恩師への贈り物

 クリスマス会がお開きとなり、妖精たち三人はようやく解放され、〈アステリズム〉の客室でぐったりと寝込むこととなった。 

 静まり返ったタップルームで、大きなクリスマスツリーを眺めながら、カイトはまたコーヒーを淹れていた。湯気を立てているコップを、カイトは向かいの席の少女に渡す。


「やれやれ。この前の降霊会に続いて騒々しい年の暮れになってしまったな」

「ですね」


 ふうふうと息を吐いて冷ましながら、チョチョが答えた。

 外では淡いガス灯の光を浴び、雪が降り積もっていた。窓の傍では、疲れからか突っ伏してすやすやと眠っている妖精の姿。カイトはそっと、眠っているセィルに毛布をかけた。今晩はこのまま、〈アステリズム〉で過ごしてもらおう、と。


「妖精たちにも色々いる。そして、やはり人間のように色んな心がある。『人は微笑み、微笑み、悪党足りうる』だな」


 教訓と共に、カイトは熱いコーヒーを胃に流し込んだ。


「彼らも、変われるだろうか」

「変われますよ、チョチョのように……」

「おまえのように……?」


「想像できますか?」


 チョチョはそう前置きしてから述懐する。


「チョチョは仲居になる前は……それはそれは悪戯好きなやんちゃな子だったのです」


「……しょっちゅう金縛りにしているじゃないか……」


 カイトの呟きを一顧だにせずチョチョは続ける。


「チョチョは遠野で有名な悪ガキだったのです。人の家に忍び込んでは、寝ている人に跨ったり、枕を遠くに投げたり、炬燵の上のみかんを勝手に食べたり……」


 地味だな、と言いたかったがカイトはこらえた。


「そして、高揚したチョチョは、もっと人が多くいる場所――旅館に忍び込んで悪戯しようとしたのです。結果、女将さんに捕まって、こっぴどく叱られたのです」

「そりゃあ、そうだろうな」

「それが転機でした。そんな悪ガキだったチョチョを、女将さんは仲居として雇い、育てあげるようにしたのです。その悪戯……人を驚かせる力を、有効に使うべきだと言ってくれたのです。つまりは、相手に心を尽くす『おもてなし』……」


 それが、チョチョが今の姿となったあらましだった。カイトは静かに息を抜く。


「悪戯っ子がおもてなしの伝道師か。悪くない話だよ」


 コーヒーを最後まで飲み干し、ことっと音を立ててカップを置く。


「おれも、変わったかな」

「ええ、最初こそはサラダのように青く、怠け者のようなカイトさんでしたが、最近は一生懸命働いているのです。感激なのです」

「チョチョたちのおかげだ。おれも、おせっかいの道化にクラスチェンジしたからな」


 カイトがカウンターから、箱を取り出し感慨深く見つめる。


「それは?」とチョチョに訊かれ、カイトは微笑んだ。


「開けてみてのお楽しみ。ビックリ箱だ」




 そして日が明け、クリスマスの翌日――つまりはボクシングデーが訪れた。


「セィル、おまえに渡したい物がある」


 カイトは用意していた箱をセィルに見せた。


「フフ、カイト亭主はまだ我を無垢なる子供扱いするか。我は数々の試練を乗り越え、さらなる高みへと行かんとする――」

「いいから開けてみろ」


 セィルの胸に箱を押し付け、カイトは急かす。


「致し方ない。それが主の命令とあらば、我は全力で従うまでだ!」


 口ではそう言うものの、セィルはうきうきとした表情でリボンを解き、包みをがむしゃらに破き、勢いよく箱を開けた。まさに無垢なる子供だった。


「え……これは……」


 中身を見てセィルの目が丸くなる。どくんとその心臓が跳ねるのを、カイトは幻聴した。


 箱の中から顔を出したのは、一枚の皿だった。

 力強く空を舞う龍の瞳が、光を浴びて煌めく。

 セィルが欲しがっていた片岡骨董店の皿だ。


「え、どうして、カイト亭主……」


 きょとんとして、素の口調のセィルがカイトに尋ねた。


「ま、なんだ。ボーナスってとこだ。セィルはとてもがんばってくれているからな。その、試練を乗り越えた報酬だ」

「ははっ。我が魂が悦楽の園へと誘われてしまった……。こんなに嬉しいことはない。心と魂の底から感謝するぞ……カイト亭主……」


 セィルは感激で目を潤ませる。カイトはそっとプラチナブロンドの髪を愛おしげに撫でた。本当に大泣きされると、カイトも身がもたないからだ。




「世話になった、カイト亭主。これからは、俺も金は大事にする。それ以上に、セィルとの絆も……。では、これは大事に預かり、必ずセアラ様に届けよう」



 その後、皿は今一度信頼された妖精たちに預けられ、大魔女セアラの元へと無事届けられたという。


「よかったぁ、おばあちゃん……じゃ、なかった。セアラ様も歓喜しているようだ」

 

 後日、恩師から感謝の手紙が届き、セィルは天に昇るような表情を浮かべていた。


「ふっ。今の我の力は無限! 遥か彼方……隣の島だけど……から悠久の神々と魔女の愛の力が宿り、皿を何百枚でも洗えそうだ! この急流のセィルが、燦然たる陽光のように眩い活躍をしてみせるぞー」


 セィル自身も活力が漲り、年末戦線を乗り切るべく、張り切って仕事に臨む。


「命ずるがいい、幾星霜に渡り我と契約を結びし若き亭主よ。我の使命は何だ?」

「うん、じゃあ掃除を頼む」

「承知!」


 見た目に似合わない妖艶な笑顔を張り付けて、セィルは命じられた掃除をそつなくこなし始める。


「カイトさん、よくあの皿を買えましたね。確か十ポンドもしたのですよ」

「おれは買ったとは一言も言ってないぞ、チョチョ」


 種明かしをするマジシャンのようにカイトが言うと、チョチョは「え?」と口をあんぐりと開けた。


「あのカタオカを脅して譲ってもらった」

「脅す……?」

「コンに壺を売ったのは、あのカタオカだった。英語が達者な兄ちゃん、そして日本の壺を売るって言ってピンと来たよ」


 何より、カイトが片岡骨董店を踏み入れた日に、本人が「壺が売れた」と自白していた。


「あの皿は本物でしたが……骨董品の中には偽物も混ぜて売っていたんですね……」

「それが詐欺師の常套手段らしい。詐欺を働いていたことを問い詰めてやったら、あのキザ日本人は面白いように憔悴していたぜ」


 カイトは愉快そうに、「交渉」時のカタオカの様子をチョチョに告げた。


 マサ・カタオカこと片岡政行は、警視庁からもマークされた銀流しの悪漢であった。詐欺、スリ、賭博、淫行の常習犯であり、様々な謀計を張り巡らしては、尻が割れそうになるとパリへの逃亡を繰り返していたという。片岡はこの後、日本で捕縛され実刑判決を受けるのだが、これもまた別の話。

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