赤毛が燃える

「あたしの自信作だったのに……まるで犬の食べ物かと言いたげな顔だったわ」


 シャーロットは嘆息しながら、他に作っていた「クラブ・サンド」に目を落とす。


「シャーロット……」


 またもや落ち込んだシャーロットに、カイトはどう声をかけようか迷っている様子だ。


「ああ、そうだ。イグナチウスさんに食事を持っていかないと……」


 降霊会ばかりに集中してもいけなかった。この〈アステリズム〉には、まだ連泊中のイグナチウスがいるのだ。


「おい、イグナチウスさんにはおれから渡すから――」

「いいのっ。あたしにやらせて! 連泊しているのに、まだ顔も合わせてないんだから」

 

 シャーロットは「クラブ・サンド」を皿に乗せると、キッチンをあとにする。まるで、自信満々の料理を打ちのめされた現実から逃避するように――

 盛り上がりを見せている降霊会を横目で過ごし、シャーロットは階段を上って行く。一人しかいない宿泊客、イグナチウスは今日も部屋に篭っているようだった。三〇一号室の扉をノックし、シャーロットは呼びかける。


「イグナチウスさん、食事を持ってきましたよ」

「ああ、すまない。入ってくれ」

「失礼します」


 入室し、深くお辞儀。三〇一号室の宿泊客イグナチウスと対面した。


 筆のように太い眉と、大草原のような頬髭。口を堅く結び、厳格そうな顔は軍人のようにも見えた。机の傍にステッキを置き、イグナチウスは葉巻を吹かしてくつろいでいる。


〝――え?〟


 イグナチウスとは初対面のはずなのに、どこかで会ったような気がする。いつ。どこで。強烈な既視感に襲われ、シャーロットの目が石を投げられた池の魚のように泳いだ。


「どうかしたのか」

「あ、いえ……」


 気のせいで済ますわけにはいかない。気になったら興味が収まるまで突き詰めるのが探偵の性だ。


「イグナチウスさん……あたしとどこかでお会いしましたか?」

「いや、初めてのはずだが」

「そうですか。そうですよね。失礼しました」


 シャーロットは浮かない顔のまま頭を下げ、机に「クラブ・サンド」を置いた。


「これ、今晩の夕食です」

「ありがとう、君が作ったんだね」

「あ、はい……」

「君は……ただのコックではないね。目つきが違う。料理人はもっとこう、食材と対話する優しい目をしているんだ」

「あたしは……一応……その……探偵でしたので……」

「探偵か。なるほどなるほど。道理で、僕の顔を隅々まで舐めるように見ていたわけだ」


 イグナチウスが「クラブ・サンド」を頬張る。パンからはみ出た蟹の肉から汁が噴き出た。イグナチウスはその奇妙な触感に虚を衝かれたような表情をする。


「なかなかいけるじゃないか」

「下の降霊会で、王様に差し出したんですが……気に入らなかったようです」

「ああ、確か亭主が見物しないかと誘ってくれていたな。私は静かに過ごしたいので……断ってしまったのだが」


 もう一口咥えたあと、イグナチウスはシャーロットに尋ねた。


「王様と言ったね。霊媒師は誰を呼んだんだ?」

「ええ、霊媒師がアーサー王を呼んだのです」


 アーサーと聞いた途端、イグナチウスの太い眉が跳ね上がった。


「アーサー王と、降霊会か。ふむ、流行のコラボレーションだな」


 その考える表情が誰かに似ていると思った。シャーロットははっとして口を開けた。


〝――あたしだ〟


 彼も一つ一つの事象を読み取り、真実を導き出す探求者――探偵のような男なのだ。


「それで、君はこのまま引き下がるのかい?」


 イグナチウスが瞳を研ぎ澄まして言う。


「違うだろう。君は負けず嫌いのようにも見える」


 図星だった。学校の試験でもテニスの試合でも、負けてしまったとき、シャーロットはすぐさまその悔しさをバネにして努力を続けていた。


「なぜ、そう思うんですか」

「君のその毛色はアイルランド人のものだ。その民族的な性質は、僕もよく知っているからね。偏見かもしれないが」

「イグナチウスさんも……移民の子なのですか?」


 シャーロットが尋ねると、イグナチウスは静かに顎を引いた。


「……最も、もう僕に探偵の真似事をする資格はないのかもしれないが」


 イグナチウスが空いた右手を震わせる。


〝――この人は何者なのだろう〟 


 どくんと心臓が跳ねた。親近感が湧き、シャーロットの興味が目の前の男へと集中する。探偵は目を滑らせ、机の上に注目。そこには年季の篭ったタイプライターがあった。 

 脂汗を掻き始めたシャーロットに、イグナチウスはまるで「先生」のように告げる。


「君の瞳は、きれいだ。宝石のようにね。それは真実を映す鏡のような煌めきだ」


 痙攣したようにシャーロットは肩を跳ね上げた。


「裡に秘めたプライドを隠さず、リベンジしてみなさい。王様にね」

「……失礼しました」


 赤毛を垂らしてシャーロットは深く礼をすると、イグナチウスの部屋をあとにする。そして、すぐさま顎に手を添えて、思案顔。シャーロットの頭の中で知識の泉が湧き出す。イグナチウスは洗礼の名だ。彼自身の本名の一部にしか過ぎないはずである。


「……そうか。そういうことだったんだ」


 真実に辿り着き、シャーロットは目を見開いた。そして、自分自身の探偵の魂に言い聞かせるように宣言する。


「やってやるわ。コック探偵シャーロットが『真実』を暴いてやる」


 ずかずかと階段を下りながら、シャーロットは胸の中で火を点けた。そっと、タップルームのアーサーを眺める。

 見れば見るほど、違和感しかない王の姿だと思った。

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