第29話 カトレア
「大神官様、大丈夫ですか?」
「どうかしましたか?」
「どうかって……目が蛇口状態ですが……」
涙が滝のよう、というのはこういうことか、と思うような見事な泣きっぷりだ。
漫画みたいです。
ここが日本だったら、スマートフォンのレンズを向ける人達で囲まれていただろう。
『#大神官 #号泣』と付けられてSNSに投稿されていそうだ。
「気のせいですよ」
「気のせい……ですかね」
気のせいではないことは確かだが、ツッコまないことにした。
藪から蛇が出てきそうだし、私はリヒト君のこと以外には首を突っ込まない主義だ。
「リヒト君? あれは……」
リヒト君の手には強い光を放つ剣があった。
光で細部は見えない。
輪郭でそれが剣であると認識することは出来るが……。
「大精霊の武器ですね」
「あれが!? よく見えないけれど剣ですよね?」
「剣であることを理……勇者様が望んだのでしょう。大精霊の武器は選んだ者によって形を変えます。ですが、まだ名は与えられていないようですね」
「名前、ですか」
ゲームの知識にないことを補足してくれる大神官様がいると助かる。
それにしても……。
横に立つ大神官様の顔をちらりと盗み見る。
いつの間にか泣き止んでいるけれど、泣いていた気配が全く感じられない。
普通あれだけ泣いていたら、目は腫れて鼻は赤くなって、顔がぐちゃぐちゃになるはずだ。
どういう特技? 美人補正?
おっと、余計なことに意識がいってしまったが、今は大精霊の武器についての話だ。
「大精霊の武器は選んだ者に名付けられることで定まり、本来の力を発揮出来るようになるのです」
「なるほど。大精霊の武器の名称は知られてないだけで、あるものだと思っていたわ。光の大精霊の武器だと、ホーリージャスティスとかライトグラディウスみたいな感じの名前が」
「…………ふ」
大神官様?
今、私の並べた厨二っぽい名称を聞いて失笑しましたね?
だって! 大精霊の武器なのだから仰々しい名前がついていそうじゃない!
抗議として真顔で見つめ、無言の圧力を与える。
私、メデューサじゃないけど石に出来ないかな。
「と、とにかく、大精霊の武器はまだ本来の力を出せる状態ではないようです。そして、あの様子だと勇者様は……操られていますね」
「なんですって!!!!」
予感はあったが、「お願いだから起こらないで!」と祈っていたことが起きてしまった。
カトレアはリヒト君を勇者だと持ち上げて捨てた、リヒト君を最も傷つけた罪人だ。
散々傷つけたくせに本物の勇者だと分かったら擦り寄ってきて、挙げ句の果てには操る!?
「カトレア!! 絶対っ、絶対に許さないからー!!!!」
許せない……許さないからカトレア!
「どこだ!! こそこそ隠れていないで出て来い!!」
絶対近くにいるはずだ。
隠れていても引きずり出してやるからな!
「まあ! 下品な叫び声が聞こえたら、下品なエルフではないですか」
「!! 出たな、悪党!!」
耳障りな高音が神殿の奥から聞こえてきた。
複数の足音が近づいてくる。……悪党らしい登場だな。
ゴロツキ冒険者を従えたカトレアのお出ましだ。
というか、その格好は何なの?
カトレアは真っ白なドレスを着ていた。どこから持ってきたのよ……。
ドレスだけを見たら聖女様のようだ。ドレスだけを見たら、ね。ドレスだけ!
大事なことなので三回言いました。
「存在が下品な人に下品だと言われたくないわね!」
私も上品ではないけれど、人としての質はカトレアにはぜっっっったいに負けない!
「なんですって!」
「随分と話が合いそうな人達を引き連れて来ているじゃない。類友~って感じよ」
「わたくしをこんな人達と一緒にしないで!」
こんな人達と言われたゴロツキ冒険者達は無言のままカトレアの周囲に立っている。
やはり、まだ操られているらしい。
「そうだ、聖女様はお前のようなイカサマ人間とは違うんだよ!」
ゴロツキ冒険者の中から男が一人歩いてきた。
話ができると言うことは、操られていない?
というか! というか!!
この声とか、イカサマ呼ばわりとか、凄く覚えがあるのですが……?
でも、あいつはギルマス代理のファインツを通して六聖神星教に引き渡したのでは?
「今度こそきっちり借りを返させて貰う」
前に出てきたのは、想像通りダグだった。
もう見たくなかったな、その顔。
あなた、どこかに見習いとして放り込まれることになったと聞きましたよ?
思わず大神官様とゲルルフを見たら思いきり目を逸らされた。
「大神官様~? ゲルルフさ~ん? どういうことですかあ? 責任を持って対処してくれるって聞いたのですが?」
ちゃんと捕まえていないじゃない!
私、とっても笑顔ですが怒っています。
「この者は使えますから。わたくしが連れてきたのよ」
「……愚妹め。申し訳ありません。教会の者にもあれの言うことは聞くなと指示を出していたのですが……」
「あー……」
許せないけれど、カトレアが周りに迷惑をかけ、無茶を言って連れ出してきた状況は想像出来た。
仕方がないでは済ませられないけど、周囲を操ってダグを連れて来たのかもしれないし、大神官様達を責めるのは一旦置いておこう。一旦、ね。
「まあ、お兄様ではありませんか! 何をお怒りなの? 見てくださいませ! 勇者様はわたくしの言うことならなんでも聞いてくださるの!」
「……ぶっ飛ばす!!!!」
大神官様に向けて微笑むその頬に蹴りを入れてやる!
「待ってください、大神官様があれと話しますので!」
カトレアの台詞にぶちギレた私は飛び出そうとしたのだが、ゲルルフに全力で止められた。
どうして!? 止めないでよ!
あいつの顔面が私の足の裏に張り付かない限り、怒りがおさまらない!
「愚か者が」
「!」
暴れだそうとしていた私が固まってしまうほど、冷たく鋭い声が響いた。
声の主は大神官様で、その視線の先にはカトレアがいる。
「お、お兄様?」
カトレアが見たことがない程おろおろしている。
親に叱られた子供のように小さくなっていて、どんなときでも人を見下す目をしていたカトレアとは思えない。
「どうしてそのような怖い顔をなさっているの? わたくし、勇者様を手に入れたのよ? これで今まで以上にお兄様のお役に立てます!」
カトレアが必死に訴える。
この人……もしかしてブラコン?
ゲルルフを見ると、考えていたことが顔に出ていたのか静かに頷いてくれた。
やはりですか。
重傷っぽいですね。
大神官様、ご愁傷様です。
「まるで今までも私に貢献してきたような口ぶりだが、お前に助けられた記憶は何一つない」
「ぶふっ」
心の中で手を合わせていたら、大神官様の容赦ない言葉が聞こえてきて思わず吹いてしまった。
バッサリいったわね!
「そんな……あんまりですわ! わたくしはお兄様に認めて頂きたくて……!」
カトレアは吹き出してしまった私に気がつかないくらい動揺していて涙目だ。
いいぞ、もっとやれ!
「認めて欲しくてやったことがこれか? 救いようがない。母上もお前を見限ったぞ。お前にはもう戻る場所はない」
「嘘よ!そんなわけないでしょう! お母様がそんなわけっ……!」
「お前を庇えば、至るところに火の粉が飛ぶ。あの人も馬鹿ではない。これ以上煩わせるな」
「…………っ」
カトレアを見る大神官様の目は身内を見る目ではない。
軽蔑、侮蔑、そして憐れみの混ざった眼差しだ。
「そんなこと、信じませんわ!」
「信じるかどうかはどうでもよいのだ。これは事実で、お前は自らが招いた結果を受け入れるしかない。観念しろ」
「どうして……どうして分かってくださらないの!!」
カトレアの顔がどんどん憎しみに歪んでいく。
真っ白なドレスがカトレアの醜悪さを際立たせていく――。
「お兄様もわたくしに従いなさい!」
「な、何!?」
カトレアが叫ぶと同時に、ゾワッとした嫌な気配が広がった。
その気配は大神官様の元に集中している。
大神官様を操ろうとしているのだろう。
何これ……精神攻撃に近いけれど違う。
もっと嫌なものだ。
「隷属させる魔法? もしかして、精霊の力?」
こんなのどうやって塞げばいいのだろう。
普通の魔法攻撃じゃないから、魔法防御が効かないかもしれない。
精神力が強ければ、気合でなんとかなりそうな気もするけど……。
「ふざけるな!」
「きゃあ!?」
大神官様が叫ぶと同時にゾワッとした気配は霧散した。
まさか、本当に気合ですか!?
何をしたのか分からないが、不穏な気配は全く無く、先程より爽やかな空模様になっている。
びっくりした。凄い!
「弾かれた? そんな……勇者様だって操れたのに!」
「どうせ操られるように強制したんでしょう!」
リヒト君ならこのガラの悪い連中でも助けようとしたはずだ。
だから、彼らを人質に取り「言うことをきけ」と言われたら従っただろう。
私の予想は当たったようでカトレアが顔を顰めた。
ほらみろ!
「私を支配しようとした瞬間、闇の精霊の気配がしましたね」
「指輪だ。あれで操っている!」
ルイがカトレアの手元を指差す。
「随分目をかけてあげたのに。恩知らずですわね」
カトレアが右手の人差し指を左手で隠す。
そこにあるのか。
分かりやすいわね。
呆れる私の隣にやって来たルイが、カトレアに向けて怒鳴る。
「お前が俺達をみつけたからおかしくなったんだ! 最初からこの人が見つけてくれていたら、オレだって……!」
「わたくしがこの女より劣っているというの!?」
「ああ! あんたには勝てる要素がないね! こっちのお姉さんの方が美人だし強いしまともだ!」
「なんですって!!!!」
いいえ、私はリヒト君だけで充分です。
リヒト君しか一緒にいたくないよ?
ルイはカトレアと仲良くやっていける道もあったのでは? と考えていると、カトレアがヒステリックに叫んだ。
「勇者様、うるさい奴らを黙らせて! あなた達も行きなさい!」
「なっ……っ」
カトレアが指輪を掲げると、先程と同じ嫌な気配が広がった。
そして、暗い目でこちらを見たリヒト君が動きだした。
「う、嘘、どうしよう……リヒト君!!」
明らかに敵意が見えるリヒト君とゴロツキ冒険者がこちらに迫ってくる。
リヒト君と戦えるわけがないでしょ!
気絶させてしまおうか?
強くなったリヒト君に怪我をさせずに気を失わせることは出来るだろうか?
怪我をさせるのも嫌だし、私が怪我をしてしまっても、あとで絶対リヒト君が気に病んでしまう。
それは絶対阻止しなければいけない。
とりあえずリヒト君を撒きながら、ゴロツキ冒険者達を遠慮なく気絶させていって――。
「勇者様! あなたはあのエルフ女を始末してくださいませ!」
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