作戦会議
酒類を注文し、妖精トリオはこのロンドンでの旅の話を咲かせていた。
カウンターで様子を眺めているカイトに、チョチョが声をかける。
「さて、作戦会議なのですよ、カイトさん」
「ずいぶんと張り切っているけど、大丈夫なのか?」
蝶の簪を光らせ、ふふんと得意気にチョチョが話す。
「ええ、チョチョは、かつて遠野であの方たちのような存在……『妖怪』をおもてなししたことがあるのです」
「へえ、どんな妖怪を?」
「雪女になまはげに経立ですよ。雪女さんは熱いのが苦手だったようなので、室温の調整に苦労しました。なまはげさんは酒にうるさいので、気に入ってくれる酒を探すのに苦労したのです。経立さんは猿のような妖怪なので、温泉でくつろいでもらえるように工夫したのです。ああ、なつかしい遠野の日々……」
しみじみと哀愁を込めて昔を思い出すチョチョ。追想の瞳が大きく揺れる。
「ま、一番大変だったのは、愛宕権現様のおもてなしをしたときですね」
「アタゴゴンゲンってのはどんな妖怪なんだ」
「いえ、妖怪ではなく神様の名前です」
さらりと告げられ、カイトは唖然呆然。とにかく、人外の相手は慣れているようだった。
「しかし、今回はデュラハンにケット・シーにレプラホーンだ。日本の妖怪じゃないんだぞ。おまえに相手が務まるのか?」
「言ったはずですよ。心がある限り、おもてなしは万国共通だと! 料理の前ではお客さんは平等。精霊でも妖怪でも妖精でも、ウエルカムカモーンなのですっ」
めらめらと瞳を燃やし、チョチョは意気軒昂。こうなれば一蓮托生だと、カイトは顎に手を添え思案顔。
「そのためにも、あの妖精たちの情報を集めないとな。何をされたら喜ぶのか、何を求めているのか……」
カイトが真っ先に注目したのはデュラハンのファルミだ。右手のジョッキを机の上に置いた頭まで運び呷っている。さも当然のように、ファルミは顔を火照らせ、アルコールの海を泳ぎ始めた。
「どうなっているんだ……あの体……完全に頭と体が離れているのに……」
不思議な生き物だが、考えても埒が明かない。チョチョはセィルを手招きし、カウンターに呼び寄せた。
「セィルさん、あの御三方の情報を教えてくれませんか?」
「ん、ああそうだな。フフ、異国のお手前たちには、馴染みのない連中だからな」
仲間の妖精のこととなると、セィルも嬉々として舌を熱くさせた。
「まず、デュラハンのファルミだ。彼女は我の魂の師匠である」
「師匠って。いったい何の?」
妙な言葉遣いや皿洗いの師匠ではないのは確かだ。
「『死を予言する』能力の師匠だ」
「そうか、バンシーと同じ能力だな」
「ファルミは道行く人の顔を見ると、表情からその人の習性や疲れ、持病を読み取り、死期を計算するのだ。そして、死が近づいた人の家に桶一杯の血を浴びせ、死を告げる役目をボランティアで行っている」
「迷惑すぎる」
「いや、葬式や遺産相続の準備がはかどるとわりと好評なのだ」
自慢げに故郷の仲間を紹介するセィルに、チョチョは踏み込んだ質問をする。
「好物が何か知っていますか?」
「ファルミは吸血鬼の如く、血が好きだ」
「なるほど。それじゃ、料理に血を混ぜてもらうよう、シャーロットさんに提案して来ますね」
ぽんと手を打ち、キッチンへ向かうチョチョの肩をカイトが素早く掴んだ。
「いや待て待て。いくら相手が人外だからって、おもてなしをするからって、血を混ぜるだなんてできるわけがない。ケチャップかトマトソースで妥協するんだ」
「じょ、冗談ですよ、カイトさん」
てへっと舌を出しおどけるが、視線は明後日の方向だ。図星だったらしい。
「次はケット・シーのオルサンについてだな。オルサンは見ての通り猫の妖精。そして、王でもあるのだ。火吐き猫や噛み付き猫を従えている」
「好物は?」
「鼠」とカイトの質問にセィルはちゅーちゅーと鳴き真似をしながら答えた。
「それじゃ――」
ぽんと手を打ったチョチョをカイトは止める。
「待て待て待て。まさか、鼠を料理にしようと思っていないだろうな?」
「まさか」
そう即答したものの、カイトから目を逸らし、顔中からは汗が滲んでいた。図星のようだった。
「おもてなしに一生懸命なのはわかるけどさ、〈アステリズム〉の評価を下げるような真似はしないでほしい。おまえだって、一流の仲居なんだろ?」
ほんの少し悄然としたあと、チョチョはセィルに質問を重ねた。
「では、セィルさん。他に好きなものが何か知っていますか?」
「オルサンは、吟遊詩人の歌が好きだ。オルサンの先祖は、かつて吟遊詩人に皮肉を言われ、返り討ちに遭ったそうだが、時代が変われば猫も変わるということだな」
「なるほど、歌ですか……わかりました。チョチョが一肌脱いで楽しませてあげるのです」
インのおもてなしのメインが料理だけではないことを、チョチョが実践するようだ。
「おれの部屋に爺さんの土産の三味線があるが、弾けるか?」
「弾けますけど、弾けませんよ」
「なんだその言い回し……」
声のトーンを下げ、おどろおどろしくチョチョが答える。
「三味線には猫の腹の皮が使われているのです。そんなのを猫の王の前で演奏してしまえば、八つ裂きにされてしまいます。カイトさんが」
「おれかよ」
「とにかく、陽気な空間を猫の王は嗜好するのだ。そうだな、アイルランドのパブの雰囲気を、この〈アステリズム〉で再現するのも得策であろう」
「アイルランドのパブ……か」
イギリスとアイルランド。距離こそ近いが、両者の酒場の文化はまるで違う。イギリスでは宿屋と統合されたインが主流だが、アイルランドでは雑貨屋を兼ねたパブが多い。そして、何よりアイルランドのパブは亭主が人懐っこく、エンターテイナーのように客に話しかけては盛り上げる性質を持っている。さらに、パブの中で店員はケルト音楽を奏で、ダンスを踊る。とても賑やかで華やかな空間なのだ。
「考えておこう。チョチョはジャグリングもできるし、何とかなるだろう……」
セィルは目を、アイラ島のスコッチを呷っている小人に向ける。
「さて、最後の一人、レプラホーンのコンだが……彼は何よりも金が好きなのだ」
「わかりました――」
「待てチョチョ。料理の中に金貨を入れるとか言い出すんじゃないだろうな?」
「ま、まだ何も言っていませんし……お金を入れるなんて不衛生すぎますよ。異物混入で大騒ぎで〈アステリズム〉は営業できなくなってしまいます」
あたふたしながら反論するチョチョ。もはや何も言うまい。
「金貨は駄目でも、代わりの物を使えばいいのです」
「その話なら、あたしに任せてちょうだい」
金の話を聞いて、キッチンからシャーロットが飛び出した。
「ピカデリー・サーカスの葉巻屋と靴屋の間で、金箔を扱っている店があるのを知っているわ。カイト、ちょっと一っ走りして買ってきてくれない?」
「亭主のおれを使い走りにするのか?」
「だって、他に手空いている人いないでしょ? チョチョもセィルも接客に忙しいんだし、あたしはもちろんここで火の管理が必要だし。というわけで、いってらっしゃい。あたしの自転車を貸してあげるから」
「わ、わかったよ! 行ってくる!」
半ば自棄気味に、それでも〈アステリズム〉のために、カイトは妖精たちのおもてなしに東奔西走するのであった。
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