第15話 卑怯

「お前は何を言っておるのじゃ! 孫がすみません……」


 村長が出てきて、青年をしかりつけている。

 どうやら彼は村長の孫のようだ。

 自警団の団長だと言っていたし、この村の未来を担う者だろう。

 本人もその自覚があるからか、自尊心が強いだけなのかは分からないが、叱られても私と勝負したい気持ちは変わらない様子だ。


「いいわよ。それで納得するなら。私が勝ったら武器も提供しないし、私たちは予定通り出かけるわ。あなたが勝ったら、無償で高ランクの武器を提供する。ただし、提供した武器によって起こったトラブルに関して、私たちは一切責任を取らない。シャールカもそれでいい?」

「……私は反対です。マリアベルさんは、フォレストコングを単独で何度も倒すような猛者です。彼は将来有望な若者ですが、普通に勝負をして勝つことは難しいでしょう」

「えっ! フォレストコングを一人で……? 本当に?」

「……久しぶりに聞いたわね。そのセリフ」


 青年は私を見て目を見開いている。

 私のことをか弱い乙女だと思っていたの?

 まあ仕方ないわよね、私ってファビュラスなハーフエルフだもの!


「俺、フォレストコングには一度だけ遭遇したことがあります。でも、逃げるだけで精一杯でした。あんな化け物を一人で倒せるなんてすごいです!」


 私に対して苛立ちを見せていた青年だったが、今はキラキラした目を向けてくる。

 睨まれるよりはいいけれど、これはこれで何だか嫌だな。


「その話はいいから。勝負についてだけど、こうするのはどう?」


 私は民家に立て掛けてあった使い古されたほうきを拝借した。


「村長さん。これ、壊れてもいい? 弁償するので」

「それはどこにでもあるほうきですから、構いませんが……」

「では、私はこれを武器にします。このほうきが壊れたり、私がこのほうきから手を放してしまったらあなたの勝ちでいいわ。もちろん、あなたは好きな武器を使ってくれて結構。私の勝利条件は、あなたが降参したら」

「え? それでいいんですか?」


 木のほうきはぼろぼろで、まともに攻撃を受けたらすぐに壊れてしまうだろう。

 もちろん、武器として使うことなんてできない。

 むしろ大きな弱点を作ったようなものだ。

 でも、これくらいのハンデがないと、勝負はなりたたない。


「マリアベルさんは魔法も使わないでください。それならいいでしょう」

「分かったわ」


 青年からではなく、シャールカから注文が入った。

 構わないけれど、そんなに私を負けにしたいか。


「当人である君からも要望はないの?」

「俺は……ありません。もう十分です」

「じゃあ、やりましょうか」

「はい!」

「……マリアさん」


 広さを確保するため、少し移動しているとリヒト君は話しかけてきた。

 口を挟まず見守ってくれていたが、心配そうな顔をしている。


「リヒト君、ごめんね。ちょっと待っていてね!」


 私が負ける心配はしていないと思うが、この展開でよかったのかと考えているのかもしれない。


 本当はこんなつまらない勝負なんてしたくないが、結果によってシャールカが引き下がってくれるならやる価値がある。


「マリアベルさん……で、いいんですよね? オレはテッドといいます。よろしくお願いします!」


 律儀に名乗って挨拶をしてくるなんて、思っていたよりいい子のようだ。

 村長の話し方も丁寧だし、図々しいのはシャールカだけってことかしら。

 テッドに軽く微笑んで挨拶を返し、私は勝負を始める体制に入った。


「じゃあ、リヒト君。スタートの掛け声をお願い」


 テッドが私に剣を向けて構えた。

 使いやすそうな両手剣で、今の彼に適しているものだと思う。

 それがあれば、高ランク武器なんていらないでしょう。

 無用の長物となりそうな武器を賭けての勝負だなんて、本当に不毛だと改めて思った。

 ここまで来たらやるけどね!


「では、二人とも、怪我がないようにしてくださいね。…………始め!」

「うおおおおっ!」


 リヒト君の掛け声の直後、テッドは私に向かってまっすぐ突っ込んで来た。

 身体が大きいし、攻撃も大きい。

 彼の攻撃に掠りでもしたら、ほうきは壊れてしまうだろう。

 動きづらいが、ほうきを庇いながら回避する。


「クソッ! ちょこまかと! 逃げるな!」

「逃げているわけじゃないけどね?」

「!!」


 戦闘が始まると気性が荒くなったテッドに「逃げ」と言われたので、上に飛んで攻撃を回避したあと、飛び蹴りを食らわした。

 身体という的が大きくて良い。


「ぐっ……!」

「お?」


 後ろに吹っ飛ばすつもりで蹴ったのだが、テッドは足を踏ん張り、少し後ずさった程度で耐えた。偉い!

 今後ちゃんと鍛えれば、いつか騎士に勝つことができるようになるかもしれない。


 ……今はまだ無理だけどね!


 足を踏ん張ったままのテッドを、横から蹴り飛ばした。

 すると今度は、テッドの大きな体が派手な音を立てて地面に落ちた。


「ううっ……」

「あら。もう終わり?」


 倒れているテッドにそう呼びかける。

 すると、テッドはゆっくりと体を起こしながらこちらを見た。


「……まだだ。これでも食らえ!」

「!」


 叫ぶと同時に、テッドは握りしめていた砂を私の顔に投げつけて来た。


「卑怯な!」

「マリアさん!」


 私たちの戦いを見ていた外野の誰かがそう叫んだ。村長だろうか。

 リヒト君の焦っている声も聞こえた。


「戦いに油断は禁物だ! 卑怯もクソもない!」

「確かにそうね。でも最悪」

「!」


 テッドは私の視界を奪ったつもりだったようだが、あいにく私は大丈夫だ。

 立ち上がった勢いのままに斬りかかってきたテッドを難なくかわした。

 そのついでに顔にかかった砂を手で払っておく。

 まったく、勝負といえど、女性の顔に砂をかけるなんて信じられない。


「そんな……」


 かわされると思っていなかったのか、テッドは呆然としていた。


「あれ? 砂遊びはもういいのかしら?」

「どうして! 砂がまともに顔を直撃したのに!」

「単純に目をつぶっていただけよ? あなたが倒れたときに、砂を握っていたのが見えたから」


 本当なら魔法で対処したかったが、使わない約束なので、手っ取り早くて原始的な手段をとった。


「で、でも、目をつぶっていたなら、どうして俺の一撃を避けることができたんだ!」

「あなたの攻撃は単純だし、気配もはっきりしている。目をつぶっていても分かるから回避できるわよ」

「!」


 私の言葉を聞いて、テッドは愕然としている。

 やっと実力差がはっきりと分かったのだろう。


「クソッ……クソオオオオッ!!!!」


 悔しそうに顔を歪ませたテッドが、捨て身の投げやりな攻撃を仕掛けてきた。


 もう転ばせて終わりにしよう、そう思ったその瞬間――私の足元で魔法の気配がした。……しまった!


「足が動かない!」


 魔法によって片足が地面に固定された私は、体勢を崩してしまった。


「!? チャンスだ!」


 それに気づいたテッドが、私が持っているほうきに思い切り剣を振り下ろした。

 次の瞬間……。

 真っ二つに裂かれ、ボロボロに壊れてしまったほうきが地面に転がっていた。


「やった……勝ったぞ、俺の勝ちだ!!!!」

「すごいぞ、デッド!」

「よくやった!」


 一瞬の静弱のあと、見守っていた村人たちからは歓声が上がった。

 テッドも村人も、おそらく魔法には気づいていない。

 ほうきが落ちたのだから、勝負はついたと思っただろう。

 でも、今の魔法干渉は明らかに不正だ。


 シャールカめ……そこまでして、自分の思い通りにしたいの!!!?


「シャールカ!!」


 怒りを我慢できない私は、鼻息荒くシャールカに詰め寄った。

 歓声を上げていた村人たちは、私の剣幕を見て何事かと静まった。

 その中でシャールカは……。


「約束通り、武器を無償で提供してくださいね」


 今度も悪びれることなく、笑顔でそう言い放った。


「あなたね……!」


 怒りがMAXになった私が怒鳴ろうとした、その時――。


「!?」


 周囲の空気が突然冷たく、そして息苦しいほどに重くなった。

 背筋が凍りそうな、この得体のしれない恐ろしい気配は…………精霊?


「……シャールカさん」

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