アーサー王と忠誠の剣

「アーサー王……!」


 タップルームの隅でカイトからその名を聞かされたチョチョが凛々しい眉を跳ね上げた。


「それは……ビッグネームね……」とシャーロットも恐々としていた。


「チョチョも調べたのです、アーサー王について」

「ああ、知らないなら知るまでって言っていたな」


 チョチョは煌々と目を輝かせると、得意気に調べた情報を一瀉千里に話す。


「ブリタニアの王、アーサー・ペンドラゴン! 伝説的な英雄王なのです。ブリタニア全土を制圧したアーサーは内外の大敵と戦いを続ける! 円卓の騎士の仲間たちとの戦いや、モリガンという妖精との出会い、巨人との対決、そして竜との決戦など、はらはらすることの多い人物なのです」


 アーサー王の物語は十二世紀ごろの「ブリタニア列王史」によって一躍有名になった。その後、文化界で流行するものの、中世が終わるとルネッサンスに飲み込まれ、一気に人々からその関心は薄れていく。しかし、この十九世紀になると、ロマンス主義者たちの手により復興。紳士たちの育成教材にまで騎士道物語が使われ、アーサー王は再び親しみやすい人物として愛されるようになったのだ。


「フフ……かの高名なアーサー王と交信するとは……、お、おもしろそう……」


 妖精のセィルも、アーサーという名の大きさに身をすくませていた。


「ふうん……」


 しかし、ただ一人、シャーロットだけは訝しげな眼差しを霊媒師に向けている。


「どうした、シャーロット。浮かない顔だな」

「そもそも、あの霊媒師は本物なのかと思って……」


 そう疑問を浮かべると、カイトは隣の少女たちをちょんちょんと指差した。


「おいおい、に超自然的な生き物が二人もいるんだぜ。霊だって、本当にいるに決まっている」

「まあ、そうね。いいわ。霊媒師のお手並み拝見よ。あたしだって、新しい『武器』ができたのだから、それを献上させてやるわ」


 シャーロックの死を受け入れ、頭の中の霧を晴らしたシャーロット。あれからキッチンに篭り、知恵を絞り、腕を振るい、ついに「名物料理」を生み出したのだ。

 話していると、チョチョが口元に人差し指を添える。


「いよいよ始まるようなのです」


 霊媒師マノスがぶつぶつと聞き取れない言葉を唱え始め、ざわざわとしていたアーサーズ・クラブ一同が水を打ったように静まる。マノスは息遣いを激しくし、瞳孔を小さくさせ、ときどき痙攣したように体を跳ね上げていた。カイトは、体の中を冷たい何かが駆け抜けていくのを感じた。

 ゆらゆらと大きく揺れ始める燭台の火。それが忽然と消えた瞬間、


「カーッ!」


 マノスが叫び、白目を剥いた。チョチョが慌てて駆け寄る。


「大丈夫ですかっ」と容体を確認しようとするが、


「し、静かに……」アーチウォルトがチョチョの袖を掴んだ。


「トランスに成功したのです」

「つまり、アーサー王が……マノスさんに憑いたということなのです?」


 アーチウォルトがチョチョの質問に、無言で頷いた直後だった。


「あ、あああ……うううっ……」


 マノスが一度悶えたあと、


「ここは……どこだ……」


 はっきりとした言葉を発声させ、呟いた。まるで、別人のように表情が引き締まり、目は据わっていた。


「おおっ、アーサー王! ようこそ現世へ!」


 アーチウォルトが歓喜し、マノス=アーサーと握手する。


「ぐ……なるほど、理解したぞ。私をこの世に呼んだのは、貴公たちかっ」


 アーサーはまるで舞台役者のように堂々と、低い声で話し始めた。


〝――これが、降霊会!〟


 カイトは胸を弾ませ、この大イベントが順調に進行しているのを再確認。


「じゃじゃじゃー……口調も表情も変わったのです。口寄せなのです」

「フフ、我の魂も震えておるぞ。あの、偉人が……こうして甦るとはっ」


 チョチョもセィルもぷるぷると体を震わせ、興奮を隠しきれない様子だ。


「……本当にカイトの言った通り……になってきたじゃない」


 目つきを鋭くさせ、シャーロットは唇を噛んでマノスを眺めていた。


「腕が鳴ります。チョチョの歴史に新たな一項なのです」


 ぐっと拳を握り締め、チョチョは意気込みを強くして宣言。


「アーサー王を『おもてなし』するのですっ」




「あれは私が十五のときだった」


 タップルームではアーサーをその身に下ろしたマノスが、厳然とした口調で武勇伝をブリテンの子孫たちに聞かせていた。


「ささ、給仕しますよ~」


 シャーロットが作っていた猪のステーキ、ソールなどを盆に乗せ、チョチョは優雅に舞うようにテーブルへ料理を並べてゆく。


「アーサー王! ようこそ〈アステリズム〉へっ」


 天を突き抜けるような声を出しながら、大歓迎ムードのチョチョが皿を綺麗に配置すると、アーサーに一礼する。


「ほう、見事な料理ではないか。私も久々に現世に来たのでな、腹が減って仕方がない」


 銀のフォークとナイフを手に取ると、アーサーはがつがつと料理を食べ始める。王にしては、豪快な食べっぷりだとカイトは感じた。よほど腹を空かしていたのだろう、シャーロットが用意していた料理はあっという間になくなってしまった。


「美味であったが、この私を満足させるには、ちと足りないのではないか?」


 ナプキンで口元を拭いたアーサーが、じろりとチョチョを睨む。


「チョチョ、どうする?」

「シャーロットさんを呼びましょう。……いよいよ、当店自慢の逸品を披露するときが来たようなのです」


 カイトは頷くと、シャーロットの元へ。セィルを伴い、料理を作り続けるコックに、カイトは「名物料理」を注文した。すでに下準備を終えていたシャーロットはほんの一瞬のうちに料理を完成させ、皿に盛りつけるとそのまま王の元へと向かった。

 シャーロットは恭しく、女騎士のような振る舞いで料理を献上する。


「これがあたしの手料理、『クラブ・サンド』です」


 それは蟹の肉や牡蠣をパンで挟んだ、サンドイッチだった。サンドイッチの定番である鶏肉やベーコン、サラダではなく、海の幸を仕込んだことにより、意外性が高まっている。二枚のパンからはみ出た特大の蟹肉は、当然ながらビリンズゲートで仕入れた物だ。


「あたしの母の故郷……バントリーの蟹料理を思い出しながら、創作しました」


 バントリーとはアイルランド南部に位置する港町だ。紺碧色の美しいバントリー湾からは様々な水棲生物が水揚げされ、料理に使われていた。


 しかし――忠誠の剣の如き「クラブ・サンド」を差し出したが、王の反応は意外なものだった。


「サンドイッチとは何だ? 私の時代にはなかったものでな」


 アーサーは奇妙な眼差しを「クラブ・サンド」に向けている。


「ああ、そうでしたね。サンドイッチが世に誕生したのは十八世紀ですから」 


 納得した様子で呟くが、アーサーが次に繰り出した言葉は穏やかな表情を一変させた。


「ふむ……いまいちだな……」

「…………」


 シャーロットの目の明度が下がった。唇を噛み締め、悔しさを味わっているようだった。


「あ、アーサー王! もっと我々に伝説を聞かせてください!」


 取り繕うように、アーチウォルトがアーサーに迫る。その隙にシャーロットは静かにキッチンへと戻って行った。

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