倫敦ザシキワラシ

 カイトは黙って、チョチョの告白を聞き続けた。ふわりと広がった長髪が、元に戻る。


「チョチョは、本当は『』という……別の存在。その能力は、枕を操り、人に夢を見せるというもの……」


 その真実を耳にしても、カイトは取り乱さなかった。



「気付いていたのですか?」


 驚いたのは、むしろチョチョのほうだった。


「チョチョが『座敷童子がいなくなると、その家は滅ぶとされていますから』と言ったときがあった。おかしいと思った。自分のことにしては、どこか他人事だったからな。そして、そんなことを言っておきながら、チョチョは自分から出て行くとも言った。どうも、話がちぐはぐだった……」

「それは、うっかりしていたのです」


 照れ笑いしながら、チョチョは頬を掻く。その仕草も、今は愛おしかった。


「〈アステリズム〉で眠るといい夢が見られる……。それはおまえのおかげだったんだな」


 カイト自身も、ときどき明瞭な夢を見たことがあった。あれも、チョチョが夢を操っていたのだろう。


「それで、どうしておまえは『ザシキワラシ』になろうとしたんだ?」

「最初はちょっとした嫉妬です。枕返しは本当に悪戯ばかりが趣味の印象の悪い存在。なのに、近しい存在である座敷童子ばかりが持て囃され……。だから、仲居として雇われたときから、願掛けとして自らを座敷童子と名乗るようにしたのです。本物の座敷童子のように、人に幸福を与えられるように……」


 チョチョが頭を振った。


「だけど、それは間違いでした。座敷童子として振る舞っても、あの男に目を付けられ、結局カイトさんたちに迷惑をかけてしまった。不幸にさせてしまったのです……。本物の座敷童子なら、こんなことは絶対に起こらないはずです」


 顔に翳を添えて、チョチョは言う。


「チョチョは、紛れもなく『疫病神』でした……」

「おまえ、まだ責任を感じて……」


 エクセレワンとの騒動を思い出すと、電流が走るようにあの瞬間が蘇った。

 チョチョが昏睡状態となった原因。暗器を受けたチョチョ。あれは、カイトを庇ったように見えたが――


「まさか、あの暗器はわざと受けたのか? おまえなら、金縛りで止めることくらいできたはずだ」

「…………」


 その沈鬱な無言が、肯定を意味していた。カイトの目が据わる。


「最初からいなくなるつもりだったのか? それで、夢の中でお別れを言いに来たのか!」


 カイトは両手を握り、眩暈をこらえてチョチョに迫った。


「ふざけるなよ……」


 チョチョの儚げな表情が、薔薇の棘のようにカイトの胸を刺す。


「ごめんなさい。でも、もう、チョチョは皆さんと一緒にいる資格はないのです」

「だからって! 逃げる気か!」


 がっしりと、チョチョの華奢な肩をカイトは掴んだ。燃え盛る炎のようにぎらついた双眸を向け、


「チョチョ、おれを見ろ! おまえには、おれが幸せに見えるのか?」

「っ……」


 悲痛な面持ちで、チョチョはカイトと目を合わせた。瞳孔が小さくなるのがはっきりと見える。カイトの火傷しそうなほど熱くなった目頭が煌めき始めた。


「『薔薇は何と呼ばれようと、その甘い香りに変わりはない』……」


 カイトは「ロミオとジュリエット」より、バルコニーのシーンの台詞を引用。


「ザシキワラシだから、マクラガエシだからってのは関係ない。おまえがおれを散々指導したチョチョであることに変わりはないんだっ!」

「カイトさん……」

「おまえがザシキワラシじゃないから、おれたちを不幸にさせたからってどうした。だったら、おれたちもザシキワラシになればいい。シャーロットも、セィルもだ! 本物以上に幸せを振りまく、になるんだ! それが宿命、使命。そして天命だ! 名前なんてのはただの祈りだろう!」


 カイトは嗚咽と共に、矢も楯もたまらず想いの丈をぶつけていた。


「星座ってのは、星が一つでも欠けたら星座じゃないんだ……」


 極東の星座――遠野の夜空の星々が煌めいた。


「楽しいことも、苦しいことも、おれたちは繋ぎ合って、分かち合うべきだ……」


 北極星、北斗七星、カシオペア座。

 どの国でも、見える景色。平等に与えられた、空の世界。


「チョチョ、おれを一人にするなああああああああっ!」


 大事な星を抱き寄せて、カイトは臆面もなく慟哭した。自分を変えてくれた、店を変えてくれた温かな存在を確かめるように、離さないように抱き締める。カイトの耳朶に桜色の吐息をこぼしながら、チョチョは声をひそめて言う。


「カイトさんっ……チョチョは、カイトさんの傍にいても、いいんですか……」

「当たり前だ……だから、戻って来い! おれたちの星座に!」

「はい……っ」


 チョチョが頷き、夢の世界が渦巻く。光の奔流に飲み込まれ、カイトの意識は――

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