清潔は敬神に次ぐ美徳である
「では、早速ですが……この〈アステリズム〉を改革せねばなりません」
カイトを差し置いて異国の少女が当然のように仕切り始める。チョチョは足の草履を床に踏みつけ、軋ませる音を出しながら言う。
「まずはこの店内の掃除ですね。こんなに汚くてぼろくて不衛生では、ブリ虫や鼠しか来なくなりませんから」
「可愛い顔してけっこう毒舌だよな、おまえ」
「本当のことを言っているのですよ? 清潔を守らないお店は、すぐに潰れます。チョチョが勤めていた翠山荘は、毎日決まった時間になると必ず清掃をしていました。清掃のあとも、大きな埃を一つでも見かけたら、すぐに取り除くのです」
「清潔は敬神に次ぐ美徳……ね」とシャーロットが頷く。
目をきらきらと輝かせながら、仲居の座敷童子は熱弁を続ける。
「いいですか、皆さん。いい旅籠にするためにも、チョチョたちは連携しなければならないのです。拈華微笑、以心伝心つまり阿吽の呼吸!」
「言わんとすることはわかる。チームワーク、息を合わせろってことだな」
「その通りなのです。その第一歩として――この〈アステリズム〉の大掃除です!
皆さんで一丸となって、綺麗にするのです。シャーロットさんとセィルさんはこのタップルームの清掃の続きを。カイトさんは客室の清掃です。一丸となって、綺麗にしましょうっ」
着物の袖をめくり、気合十分にチョチョが叫んだ。
シャーロットとセィルを階下に残し、カイトは言われた通り客室の清掃にあたる。
〈アステリズム〉の客室は、二階の二〇一号室~ニ○四号室。そして、三階の三〇一号室と三〇ニ号室の計六部屋がある。カイトがその中の一部屋、二〇一号室に入ったときのことだった。
「……この部屋は寒そうですね」
と、付き添っていたチョチョが声を漏らした。顎に人差し指をあてながら、
「カーテンの色が暗いですね。ここは雰囲気を変えるべく、暖色系を取り入れるといいのですよ」
そう言うと、チョチョはカーテンを取り外そうとする。
「待てよ。これは爺さんの代からずっと続いている……そう、大事にしているカーテンなんだぞ。それを外そうってのか? おまえ、爺さんの決めたこともないがしろにするのか?」
「カイトさん、チョチョたちが目指しているのは、以前よりもすばらしい〈アステリズム〉なのです。旧態依然……昔のままでは、駄目なのですよ?」
チョチョはそう厳しく言い放つと、カーテンを剥がした。
「お、おい……本気なのか……」
さらに、チョチョはデスクの上の花瓶に目を移し、何やら驚愕した。
「そこの花瓶に挿している花。もしかして、マリーゴールドですか?」
「ああ、そうだが……そんなに驚くことか?」
黄色い花弁が綺麗な花は、チョチョの言う通りマリーゴールドだ。以前、客室のアクセントにならないかと思って呼子商人から買い取った花である。
「駄目ですよ、これはっ」
チョチョは素早く花瓶からマリーゴールドを抜き取った。
「花言葉は『別れの悲しみ』……この〈アステリズム〉には似合わない花です」
「花言葉だあ? そんなの気にするやつが来ると思っているのか?」
「なくはないのですよ? お客さんが不快な思いをしないように、取り除かなければ……」
「だからって……」カイトの目つきが鋭くなる。「なあ、チョチョ。おまえのやり方、少し徹底しすぎるというか、強引すぎないか?」
「よりよいお店にするためには、必要なのですっ」
カイトは奥歯を噛み締めながら、てきぱきと動くチョチョの姿を見つめていた。
〝――なんだよ。これじゃ、爺さんのやっていたことが否定されたみたいじゃないか〟
「チョチョは下の様子も見てきます。カイトさんは客室の清掃をよろしくお願いします」
「……ああ」
はっきりとしない声色で、カイトは答えた。
順調に〈アステリズム〉の営業を再開できるかに見えたが、ほんの少しずつカイトはチョチョに対して懐疑的になりつつあった。少女の姿をしているくせに、態度はでかく、口も少し厳しい。しかし、下手に接してしまってはあの妙な術――金縛りをかけられてしまうだろう。
後頭部を掻きむしると、脳裏に不吉な着想が訪れた。
「……もしかしてこの店。あいつに乗っ取られようとしているんじゃないだろうな」
ジョージの遺言通りにこの〈アステリズム〉を訪れた座敷童子チョチョ。しかし、それすらもチョチョがジョージを何らかの力で操って書かせたことだったとしたら? 相手は日本の精霊だ。可能性はある。考えれば考えるほど、胸の中がもやもやとわだかまってしまう。
「いや……穿ち過ぎか……」
カイトは首を振ると、その疑念を掃った。
「我が半身、【聖雑巾エクスワイプ】よ! その力を発揮し、穢れを拭き祓え! いくぞ、必殺スプラッシュ・ワイパー! くう~、綺麗になると魂が躍動するなぁ~。ふっふ~ん」
「精が出ていますね。妖精だけに」
雑巾に奇妙な名を付けて丁寧にタップルームのテーブルを清掃しているセィルの元に、チョチョが冗談交じりに現れた。
「ひィっ。チョチョ……いつの間に……いや、この奔流のセィルの背後を取るとは、さすがは日本の精霊である! 褒めてやるぞ!」
目元を潤ませたセィルはびくりと飛び上がり、一歩後退。
ぎしっと床の軋む音が二人の耳に入り込む。
「……そうです」
ぽんと手を叩くと、チョチョはセィルに耳打ちをした。
「セィルさん、あなたの力を借りて、やってほしいことがあるのです――」
【CM】
彼女は岩手のお隣秋田からやって来た!
その「力」で怠惰な天使を叩き直す!?
大天使サリエルちゃんは怠けたい
https://kakuyomu.jp/works/1177354054887966009
カクヨムコン短編参加作品、こちらもよろしくお願いします。
【次週予告】
ついに従業員が揃った〈アステリズム〉
待望の客を招き入れ、勢いに乗ろうとするのだが、
そこでもまた波瀾が待っているのだった。
次回更新日は1月21日(月)です。
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