第10話 いつもの

「じゃあな、リヒト! 姉弟仲良くな! お姉さんをしっかり守るんだぞ!」

「わかってます!」


 アレクセイはキラキラとした笑顔を振りまくと、馬に乗って颯爽と帰っていった。

 その姿は絵にかいたような勇者だったので写真を撮りたくなった。

 でも、残念ながらこの世界にカメラはない。

 リヒト君の成長の記録も残したいし、やっぱりカメラは開発するべきかも!


「アレクセイさん、最後までマリアさんのことを『お姉さん』って言ってましたね」


 リヒト君は「姉弟じゃない!」と、アレクセイに言い返すことを諦めたようだ。

 やれやれ、といった様子でアレクセイを見送っているリヒト君を見て、私は思わずクスクスと笑ってしまった。


 なんだかんだとあったが、アレクセイとリヒト君は仲良くなったようだ。

 闇の大精霊の話をした後、二人は随分と話し込んでいた。

 どうやらアレクセイから勇者の先輩として、色々とアドバイスを貰っていたらしい。


 最初は珍しくリヒト君が反発して、どうなることかと思ったが、最後は年の離れた兄弟のように見えるほど距離が縮まっていた。

 あまり話してはくれないけれど、リヒト君には仲良くできなかった弟がいるようだ。

 だからか、血のつながりはないけれど、頼れるお兄さんができて嬉しかったのかもしれない。


 私も炎の勇者と光の勇者の語らいを眺めることができて眼福でした!

 セラと、あとからやって来たエメルに「他にも商品を見せてくれ!」と頼まれ、対応していたからゆっくりと眺めることができなかったのが残念だが……。

 本当に空気を読んで欲しかった。


 腹いせに失敗作や、私には必要ないものをたくさん押し付けておいた。

 アイテム整理ができてよかったよ。すっきり!


 でも、アイスソードとは違って本当にいらないものばかりだったのに、なぜか二人はすごく喜んでいた。

 ただの水鉄砲とかピコピコハンマーとか、おもちゃもあったんだけどなあ。

「これは団長に対して使えますね」ってどういうこと?

 炎の勇者の炎を水鉄砲で消火する気ですか?


 報酬もいらなかったのだが、アレクセイの情報をまた集めておいてくれるらしい。

 いくつか話を聞いたけれど、気の毒だけれど笑ってしまう話ばかりだったから、次に会えるのを楽しみにしておこう。


「なんだかおもしろい人達でしたね。アレクセイさんに、今度会ったときは負けませんし、背も追いついているはずです!」

「うんうんっ」


 鼻息荒く気合を入れているリヒト君が可愛すぎて、お姉さんのニヤけは止まりません!

 アレクセイと同じ背丈になったリヒト君…………はああああっ想像したら卒倒しそうだからやめておくっ!




 今日は話し合いに使った空き家を借りて泊まることになった。

 アレクセイたちの見送りが終わったので、村の中を見て回りながら空き家に戻る。


 村の中は騒動が落ち着いたばかりなのに、もう活気づいていた。

 呪われていた人もいるし、怪我をしていた人もいるはずなのに、なんともたくましい。

 宴会をするつもりの人たちもいるようで、酒樽を転がしている人もいる。

 格好も祝い事用の衣装のようで…………はっ!


「何あの衣装……可愛い~!!!!」


 私の視線の先には、チャイナドレスっぽい民族衣装を着ているおじさんがいる。

 チャイナドレスというか、ドレスではないし……モンゴルっぽい?

 色もデザインも何パターンかあるようで、同じような格好をしている人がちらほらといる。

 これは絶対にリヒト君にも着て貰わないと!

 おじさんたちが着ていてあんなに可愛いんだもの!

 リヒト君が着ると、そうれはもう……大変なことになるよ!


「待ってて、リヒト君! お姉さん、あの服全パターン買ってくるから!」

「え? マリアさん、欲しいんですか? じゃあ、僕が……」

「欲しいのは私! 着るのはあなた! では、行ってきます!!!!」

「着るのは僕ですか!? 全パターンって……そんなにいらないですよ!」


 走り出していた私だったが、まさかのストップをかけられて崩れ落ちた。


「そんな……! お願い、買わせて!? お金の使い方で一番幸せなのが、リヒト君のものを買う時なの! この瞬間のために生きているといっても過言ではないの!」


 土下座する勢いで頼み込む私に、リヒト君が苦笑いだ。

 ずっと二人で旅をしてきたので、私がこうなると、もうどうにもならないことは分かってくれているだろう。


「ほどほどにしてくださいね……」

「うん!!!!」


 期待通り、了承を得ることができたので、私は全力で服を買い漁った。




「満足」


 全パターンだけでは物足りず、布まで買い占めた。

 リヒト君に似合う衣装を追求していたら、裁縫のスキルも手に入れた。

 今日は夜なべして、この生地を使って衣装を作ろう。

 世界中のどこを探しても、こんな幸せな徹夜はないだろう。


「はい。お疲れさまでした」


 そう言ってリヒト君が差し出してくれたのは、木のコップに入ったお茶だった。


「お花っぽい匂いがしますが、お茶だそうです。マリアさん、夢中になって買い物していたから、汗をかいたでしょ? ちゃんと水分補給してくださいね」

「…………っ!」


 私は感動しすぎて声が出なかった。

 欲望に忠実な行動をしていただけの私を気づかってくれるこの優しさ!

 もうただただ泣くしかない。


「あ、水分補給してって言っているのに、泣いちゃだめじゃないですか」

「大丈夫、泣いてないわ。目から涙が出てるだけ!」

「それを泣くっていうんですよ。ほら、早く飲んでください」


 私の扱いに慣れたリヒト君が手にコップを持たせてくれた。

 世話というより、もはや介護をさせてしまってごめんね……。

 確かにのどが渇いていたので、ありがたくお茶を頂いた。


「あ、美味しい。ジャスミンティーっぽい」

「そっか、ジャスミンティーか! 僕も飲んだことがあるような気がしたんですよ」

「リヒト君、ジャスミンティー好きなの?」

「えーっと……実はちょっと苦手なんです。でも、お母さんが好きでよく買っていたから、僕も飲む機会があって……。マリアさんは好きですか?」

「うん、好きだよ!」

「よかった。そんな気がして、実は茶葉を買っておいたんです!」

「え……」


 リヒト君の手に何か袋があると思っていたが……茶葉を買っていてくれたの!?

 ……どうしてそんなに完璧なの!? 恐ろしい子!


「お姉さん、リヒト君の無限の優しさに震えちゃう……勇者であり天使……」

「そうだ。このお茶、大神官様にも送ってあげよう。マリアさん、すっかり空が暗くなっちゃいましたね」


 リヒト君、『いつもの発作を起こしたお姉さんに対するスルースキル』が上がりましたね?


「ほんとだ。ごめんねっ。つい、夢中になっちゃって……」


 見送りをして空き家に戻るだけだったのに、かなりうろうろしてしまった。

 再び空き家を目指し、リヒト君と並んで歩く。


「いえ! 村の楽しい空気の中にいられて、僕も楽しかったです! 息抜きになりました」

「ほんと? よかった~。あ!」


 買い物の途中、考えていたことを思い出した。


「ねえねえ、リヒト君。私たちのおうちを作らない?」





◆お知らせ◆

『本物の方の勇者様が捨てられていたので私が貰ってもいいですか?(カドカワBOOKS)』のコミカライズ連載が、明日配信のB's-LOG COMICS vol.103よりスタートします。トモエキコ先生が描いてくださる素敵なマリアベルとリヒト君をぜひご覧くださいませ!

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