「降霊会」

「ふんふんふーん。それが世界の選択か~これがわたしの洗濯だ~」


 洗い場では、セィルが鼻歌を鳴らしながら、搾り機マングルを回し、カーテンの皺を伸ばしていた。ストーブで温めていたアイロンをかけると、丁寧に折り畳む。


「……クラブの人間って、どうしてこうも好き嫌いが多いのかしらねぇ……」


 キッチンでは、シャーロットがメモ用紙を片手に眉に皺を刻んでいた。


「カイトさん、そこのカーテンがずれていますよ」

「こ、こうか?」


 タップルームでは、椅子に上ったカイトが、チョチョの指示を聞いてカーテンを貼り直していた。


 日は巡り、〈アステリズム〉を貸し切ったクラブによる降霊会の日が訪れたのだ。カイトたちはセッティングに明け暮れ、普段の酒場の姿を改装させていた。

〈アステリズム〉の中でも一番大きな丸テーブルだけをタップルーム中央に残し、他のテーブルや椅子は全て壁際に除けている。すっきりとした店内で、張り替えたばかりの床が目立っていた。


「カイト、チョチョ。最後のカーテンだ、受け取れいっ」


 洗い場から現れたセィルがアイロンをかけたばかりのカーテンをチョチョに渡した。


「ありがとうございます、セィルさん。その丸テーブルもテーブルクロスで包み込んでもらえますか? 足を全て見えないようにして、とのことです」

「了解であるっ」


 セィルはテーブルクロスを広げると、ばさっとテーブルに被せた。


「そして、ここはこうして、こうと……」


 チョチョがテーブルクロスの上に燭台や椿を挿した花瓶を添え始めた。白いカンパスのようだったテーブルが仲居の手により彩られていく。


「ばっちり雰囲気が出て来たな」


 思わずカイトも顔がほころんだ。


「フフ、これで『降霊会』の準備は完了なのだ」


 セィルが腰に手をあて、小さな胸を張る。


「いやはや、楽しみですね、『降霊会』……神秘的なものを扱うのであれば、チョチョもおもてなしのやりがいがあるのです」

「日本ではやってないのか、『降霊会』」

「似たようなことをしている霊媒師ならいるのですよ。遠野より北の恐山にはイタコという霊媒師がいて、口寄せをして霊と交信するのです。こんな大仰な準備はしないのですが」


 チョチョがそう言い終わった直後のことだった。〈アステリズム〉の表に馬車が止まった。カイトは予感を抱くと、表情を引き締める。


 扉が開かれ、男が姿を現した。


「失礼、〈アステリズム〉のカイト亭主。アーチウォルトです」


 柔らかい物腰で、男――アーチウォルトは手を差し伸ばした。カイトはがっちりと握手を交わす。


「アーチウォルトさん。ようこそ〈アステリズム〉へ」


 スーツ姿にハットを被った、いかにも紳士然としたアーチウォルトが深く礼をした。脂の乗り切った中年男性であるが、彼こそラファエル前派の芸術家が集うクラブ――「アーサーズ・ルーム」の代表であった。


「はは、こんなに素晴らしいセッティングをしてもらえて、メンバーたちも大喜びとなることでしょう……ヌッ?」


 内装を見渡していたアーチウォルトの目が、プラチナブロンドの少女に絡まった。


「おお、なんと美しい。君はまるでニンフじゃないか。神秘性、少女性が絶妙なバランスで配合されている、まさしく絵画の妖精! 私の絵のモデルになってくれないだろうか?」


 アーチウォルトが一瞬のうちにセィルの手を掴み、そう懇願した。


「わ、我はニンフではないっ。アイルランドの妖精バンシーだっ。妖精違いだよぉ」

「はは、面白い冗談だ。バンシーがロンドンのインで働いているわけがないよ。ま、気が向いたら我々のクラブにも顔を出してくれないか」


 アーチウォルトがそっと含羞で頬を染めるセィルの手に名刺を渡した。バンシーはじっと名刺を眺めたあと、ピナフォアのポケットに忍ばせる。「くううっ」と髪を掻き毟るセィルを横目に、チョチョが一歩前に歩み出た。


「〈アステリズム〉の仲居、チョチョです。今宵は我々が、皆さんをおもてなしするのです」

「よろしく頼むよ、チョチョさん」


 あっさりした表情で、アーチウォルトはチョチョと握手を交わす。ずいぶんとセィルとは態度が違っていた。


「チョチョはニンフとやらには見えないのでしょうか?」


 不満そうに、チョチョが小声でぼやいた。


「まあまあ、アーチウォルトさんは、ラファエル前派というグループの画家。ギリシャ神話や詩をテーマに絵を描くんだ。神秘的なセィルの姿に惹かれたんだと思うぞ」

「セィルさんはギリシャと関係がないような気がするのです……」

「気にするな。とにかく盛り上げていくぞ」


 しばらくすると、〈アステリズム〉に続々とアーサーズ・ルームの面々が押し寄せてきた。老若男女、様々な顔ぶれだ。誰も彼もジャケットにネクタイを着用し、肩の凝りそうな格好が目立つ。クラブの仲間同士で談笑し、メインイベントに備えてウォーミングをしているようだった。


 外が薄暗くなる午後五時となったころ、〈アステリズム〉の扉を主賓が叩いた。


「ようこそ、〈アステリズム〉へ」


 カイトたち四人が並んで、その人物を歓迎する。降霊会の主役、つまりは霊媒師――

 フードを被り、ローブを羽織ったその姿は古代の魔術師のようであった。霊媒師がフードを脱ぎ、その顔を晒すと、しゃがれた声で口を開く。


「コンバンハ……きょうハヨロシクオねがイシマス」


 たどたどしい言葉で、霊媒師は頭を下げた。年齢は五十代だろうか。少し痩せこけた頬に、大きく見開いた目が特徴的だった。


「ギリシャの霊媒師、マノスさんですぞ。今宵はよろしくお願いします」


 アーチウォルトがクラブの面々とカイトたちに霊媒師を紹介する。


「なんと、漂う威圧感はまさしくイタコのようです」


 精霊であるチョチョも、マノスと目を合わせて脂汗を掻いていた。

 マノスはゆっくり歩き、丸テーブルの椅子に腰掛ける。


「デハ、さっそくハジメマス……せきニツイテクダサイ……」


 アーサーズ・ルームのメンバーも、残りの椅子に座り始めた。

 カイトは唾を呑み込み降霊会を見守る。


「それで、誰の霊と交信するのですか?」


 ひそひそと、カイトがマノスの隣に座ったアーチウォルトに耳打ちした。


「おや、言うまでもないと思っていたのですが……」


 アーチウォルトはにやりと笑うと、声を低くしてその名を呼んだ。


「アーサー王ですぞ」




【CM】


サリエル「ん? な、何だ? なぜウチがこんな所に? ・・・

え? 何か一言? あ、う~む、そうだなあ・・・


『大天使サリエルちゃんは怠けたい(https://kakuyomu.jp/works/1177354054887966009)』もよろしく!


・・・ってこれはまずかったかな?」

祭加「某メッセージのコピペで済ますなんて、なんという体たらく!」




【次週予告】

ついに開催される降霊会。

カイトたちが懸命におもてなしをする中、

シャーロットは得意の料理の腕を見せようとするのだが――



次回更新日は2月4日(月)です。


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