浅瀬の洗濯女

「ひィっ!」


 少女は罠にかかった直後の野兎のように飛び跳ねた。


「こ、ここ、あ、あああ、あらい……」

「おいおい、驚き過ぎだろ。落ち着け」


 少女は息を整え、眉を凛々しく伸ばすと、


「フフ、このインがスカリヨンを募集しているのは、嘘偽りない事実だな?」


 芝居がかったように声を張り上げ、カイトへ訊き返してきた。


「お、おう?」と少女らしくない言動にカイトが肩をすくめると、問いが重ねられた。


「人種、宗教問わずというのは、本当に真なのだな?」

「くどい言い方だな……。この〈アステリズム〉は新装開店スタッフ絶賛募集中だ」

「よかったぁ~……じゃ、なかった」


 少女は「こほん」と息を吐き、大きく背伸びをすると、顔に手をあてた。


「フフ。我が現世に放たれた真名はセィル・ケネディ! バンシーのセィルだ! 

喜べ、一般庶民よ。この偉大なる妖精(モールシオグ)激流のセィルが、助力してやろうぞ!」


 呆気に取られたカイトの耳へ、ブルームズベリー教会の鐘が正午を告げた。



「この子が、洗い場の担当?」


 頭巾を被ったシャーロットが腕を組み、タップルームの席に着いた少女――セィルを見下ろしていた。現在、チョチョの立ち合いの元、面接を実施中なのだ。


「ええと、セイラさん」とチョチョがきょろきょろと店内を見回す少女に声をかけた。


「わ、わたしはセィルだよぉ! じゃ、ない。我はセィルである!」


 名前を呼ばれると、はっとしてセィルは首を振り、威勢よく叫ぶ。


「それは失礼しました。チョチョが読んでいた小説の主人公の名前に似ていたので……」


「本当に、洗い場の仕事を引き受けてくれるんだな。親にも話して来たのか?」

「もちろん! ちゃあんと話は通している! 遠く離れた神々の土地に住む、魔女ウィッチセアラ・ケネディが我の母であり父だ。我は……その、立派なバンシーとなるべく、修行の一環として、この大都会ルオンドォンに足を踏み入れたのである! 嗚呼ッ、まるで荒涼たる大地で花開くエニシダのような我……」


 セィルは突然立ち上がると、椅子に片足を乗せて、大仰なポーズで自己紹介。しかし、奇妙なワードを連発する少女だとカイトは首を傾げる。


「バンシーって何だ? 知っているか、シャーロット」

「さあ……そういう職業なのかしら……って、何あたしに昨日と同じこと言わせるのよ! 知っているから、知っているからっ!」


 気を取り直して、シャーロットは知識の泉からバンシーを汲み取った。


「バンシーっていうのは、アイルランドやスコットランドの妖精の名前よ。確か、家に住みついて泣き、そこの家人の死を予告するとか」


 座敷童子を答えられなかった昨晩の自分にリベンジするように、シャーロットはすらすらと話す。カイトは逆方向に首を傾げた。


「家に住みつく妖精? どっかで聞いたような話だな。なあ、チョチョ」

「じゃじゃじゃー? 本当ですね。すごい偶然ですね!」琴線に触れたらしく、チョチョはハイテンションではしゃぐ。「セイラさん、チョチョは座敷童子っていう精霊なんですよ」


 そう、座敷童子とバンシーの特徴が酷似していたのだ。

 同類との出会いに鼻息を荒くしてチョチョが迫るが――


「ザシキワラシ? それが我と同類だというのか?」


 冷たくあしらわれてしまった。セィルは鼻を鳴らし嘲笑する。


「フフ、このセィルも甘く見られたものだな。チョチョよ。お手前は我のような女神の寵愛に起因する『能力チカラ』を所持しているのか?」


 セィルはシャーロットの足下にあるバケツに向かって掌を向けると、


「うおおっ! 大女神モリガンよ、妖精の丘シーズよりこのセィル・ケネディに清らかなる流れを与えたまえ。たゆたい、きらめけ、全てを呑み込め! アウエイキング・ウェイブ!」


 目を見開き、呪文のようなものを呟くと、セィルの手が輝き――水が流れ始めた。


「すごいですよ、カイトさん!」


 チョチョもその光景に興奮し、席を立つ。


「おおげさな呪文を言ったかと思ったら、手から水がちょろちょろと流れたのですよ!」


 まったくもってその通りであった。セィルの手からは、蛇口を軽くひねったかのような水が生まれていたのだ。空だったバケツは、三十秒ほどで水が溢れそうになる。


「本当だな。ちょっと拍子抜けしたぞ」

「へえ、あなた、こんな魔法を使えるの? 水道を使わなくて便利ね」


「うう、もっと驚いてほしかったよぅ……」

 

 セィルは小声でそう言うと、


「フフ! 恐懼したか! 驚愕したか! これが天地に唯一のセィルが身に宿したる秘められし『能力』だっ! 我は水を励起し操る力を持っているのだ! 浅瀬の洗濯女である由縁であるぞ!」


「浅瀬の洗濯女……?」


 カイトとチョチョの声がユニゾンする。

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