた顔をすると、一人で攻守を入れ替えながらチェスを始めた。
「ふむう、個室なのにキッチンがあるぞ……わっ、絢爛たる銀製の皿がこんなに……」
セィルもまた部屋の探検を始め、備え付けられたキッチンで目を輝かせていた。どうやら、食材を持ち込んで、各自調理できるようになっているらしい。
「皿が一枚、二枚、三枚……ふふ、ぴっかぴかに洗ったら気持ちいいだろうなぁ」
「セィルさん、皿屋敷のお菊さんになっているのです」
「本当に……おれたちの〈アステリズム〉とは次元の違うところだ」
カイトは恐懼のような表情を浮かべるが、それでも真似のできるところは真似したい覚悟だ。カイトはテーブルに置かれていた紙とペンを取ると、骨董品の数々をメモし始めた。
〝――むきゅう~〟
そうして、のんびりしていると、骨董品の柱時計が時を告げるよりも早く、シャーロットの胃の中の虫が鳴いた。夕食の時刻となったのだ。
「さすが探偵。体内時計は完璧だな」
「意味がわからないんだけどっ。はやくディナーに行きましょうよ」
含羞の色を浮かべ、シャーロットは無聊を慰めていた一人チェスをストップさせる。
期待に胸を弾ませ、スキップしながら部屋を飛び出すシャーロット。本当に、味を覚えるためなのか、カイトは不安になった。チョチョとセィルを伴いながら、カイトはレストラン・ステッラ・ポラーレへと向かう。
途中、カシオペアを出てすぐの通路に〝それ〟はあった。太い柱のような木枠に収まった、鉄の扉を持つ籠のようなもの。籠の上部には滑車のような装置が設置され、ワイヤーで吊るされていた。
チョチョはまたもや興味の光を目に宿し、唸った。
「こっ、これは『エレベーター』というやつなのです。東京の浅草にもできたばかりの」
「ほう、これに乗って上に行けるのか? 落ちたりしないのか? 地獄の底に……」
「いちいち怖い単語を付けるなよ、セィル」
カイトが肩をすくめると、シャーロットが顎に指を添えてエレベーターを凝視する。
「最新式の電動エレベーターね。シカゴ万博でも展示されて、アメリカではこのエレベーターを入れたビルがどんどん建造されているらしいわ」
薀蓄と共に格子の扉を開けて、四人がエレベーターに乗り込む。その直後、「あれ……?」とシャーロットが額に小皺を作った。
「どうした、シャーロット」
「いや、下から風が吹いている気がして……でもこのホテルに地下はないわよね……?」
エレベーター上部のパネルをシャーロットは見つめる。半円状のパネルには、ⅠからⅤの数字が並んでいた。
「開発中かもしれないな。油断ならないホテルだ」
「……そうね。そんなことより、早くディナーを……」
三重の扉をしっかり閉めて、エレベーターを起動させる。移動中、チョチョとセィルが「うおおおお」と仲良く振動しながら、初エレベーターを味わっていた。
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