第30話 リヒト君を返して
「リヒト君! しっかりして! ねえ、リヒト君っ!」
私はリヒト君の攻撃をかわすことしかできない。
意識をなくすことは出来ないか、魔法やアイテムでどうにかならないか試してみるが、うまくいかない。
『状態変化無効』効果のある装備をつけているのだから当然か……。
ならば精霊! と思い、「リヒト君を眠らせて!」と頼んだが何も起こらない。
無視しないでよ!
本当にリヒト君のいうことしか聞かないのね!
もしくは、精霊にとって「リヒト君を眠らせる」ということは、リヒト君に危害を加えるという認識だから聞いてくれないのかもしれない。
リヒト君を救うためだと私が説明しても、聞き入れてくれるかどうか……。
というか、そんなことをしている余裕はない!
「おい、しっかりしろよ!」
悩む私を追い抜き、ルイがリヒト君に斬りかかっていった。
「ルイ! 何をしているの!」
リヒト君のことはもちろん心配だが、強くなったリヒト君にルイがコテンパンにされるかもしれない。
「無茶しないで! 今のリヒト君はあなたより何倍も強いのよ!」
「…………っ! グサリとくることを言うな!」
ルイは勇ましく斬り込んでいくが、すべてリヒト君に受け止められている。
すると、ルイは何を思ったのか、リヒト君に向かって叫び始めた。
「いいかげんにしないと、お前のお姉さんはオレが貰うぞ!」
「え、嫌!」
「そっちで即答すんな! 分かっているけど、こいつが反応するかもしれないだろ!」
なるほど、そういうことだったのね!
条件反射だから許して。
「ちょ……こ、こいつ……更に強くなった気がっ! くっ!!!!」
リヒト君の動くスピードや攻撃力が上がった。
もしかして、ルイの言葉に反応しているのかな。だったら私も……!
「リヒト君! お姉さん、もうルイと……ルイと旅に……た、びに……! わああん、嘘でも言えないよ~!」
「今は言えよ! ぐああっ!」
「ルイ! …………!?」
リヒト君の剣技に押し負けたルイが後方に吹っ飛んだ。
駆け寄ろうとしたが、飛んできた矢が私の進路を塞いだ。
「ダグ!」
矢が飛んできた方向を見ると、カトレアが操っているガラの悪い冒険者たちを従え、偉そうに立っているダグがいた。
「ギルドのサブマスターだったのに、山賊のお頭みたいになっちゃって……」
「誰のせいだと思っている!」
「自業自得でしょう」
「お前のせいだっ! お前は俺が始末してやる!」
セリフまで山賊だよ。それに似たようなセリフを何度も言われている気がする。飽きました。
サブマスターから無職……からの山賊にジョブチェンジだなんて、絵に描いたような落ちぶれようだ。
今はダグの相手なんてしていられないから、大人しく転職活動でもしていてよ!
「理人! しっかりしなさい!」
私がダグに絡まれているうちに、大神官様とゲルルフがルイに加勢してくれた。
ゲルルフがルイを介抱し、大神官様がリヒト君と対峙しているが……。
「ぐっ……!」
「大神官様!」
大神官様は武器も魔法も使わず、リヒト君を止めようと飛びかかった。
だが、振り払うように投げ飛ばされてしまった。
ゲルルフがすぐにフォローしようとしたが、大神官様はそれを止め、私の方に叫んだ。
「大丈夫です! マリアベル様はまず、そちらを片づけてください!」
確かに邪魔なダグは先に処理しておいた方がいい。
それから私も大神官様に加勢しよう。
リヒト君のターゲットも大神官様に移ったようだし、今のうちに山賊退治だ。
ダグに向けてニコリと微笑む。
「…………っ! そうやって笑っていられるのも今のうちだ! かかれ!」
大勢いても、リヒト君のように強くもなければ状態変化無効もない。
ということで、魔法で一発!
眠りの魔法を放つと、こちらに向かって駆けてきていた連中がバタリバタリと倒れていった。
「くっ! 卑怯だぞ!」
「?」
何が卑怯なのかさっぱり分からない。
もう、本当に構っていられないから終わらせるね。
「あれだけビンタしたのに、まだ懲りていないようね」
「ひっ」
何かを察知したダグが両頬を抑えた。
大丈夫、ビンタはもうしません。
ダグに触りたくないし、気絶させて黙らせようと思ったのだが……。
「カ、カトレア様! こちらに勇者を使ってください!」
「!」
ダグの言葉に私は固まった。
「勇者を……使う?」
怒りでワナワナと震え出す。絶対に許せない!
「リヒト君は道具じゃないわ!」
一気に距離を詰めて胸倉を掴むと、ダグの頬を力の限りに張り飛ばす!
「ぐふぉおおおおっ!!!!」
私のビンタの勢いで、ダグの体が回転しながら吹っ飛んだ。
前回は往復ビンタだったが、今回は一回で前回以上のダメージを与えてやった。
リヒト君を道具扱いするなんて、万死に値する!
吹っ飛んだダグは、気を失ったようだがピクピク動いている。
生きているから問題なし!
しばらく寝ていなさい!
邪魔者を片づけたので、リヒト君の状況を確認する。
大神官様はカトレアによる支配を解こうと動いているようだが、リヒト君の攻撃をかわすのが精一杯で何も出来ずにいる様子だ。
「大神官様、怪我してるじゃない……」
大神官様は自らの身よりもリヒト君の安全を優先し、リヒト君に怪我をさせないように徹底しているのが分かる。
リヒト君は世界にとって重要な『勇者』ではあるが、こんなに身を削って守ることは、中々できることではない。
よくできた人だ……と思うと同時に、少し疑問が湧いた。
大神官様にとって、リヒト君は『勇者』というだけなのだろうか。
とにかく、今はそんなことを考えている暇はない。
ゲルルフと回復したルイはカトレアを捕らえようとしているようだが、リヒト君がカトレアを守るため、上手くいっていないようだ。
これはもう、「リヒト君に怪我をさせてしまっても止める」と、腹を括るしかない。
このまま膠着状態が続いても、リヒト君の負担が増えるだけだ。
「リヒト君!」
私はリヒト君と対峙している大神官様の前に出た。
「私がリヒト君を抑えるわ! 大神官様はカトレアの支配を解くことができるのよね!?」
「ええ! ただ、少々時間がかかります!」
「任せて!」
私が頷くと、大神官様は魔法の準備の取りかかった。
連携を取り協力を始めた私たちを見てカトレアが焦り出す。
「させないわ! 勇者様は私のものよ!」
「だから! リヒト君は『もの』じゃないわ!!!!」
カトレアの言葉に思わず言い返したが、あちらはゲルラフとルイに任せるしかない。
カトレアをぶっ飛ばしたいのにリヒト君と戦わなければいけないなんてつらすぎるよ……!
「リヒト君、ごめんね! お姉さんを許して! すぐに助けるからね!」
私もリヒト君をなるべく傷つけないよう、剣を持たず戦う。
「うぅ……リヒト君……お姉さんがリヒト君のそばにいなかったからこんなことに……ごめんね……」
「…………」
カトレアの言いなりになって戦うリヒトくんの暗い目を見るだけで、また涙が込み上げてくる。
でも、泣いている暇はない。
リヒト君の手から武器を奪ってしまおう。
武器がなければ、誰かを傷つけてしまう確率は下がるし、私も色々と対処しやすくなる。
勇者を目指しているリヒト君から大精霊の武器を奪うなんて、本当はしたくないけれど……。
でも、今は持たせておくわけにはいかない。
「ごめん!」
「!」
タイミングを見計らい、リヒト君の手から剣を叩き落とす。
そして、ほんの少し驚いて隙ができたリヒト君を思い切り抱きしめた。
「リヒト君! お願い、戻って……もうリヒト君と戦いたくないよ!」
リヒト君は私の腕から逃れようと暴れるが…………絶対に離さない!
「くっ……!」
さすが影竜を一人で倒したリヒト君。
長くはこうして捕まえていられないだろう。
「リヒト君! 私たちは一番大切な仲間でしょう!?」
「…………っ」
「……リヒト君?」
今少し反応した気がした。
リヒト君が正気を取り戻そうとしている!?
「マリアベル様、お待たせしました! そのまま理人を拘束していてください!」
「大神官様! 分かったわ!」
「やめなさい!!!!」
こちらの様子に気づいたカトレアが叫ぶと同時に、大神官様が光の魔法を放った。
白い光がリヒト君を包む。
「……うっ」
眩しい光りの中、リヒト君はつらそうに顔を歪めている。
動きを封じるために捕まえていたが、リヒト君の苦しみが少しでも和らぐように、優しく抱きしめ直す。
すると、リヒト君の体から黒い霧のようなものが出てきた。
それはすぐに消えてしまったが、かすかに闇の精霊の気配がしたような気がした。
「…………お姉さん?」
腕の中から聞こえた小さな声にハッとした。
「リヒト君? リヒト君!? 気がついた!?」
慌ててリヒト君の顔を覗き込むと、リヒト君は弱々しく微笑んだ。
目にも光りが戻っている。
ああ……よかった……よかった……!!!!
安心すると、我慢していた涙がぼたぼたとこぼれ落ちた。
「お姉さん……! ごめんなさい……泣かせてごめんなさい!」
「いいの! いいのよ!」
「……よかった」
リヒト君の後ろで、全身の力を抜いてホッとしている大神官様が見えた。
私達の様子を、とても優しい目で見ている。
リヒト君に大神官様のおかげだと伝えようとしたその時、安心ムードをぶち壊す最悪な声がきこえた。
「へへっ! これさえあれば俺が勇者だ!!!!」
「ダグ……」
あなたは嫌われ者の害虫、Gの生まれ変わりですか?
ダグはリヒト君が落とした大精霊の武器を手にして笑っていた。
何をしているの……それはあなたが触っていいものじゃない。
「それをわたくしに寄越しなさい!」
ダグの手から大精霊の武器がなくなったかと思うと、次はカトレアが持っていた。
カトレアは大精霊の武器を両手で掲げ、うっとりと見惚れている。
光に傾倒するその目は常軌を逸しているように見えた。なんだか怖い。
「何をする! 寄越せクソ女!」
今度はダグがカトレアから大精霊の武器を奪う。だが、カトレアもすぐに奪い返す。
「汚い手でそれに触らないで!」
「なんだと!?」
「きゃあ! 小者のくせに、聖女になるわたくしを殴ったわね!」
「何が聖女だ! お前みたいな腹の黒い聖女がいてたまるか!」
う、うわあ……。
ダグとカトレアが醜く大精霊の武器を奪い合っている。
本当に醜い、醜いとしか言いようがない。
見ている私たちはどん引きだ。
心底関わりたくないが、いつまでもこの二人に大精霊の武器を渡しておくわけにはいかない。
取り返そうとした、その時――。
大精霊の武器が強い光を放ち、輝き出した。
そして奪い合う二人から離れ、空中に浮かびあがっていく。
カトレアが手を伸ばしたが、それを拒むように輝きが増したかと思うと、その場の空気ががらりと変わった。
空気だけではなく、景色もがらりと変わり……。
気づけば私たちは何もない真っ白な空間にいた。
「な、何!?」
「何が起こったんだ!?」
ダグとカトレアは周囲を見回し、パニックになっている。
でも、私にはもっと気になることがあった。
「ねえ、リヒト君……な、なんだか凄い気配がしない?」
「はい……」
それをどう説明したらいいのか分からない。
近くに「いる」と分かるだけで震えてしまう。
なんだろう……透明でとても綺麗な感じがするのに……『怖い』。
息苦しいほど空気もピリピリしているのに、ダグとカトレアはよく騒げるな……と思っていたら、二人の近くに白い人影が現れた。
白い髪、白い服のその人は――。
説明されなくてもすぐに分かる。大神官様とゲルルフはすぐに跪いた。
「光の大精霊様……」
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