妖精たちのクリスマス
「なにか、後ろめたい視線を感じるのです」
「うっ……それは……」
「コン。お前、私たちにも隠していることがあるのか?」
「ひっ……」
ファルミが首を落としそうになりながら、コンに迫る。すると、コンは小さな体で荷物を覆い隠そうとしていた。不審に思ったオルサンが、素早い猫の挙動で荷物を取り上げた。
「おい、コン。これはいったい何だ?」
オルサンがそのまま布を解く。すると中から出て来たのは、壺だった。暖炉の光とランプを浴びて、麦畑のように煌めく綺麗な業物だ。カイトが眉をぴくぴくと動かしながら、突き刺さるような疑惑の目でコンに迫る。
「この壺、ロンドンで買ったのか?」
観念したように、コンがぼそぼそと話し始める。
「あ、ああそうだ。日本製の、『金が大量に貯まる壺』だそうだ……。へへ、だってよ、すごいんだぜ。これにはツクモガミっていう福の神が憑いていてな、お金がどんどん自然に貯まっていくっていう、まるでダーナの神器のようなありがたい壺なんだ。って英語の達者な兄ちゃんが言っていたから欲しくなって買ったんだ……」
「……へえ、そりゃすごいマジックアイテムだ」思わずカイトは一笑に付した。
「まるで金に目がないレプラホーンを一本釣りするような……。どう思う、チョチョ?」
「……どう思うも何も、どう見てもこれは……」
ためつすがめつ壺とにらめっこをしていたチョチョは残念そうに溜息を散布させると、重々しく言った。
「偽物です」
「え……」とコンがあんぐりと口を開ける。
「書かれている作者の名前は聞いたことのない名前ですし……。付喪神が憑く? 付喪神は長年愛着を受けた器物が精霊化したものですよ? しかし、これは明明白白に最近焼いた作品なのです。そもそも本当にそんな力があるのなら、売る必要がないのです。ずっと持っていれば億万長者なのですから」
「確かに」とカイトが頷くと、コンが汗を滝のように流し始めた。
「で、いくらだったんだ、この壺は」
「七ポンドだ……」
「そりゃあ、大金だな」
カイトは大きく息を吐き、呆れた。
「まさか、これを買ったのに、財布を失くしたなんて嘘を言っていたのか?」
セィルがむっとして顔を寄せると、コンは卒倒しそうなほど顔色を悪くする。上昇するボルテージと共に、セィルの顔がみるみるうちに紅潮していき、
「このおおおおおお! わたしの金を返せえええええええええ!」
優しかった口調はどこへやら。これにはセィルもおかんむりとなってしまった。プラチナブロンドの髪を鬼気で揺らしながら、柳眉を逆立て鬼婆のように目を歪ませる。
「す、すまなかった。本当に悪かった。許してくれ……なんでもするから……」
「なんでも? そうだ、カイト亭主よ。我に深淵より導かれし妙案があるのだ」
ぽんと手を叩くと、セィルは悪名高い独裁王のような笑みを浮かべる。
「この三人に、今度のクリスマス会を手伝ってもらうのはどうだ?」
「なるほど。子供たちもこの仮装のような三人を見たら喜ぶだろうな。タダでサーカスや奇術を見られるようなものなんだから」
適材適所だなとカイトはセィルの提案を採用する。
「わ、わかったよ。やってやるよ!」とコンたちも大きく返事。
「では、クリスマス会のセッティングも変更しなければなりませんね。ふふ、また忙しくなるのです!」
チョチョは急遽動員された妖精たちを眺めると、その場でウサギのように跳ねた。
日が巡り、クリスマスが訪れた。
この日の〈アステリズム〉の通常業務は休業。子供たちへのクリスマス会に全力を注ぐ。
タップルームの丸テーブルの上には、大きなモミの木が置かれ、オーナメントやビーズなどで煌びやかな装飾が施されている。テーブルの上にはキャンドルがいくつも設置され、ゆらゆらと炎を揺らめかせていた。
「メリークリスマス!」
そして、〈アステリズム〉にサンタクロースが現れた。
サンタクロースといえば、赤い服に身を包み、真っ白な袋を抱えた姿が有名だが、元は小人である。そして、イギリスでは服の色は赤ではなく緑なのが一般的であった。
「あはは、本当にサンタさんだ!」
子供よりも小さな背丈の人物がサンタクロースに扮していた。緑の服を着こなした彼は誰よりもサンタクロース役に適した存在。コンは子供たちの眼差しを受けながら、照れ臭そうに微笑んでいた。背負った袋からクリスマスカードやリワードブックを取り出しては、子供たちに配り始める。
「はは、本当に似合っているじゃないか」
本来サンタクロース役を引き受けるはずだった〈アステリズム〉の亭主も、コンの働きぶりに心の中から拍手をしていた。
そのカイトの傍には、忙しく歩く少女の姿があった。
「これが本場のクリスマス! 氏神祭と雛祭と福引が一度にやって来たような感じです」
「何を言っているのかわからんが、それだけお祭ってことなんだよな?」
チョチョは七面鳥のローストをまめまめしく給仕。異国の行事に夢中になっているようだった。そこへ、キッチンから大声が飛んでくる。
「カイト! ぼさっとしてないで。どんどん鳥を焼いているんだから!」
「そうだ、おれも浮かれている場合じゃない」
腰のエプロンの紐をきつく結び、カイトも給仕の手伝いを始めた。子供たちは食欲旺盛。ローストもプディングもあっという間になくなってしまう。
クリスマス会の盛り上がりはクライマックスに達しようとしている。
ファルミは奇術師のように、首を取り外していた。これが子供たちには大いに受け、デュラハンは驚嘆の声を浴びていた。
オルサンも軽い身のこなしで、サーカスのライオンのような芸を披露した。
彼らの活躍を、セィルはそっとキッチンから覗く。
「これもまた、『おもてなし』なのだな」
そう呟くと、ふふっと頬を緩め、大好きな皿洗いに戻るのだった。
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