妖精の就職活動

「そう! 我はこれでもケネディ家一の働き者! 食器はもちろん、外套も帷子もなんでも洗うの大好き! だから、雇ってください。じゃ、なかった。我が力をお手前たちに貸し与えようというのだ! はは、これ以上の逸材がこのロンドンにいるだろうか? いや、いない! いないと思うっ! いないといいなぁ……」


 だんだんと声から力が失われていくのをカイトは感じた。


「さっきから思っていたけど、強気なのか弱気なのかわからない子だな」


 そう小声で呟くと、シャーロットが耳打ちする。


「きっと幼さを誤魔化すために難しい言葉を使ったりしているのね。そこがかえって子供っぽいんだけど」

「うっ、妖精の言葉を愚弄するか? 幻想かつ神秘的では……にゃいかぁ……」


 セィルのつぶらな瞳も、なぜだか涙目になっていた。


「でも、本当にいいのか? そんな便利……そうな力を持っているバンシー様が、この〈アステリズム〉の従業員になって」


「フフ。自惚れるな。我はここに辿り着く前にも、ありとあらゆる料理店、パブを訪ねているのだぞ。皿洗いだけでもやらせてくださいと哀願するものの、どの店も我を扱いきれぬとわかれば他所をあたれと追い返したのだ! うう、泣けるよ……」

「……要するに、あなたも他の店での就職活動で連敗していたのね。ご愁傷様」


 シャーロットが同情するように頷く。


「だって、バンシーってわかったらみんなわたしを気味悪く見るんだもん……」


 ぼそりと呟いたあと、


「しかあし! この〈アステリズム〉は一味違う! 人種を問わないのであれば、採用するしかあるまい! やっ! ロンドン一のイン! 〈アステリズム〉!」


 無駄に煽てられ、カイトは眉間に皺を刻むとチョチョに小声で耳打ちした。


「どうする、チョチョ。おれは皿洗いが大好きな奇特なやつが来てくれて心の底から嬉しい。しかし、バンシーなんていわくつきの妖精を雇って呪われたり祟られたりしないだろうな。そうなったら、この店は本当に終わってしまうぞ」


 胸の中をざわざわと不安が蠢いた。バンシーだからという理由だけでない。妖精という存在そのものが持つ、災禍を招くというイメージが払拭できずにいたのだ。


「大丈夫ですよ。セイラさんはチョチョと似た存在ですから。カイトさんは、チョチョを信用できないのですか?」


 瞳を暗くして、カイトは金縛りの常習犯を見つめた。


「それに、セイラさんみたいな子を見捨てる真似はできないのです。ここで断ってしまえば、いよいよセイラさんは路頭に迷ってしまいます。困っている人を放っておくことは、仲居としての矜持が許さないのですよ」

「……そこまで言うなら……任せるぞ」


 カイトは不承不承了承。チョチョはさっぱりとした笑みをセィルに向けた。


「セイラさんには便利な力があるので、水道代も浮きます。一家に一台バンシーです」

「わたしを家具みたいに言わないでよぅ……」


 身を縮めて、セィルは上目遣いをチョチョに見せる。


「そのきゅうっとした仕草も和みますね」

「うう……はずかしい……」

「何より、セイラさんは人間じゃないので、給料もカットできます。人件費削減なのです」


「はいっ?」と素っ頓狂な声が〈アステリズム〉に響く。


「冗句な縁談、つまりは冗談なのです」


 天使の笑みの中に悪魔のような黒さを混ぜて、チョチョはセィルと握手した。


「よごじゃます! ともあれ、採用ですよ、セイラさん! 一緒に、この〈アステリズム〉を切り盛りするのです! ね、カイトさん! チャーリーさん!」


 真夏の太陽のような笑みを見せられ、カイトは瞼を揉んだ。


「……まずおまえは人の名前を覚えような?」

「わたしがここで働いてもいいの? や、やったぁ~。じゃ、なかった。フフ、煩慮の念が虚無に至ることは阻止された! 〈アステリズム〉の者どもよ。我が妖精の力を脳髄の奥にまで烙印の如く刻むが良い!」 


 涙目ながら満面の笑みを浮かべ、バンシーのセィルがスカラリーメイドとして〈アステリズム〉の一員となった瞬間だった。屋敷のメイドは、客たちに姿を見せずに妖精のように働くと言われているが、本物の妖精を雇うことになるとはカイトも想像外であった。


 かくして、〈アステリズム〉再興のために必要な人材がついに揃った。このままなら今日中にでも四人で営業できそうだ。カイトは期待と不安を混ぜながら、パートナーである座敷童子の言動に注意するのだった。

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