第6話 ここから

「ぐぬぬぬぬっ」


 あんな目がグレートブルーホール級節穴女にしてやられるとは、なんたる不覚!

 私と黒髪の少年はダンジョンの中層に飛ばされていた。


 ゲームでは瞬間的に遠距離移動する『転移』は安易だったが、現実になったこの世界ではかなり難しい。

 設置型の大掛かりなものや、ダンジョン内にある転移サークルなら安全安心だが、人が唱える魔法としては貴重なアイテムがなければ実現不可能だ。

 だから飛ばされるなんて考えてもいなかった。

 アイテムを使っても正確な座標に転移するのは困難だ。

 カトレアはアイテムを持っていたのだと思うが、滅茶苦茶な転移で壁の中にめり込んで到着、なんてことにならずにすんでよかった。

 でも黒髪の少年には負担があったようで気を失っていた。

 精神的に疲れただろうし、無理矢理起こすことはせず自然に起きるまで寝かしてあげよう。

 あと飛ばされる前に「消毒! 消毒!」と騒いでしまったけれど、回復魔法が使えることを思い出した。

 テンパり過ぎだろう、私!

 飛ばされたことといい、この子のことになると冷静さを失ってしまう。


 近くにいた魔物は、私の八つ当たりという名のストレス発散によって殲滅した。

「おほほ!」と笑うカトレアの顔を思い浮かべたらとても捗りました。

 安全を確保したところで、少しでも快適に寝て貰うために膝枕をした。

 高級低反発枕を用意したいところだけれど、今は私の太ももで我慢して貰うしかない。

 ダンジョンを出たら寝具一式、横になった瞬間にスヤァ……と眠れるような最高のものを探して贈ろう。そうしよう。


 中層はダンジョンの中だが自然が広がっている。

 植物に囲まれているからマイナスイオンが出ているかも?

 黒髪の少年が気持ちよく眠れたらいいのだが……。


 膝の上に広がっている柔らかい黒髪に触れてみる。

 最近手入れ出来ている様子ではない。

 あんなに良い宿にいたのにお風呂に入れなかったのだろうか。

 私の中の「おのれ目に物見せてやるゲージ」がどんどん溜まっていく。

 もうほんと……どうしてくれようか……煮てやろうか焼いてやろうか……。

 おっと、黒髪の少年と触れているのに般若のような顔をするのはよくない。


「う……」

「……苦しそう」


 身体が辛いのか、悪い夢を見ているか。

 眠る黒髪の少年の表情は険しい。

 眠っている時くらいは幸せな夢を見て欲しい。


「大丈夫だからね。これからは私がそばにいるから」


 もうコミュニケーションをとっておけばよかった、なんて後悔はしたくない。

 悲しい涙はもう流させない。


「ううっ」

「……起きた?」


 黒髪の少年が身じろいだ。

 そしてゆっくりと目が開き、黒のつぶらな瞳と視線がぶつかった。

 はっ!

 そういえば私、ちゃんと自己紹介していないんじゃ!?

 攫うようにして「立派な勇者にします!」宣言はしちゃったけど。

 知らない人に膝枕なんかされていると分かったらどん引きするんじゃないだろうか!


「あわああああ起きた! 大丈夫!? 痛いところない!? あの、私は不審者じゃないから! 私、マリアベルと申します!」


 慌てて取り繕ったような弁明と自己紹介をした。

 黒髪の少年は寝ぼけているのか、ボーッと私を見ている。

 はい、もう可愛い。

 目を開けているだけで、息をしているだけで可愛い。


「……理人です」

「え?」

「あの……僕の名前」

「リヒト君!!」


 はああああああ念願のお名前ゲット!!

 凄くイメージにぴったりです!


「リヒト……まさに光って感じだね!」

「?」

「ほら、リヒトって光って意味でしょ。君のお父さんとお母さんは君が生まれて光を感じたんじゃないかな? 素敵な名前だね!」

「…………。……そうかな」


 私の言葉を聞いて、リヒト君は物凄く複雑そうな顔をしている。

 どうしたのだろう。

 ご両親に対して思うところがあるのだろうか。

 追求してはいけない空気がする。


 しばらくボーッとしていたリヒト君だったが、ハッとすると飛び起きた。

 膝枕されていたのが恥ずかしかったようで顔が赤い。

 恥ずかしい思いをさせてごめんね。

 でもお姉さんには至福の時間でした。


「えっと……ここはどこですか? 森?」

「自然があるけどダンジョンの中層だよ。目がブラックホール級節穴なカトレアに飛ばされちゃったの」

「ブラック? え、カトレアさん? カトレアさんと知り合いですか?」

「! え、あー……」


 あなたのことをストーキングしていたので知っています。

 ……とは言い辛い。

 でもどうしてリヒト君のことを知っていたのかも話した方がいいだろうし、下手に隠しても私はどうせ自滅する。

 だから最初から話しておいた方がいいだろう。


 近くにあった座るのにちょうど良い倒木へと並んで腰掛け、私は口を開いた。


「あのね、実は……」


 私は転生していて元日本人であること。

 勇者がいることを偶然聞いてしまい、元の世界の人間がいるかもしれないと思って追いかけたらリヒト君がいたこと。

 そしてリヒト君のことが気になってずっと見守っていたと話した。


「そうだったんですか……」


 そう言うとリヒト君は黙ってしまった。

 ストーカーの自供に引いてしまったよね……。

 気持ち悪がらせて申し訳ない!

 どう贖罪をするか考えていると、リヒト君が真剣な顔で私を見た。

 追求か断罪か、それとも罵倒か。

 後ろめたいことをした自覚があるので、思う存分やってください! と思ったのだが、リヒト君は遠慮がちに聞いてきた。


「あの……さっき僕のこと勇者だって……」


 あれ、ストーキングのことはもういいのかな?

 拍子抜けしたが、リヒト君が聞きたそうにしていることに答えた。


「私はそう思っているよ。一目見ただけで分かったもの」

「……やめてください」

「え?」

「自分が一番分かっています。僕は勇者じゃありません。僕は特別じゃないです」


 リヒト君は俯き、黙り込んでしまった。

 ルイやカトレア達とのやりとりで傷ついたのだろう。

 あんなに頑張っていたのに否定され、笑われたのだ。

 ルイやカトレアだけじゃない。

 勝手に「立派な勇者にする!」なんて言ってしまった私もリヒト君の心を無視している。

 一番大事なのはリヒト君の気持ちだ。


「リヒト君は勇者にはなりたくない?」

「そういうわけじゃないけど……」

「嫌だったらならなくて良いよ。お姉さんが守ってあげる! あ、守らせてください!」


 全力で快適な衣食住を提供する所存です!

 決意表明を込めてお願いするとリヒト君は怪訝な顔をした。


「どうして……同じ日本人だから? 僕がいたら迷惑でしょう?」

「へ?」


 私はぽかーんと間抜けに口を開けてしまった。

 ……はい?

 迷惑だなんてさっぱり意味が分からない。


「迷惑じゃないよ? 私がしたくてしているんだよ?」


 だから土下座する勢いでお願いしたのだが……。

 きょとんとしている私に、リヒト君は可哀想なくらい戸惑っている。


「な、なんで……」


 なんで? と言われたら、それは――。


「君と一緒にいたいから」

「!」


 リヒト君が目を見開いて固まった。

 まるで石像だ。

 本当に石像なら私は間違いなく持って帰る。

 リヒト君がフリーズしているのでどうしようかと考えていたところで、彼のさっきの台詞を思い出した。


『僕は勇者じゃありません。僕は特別じゃないです』


「勇者になるかどうかは君次第だけれど……」


 私が話し始めるとリヒト君はこちらを見た。


「少なくとも君は何であっても、私にとっては特別だよ」

「え?」

「私ね、この世界でずっと一人で生きてきたの。寂しさはあったけど、自ら行動して関わりたいと思ったことは一度もなかった。でもね、君を見たら身体が勝手に動いちゃってた。同じ日本人ってだけじゃないと思う。だから君がよければ……そばにいてもいいかな? 君の仲間になりたいの」


 強引過ぎるのが悪かったのかも知れない。

 本当は保護者というか、家族になりたいくらいだけれどいきなりそんなことを言われても怖がられてしまいそうだ。

 だから勇者と常に一緒にいる仲間から。

 今度はお伺いするかたちで……と思ったら――。


「…………っ」

「ええええええ」


 私を見るリヒト君の目には涙がいっぱい溜まっていた。

 今にも決壊して流れてしまいそうだ。

 ああああああ私ってば泣かせた!?

 どうしよう!

 今度は私が固まる番だった。

 こういう時は人生経験がものをいう時なのだが、生憎私は無駄に二回生きているだけのようで、ただただ棒立ちだ。

 抱きしめたいけどセクハラにならないだろうか、頭を撫でてもいいだろうかと色々考えはするが結局はマッチ棒のように突っ立っているだけだ。

 私ってなんてポンコツなの!!


「……僕、本当にお姉さんと一緒にいてもいいですか?」


 目をゴシゴシと擦っているリヒト君の弱々しい呟きで私の硬直は解けた。


「もちろんだよ!」

「……僕の仲間になってくれますか?」

「うん!」


 即答するとリヒト君はまた俯いてしまった。

 でも今度は暗い空気ではなく……。


「僕もお姉さんと仲間になりたいです」


 顔を上げたリヒト君は笑顔だった。


「リヒト君!!」


 嬉しくてついリヒト君の手を握ってしまった。

 まずかったかな? と思ったけれど、リヒト君は照れくさそうに笑ってくれた。

 ああああもう癒やしいいいい!!

 照れるリヒト君とデレデレする私でしばらく手を握り合ってしまったが、リヒト君がスッと真剣な顔をしたので手を離し、正面で向き合った。


「お姉さん。……僕、勇者になれますか?」

「なれるよ。君が望めば」


 リヒト君の目を真っ直ぐ見ながら私は断言した。

 努力家の君なら驕りのない優しくて強い立派な勇者になれる。


「僕、頑張ったのに勇者じゃないって言われて悲しかった。今はお姉さんに会えたからもう勇者じゃなくてもいいかなと思ったけれど……お姉さんが僕が勇者だって言ってくれるなら――勇者になりたいです。僕を勇者にしてくれますか?」


 え、今さり気なく私が舞い狂ってしまうくらい喜ばせることを言わなかった!?

 ああもう君は……なんて私を虜にするの!


「任せて!」

「えへへ、よろしくお願いします」


 私達は改めて握手を交わした。


「ふふ。私、勇者様の仲間第一号ね! リヒト君、知ってる? 一番最初の仲間は特別だって相場が決まっているの」

「あ、はい。僕が好きな漫画でも最初の仲間は勇者と結こ…………んっ!?」

「うん? どうしたの?」

「な、なななんでもないです!」

「そう?」

「は、はい……」

「でもこれで、君は私にとって特別だけど、私も君にとって特別ね!」


 最後までいる特別な仲間――相棒ポジションは私のものだ!


「…………っ!」

「リヒト君?」


 君ってりんごだったの? と思うくらい顔を赤くしたリヒト君は「先に行きますね!」と言って進みだした。

 うん、でもそっちは逆なんだ。


 進路を修正し、二人並んで歩く。

 おんぶがいい? 抱っこがいい? と聞いたのだが「歩きます」と言われてしまった。

 あれ、二択だったんだけどな?

 少々不満だが、歩きながら考える。


 私がいるからリヒト君に怪我なんてさせる気はないが、ちゃんとした装備をつけさせてあげたい。

 ゲームで知り得た性能やレアリティの高い装備、アイテムの場所は結構覚えていたので、今までぶらぶらしながら集めた。

 良いものを惜しみなく使ってもらうつもりだが、装備なんかはリヒト君のレベルが低いのでお勧めのものは殆どまだ使えない。

 本人と装備のレベルは同等でなければ正しい効果は得られないのだ。

 今能力の高い装備をつけても逆にまともに動けないだろう。

 まずはリヒト君のレベル上げだな。


「じゃあ戻るついでにレベル上げて、ルイは軽く超えておこうか!」

「え? ルイ君を軽く?」

「ええ! ルイ超えなんて一瞬よ、一瞬!」

「い、一瞬……?」


 リヒト君は「さすがにそれは無理では?」という顔をしている。

 ふふーん、それが出来るんだなあ。

 あれを一匹倒すだけで今のルイなんて余裕で超えられる。


「近くにちょうどいいのがいるのよ。フォレストコングっていう……」

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