第7話 レベルアップ

 この世界の強くなるためのシステムはゲームのままだ。

 魔物を倒すと経験値が入り、一定の基準になるとレベルが上がる。

 魔物が強ければ強いほど得られる経験値は多い。

 そして経験値の取得方法は戦闘に参加した者に振り分けられる分配方式、これが基本だ。


 リヒト君のようにレベルが低いときに強い魔物を倒すと一気に強くなることが出来る。

 一人で強い魔物を倒すことは無理だが、私と一緒に戦えば経験値の半分は入る。

 フォレストコングを倒せば半分でも、地道に弱い敵を倒していくよりも断然早く一気にレベルアップが出来るだろう。

 じゃあこの世界の人はみんな他の人に育てて貰えるじゃん! と思うかもしれないがそれは難しい。

 何故なら魔物は基本的に弱者から狙うので、レベルが低い者を連れているときは全面的に庇いながらの戦闘となる。

 一気にレベルが上がるような経験値が得られる魔物に対して人を庇いながら戦うのはよっぽどの強者じゃないと無理なのだ。

 そして私はそれが出来る強者なのです。えっへん。

 というか、この世界の人はこの経験値の入り方を気にしていない。

 私は他の冒険者との関わりもないので、一般常識として知られているのかどうかさえ分からない。


 ちなみにルイはカトレアや女騎士シンシアが倒した魔物の経験値で幾つかレベルを上げていた。

 だからリヒト君がルイに魔法で吹っ飛ばされたのも仕方ないのだ。

 リヒト君は放置されていた時にルイは手助けされながら育てて貰っていたのだから。


 でもここからは後れを取らない。

 すぐに追い抜くぞ! ということで、リヒト君を連れてフォレストコングを倒すことにした。

 リヒト君にシールドを張っておいて、いつも通りに私一人で倒そうとしたのだが……。


「……それってズルくないですか?」

「!」

「僕、ちゃんと自分の力で強くなりたいです!」

「!!!!」


 うわああああん良い子だよおおおお!!

 もう大精霊の武器とかなくてもこの台詞だけで勇者でいいじゃん!

 リヒト君の純粋な瞳を見ているといかに自分が薄汚れているかが分かる。

 出来るだけリヒト君の願いを叶えてあげたい……あげたいんだけど……!


「リヒト君、聞いて」


 私は正面からガシッとリヒト君の両腕を掴んだ。


「リヒト君の言う通り、自分の力で強くなるべきよね。それでこそ勇者だと思う。だがしかし……だがしかし! 聞いて欲しいの! 今のリヒト君はちょっとしたアクシデントでも大怪我をしてしまうかもしれないの。でもレベルさえ上げておけば大事に至る怪我は防げるわ。だからここは薄汚れている私に無理矢理やらされたということでどうか! どうか! 受け入れて欲しいの! リヒト君の意思を無視した傲慢な私の自己満足によって強制されて強くなって欲しいの!」

「そんな! お姉さんのせいになんて出来ません!」


 私の申し入れを拒否したリヒト君は顔を曇らせた。

 何か考え込んでいるようだ。


「……そうですよね。ここは異世界で、日本と違って危険なんですよね。真面目にしても死んじゃったら何もできないですよね。……わかりました。お姉さんだけを悪者には出来ません! 僕もずるくなります! 強くなるためならなんでもします! 僕も薄汚れます!」

「リヒト君……!」

「お姉さん!」


 ……とこんな風に私達は手を取り合って意思統一し、フォレストコングを狩るべく動いた。

 中層ボスであるフォレストコングがいるのはもう一つ下の階だ。

 先に進んでしまうことになるがボスエリアにはダンジョンの入り口に戻ることが出来る転移サークルがあるので丁度良い。


「どうしたの?」


 何故か魔物の気配が全くないので快適に進んでいたのだがリヒト君が立ち止まった。

 何かあったのか小首を傾げている。


「何かいるような気がして……」


 そう言って私達が歩いて来た方に目を向ける。

 私もつられて見たが何もない。


「何もいないよ?」

「でも、さっきから僕らの後ろを何かついて来ている気が……」

「気配もしないよ? 魔物はいないけど……もしかしたら精霊かな? 時折リヒト君のところに現れていたから」

「そうなんですか? 僕は見たことないけどなあ。精霊ってどういうものですか?」

「光ってる蛍みたいだよ」

「あれみたいな?」

「そう、あれみたいな……って、あっ」


 リヒト君が指差す方向、木に隠れるようにして光の精霊らしき光がふよふよ浮いていた。

 目を反らすとスイーッと近寄ってきて、バッと目を向けると慌てて木に隠れる。

 でも何十個もいるから動きが遅れて全然隠れることが出来ていない子達がいる。

 隠れても木からはみ出ながらチラチラとこちらを覗いている。

 尾行としては0点だが……可愛い!


「きっとリヒト君に近づきたいんだよ」

「僕に? 何か用かな? ちょっと聞いてきますね!」


 リヒト君は近寄っていったが、ワタワタと狼狽えた精霊達は蜘蛛の子を散らすように消えていった。


「何の用だったんですかね?」

「さあね。っていうか、カトレア達の前でもこうやってリヒト君の近くに姿を現してくれたら、リヒト君は勇者じゃないって冷遇されずにすんだかもしれないのにね」


 自分が手助けできなかったからって精霊に八つ当たりをするのはどうかと思うが、思わず愚痴ってしまった。


「痛っ」


 気を取り直して歩き始めようとしたら、頭に何か小さなものがぶつかった。

 木から何か落ちてきたのかと思ったが違うようだ。

 次々とどこかから飛んでくる。

 え? 地味に痛いんだけど何!?


「お姉さん!? 何だこれ……どんぐり?」


 私にコツンとぶつかって落ちたものをリヒト君が拾った。

 リヒト君の手にあるのはどんぐりっぽいものだ。

 この辺に生えているのが樫の木かどうかは知らないが、確かにどんぐりに見える。

 突然のどんぐり攻撃はまだ続いている。

 あちらこちらから飛んでくるけど、誰が……って光の精霊!

 もしかして私が愚痴ったから怒った!?


「やめろよ! お姉さんに何でこんなことするんだ!」


 リヒト君が私を庇った瞬間どんぐり砲火は止まった。

 一瞬の静寂の後、光の精霊達は再びバーッと消えていった。

 私には好きな男の子に怒られてショックを受け、「うああああん」と泣きながら走り去って行ったかのように見えた。

 地味に痛かったけど可愛いから許す。


 気を取り直して森を進む。


「お姉さん、フォレストコングってボスなんですよね? 強いですか?」

「ボスっていっても中層のボスだし、まあまあってところかな。経験値が欲しいからもっと強い魔物でもいいくらいなんだけどね! 下層に行くのは危ないからリヒト君がある程度強くなってからにしようね」

「分かりました。でも、気をつけてくださいね。怪我しそうだったら僕のことはいいから……」

「大丈夫よ! 余裕余裕!」


 リヒト君を守るシールドを維持しなければならないのは大変というか、気をつけなければいけないけど、フォレストコングは倒し慣れているし、いつものお決まりパターンで楽勝…………と思っていたのだが。


「なんでいつものと違うのおおおお!!!?」


 ボスエリアに到着し「さあ、やりますか!」と戦闘態勢になった私だったが、雄叫びと共に地響きを起こしながら登場したフォレストコングを見て固まった。

 普段のフォレストコングは巨大化した凶暴なゴリラ、という感じで体毛も茶色なのだが、今戦っているフォレストコングは銀色だ。

 やたらとキラキラしているしパワーもスピードも増している。

 恐らく下層のボスと同レベルだろう。

 幸い行動パターンはいつも通りだから、リヒト君にシールドを張ったままでも対処できているけど……ちょっと焦ったじゃない!


「お姉さん! 大丈夫ですか!?」

「大丈夫よ~! リヒト君の方こそ大丈夫?」

「僕はシールドがあるから平気です!」

「じゃあ渡していたアイテム、使えそうなら使ってね」

「分かりました!」


 リヒト君には経験値を得るための『戦闘に参加している』という実績作りが出来るアイテムを渡してある。

 まずは回復アイテム。

 戦闘によるダメージを回復しなければ実績にならないので、私が近づいたときに使って欲しいと頼んである。

 あとは攻撃アイテム。

 これは精霊の力を封じている水晶で投げつけて使う。

 簡単に扱えるのに威力が大きいので現在はギルドによって回収されており、世間に出回ることはないのだが私は在りかを覚えていたからいくつか持っている。

 高額で売れるらしいがお金には不自由していない。

 値段のことは内緒にし、リヒト君にはバンバン使って! と言ってある。


 リヒト君は早速雷の精霊の力が込められた水晶を投げた。

 ありゃ、変なところに飛んでしまったな……と思ったがヒット!

 その次も暴投だったがくるりと進行方向が変わり、ヒット!

 そんな馬鹿な、どんな魔球なのよ! ってまさか……。

 さっきからキラッキラッと光っているように見えるのは、光の精霊が助けているのだろう。

 リヒト君と精霊のおかげで銀色フォレストコングのHPが見る見る減っていく。凄い!

 段々リヒト君の投球も正確になってきた。


「うん?」


 銀色フォレストコングを回避しながらリヒト君を見るとやたらキラキラ光っている。

 攻撃水晶と同じようにゲームの記憶を使ってゲットした、経験値を多く取得出来る『経験値ブースト』を使ったので、ブースト効果が発動中である証のキラキラがあるのは理解出来るのだが……これは眩しすぎませんか!?

 使い始めはこんなに光っていなかった。


 何やら色んなことが起きている予感がするが、とにかくこの銀色フォレストコングは倒すしかない。

 アイテムを活用してくれたリヒト君のおかげで思っていたよりも早く片がつきそうだ。

 もう少しでトドメをさせるだろうと思ったその時――。


「大丈夫ですか!?」

「助太刀する!」

「このフォレストコングは何なの!?」


 冒険者らしき人物が三人姿を現した。

 若い男と大柄の男、若い女性。

 彼らは武器をそれぞれの武器を振り上げている。


 あっ――!


 今、戦闘に参加されてしまったら……!


「だ、だめええええええええええええ!!!!」


 私は叫んだ。


 だが――。


「…………遅かった」


 私が放っていた一打と彼らの攻撃により、銀色のフォレストコングは倒れてしまった。

 爆風を起こして倒れた銀色フォレストコングは動かない。


 そして私に経験値が入った。

 予想よりは遙かに少ない。


 それはつまり――経験値が五等分されたということだ。


 こんなに頑張ったのに、私とリヒト君が得た経験値は五分の一なのだ。


「君達! 大丈…………」

「こんのお馬鹿ああああああああっ!!!!」


 新たに現れた三人を怒鳴りつけた。

 私、大激怒である。

 メラメラと黒いオーラを放つ私に三人は怯えながら大混乱だ。


「あ、あの……」


 喋り始めようとした真ん中の男の胸倉を掴み、ぐわんぐわんと揺さぶる。


「あとちょっと倒せたのに~!! 余計な手出しして!! この経験値泥棒!!!!」

「え!? ど、泥棒!?」

「私達が苦労して99%倒した魔物の経験値をへなちょこ攻撃しただけのあなた達が五分の三も取ったってことよ!!!!」

「!!!?」

「そ、そんな、まさか……どういう?」

「……おい! 俺達、確かにレベルが一気に上がっているぞ!」

「ほ、本当だわ。今の魔物はどれだけ強かったの……」

「それは良かったわね! 私なんて一つも上がらなかったわよ!」

「…・・上級冒険者の俺達が一気に上がっているのに一つも上がらなかった!?」

「攻撃水晶に経験値ブーストも使って、更に精霊の加護もあったようだから普通のフォレストコングの倍以上の経験値が得られたはずなのに……!」

「「「…………」」」


 はあああああ……失敗した。

 いつも一人で倒してきたから手出しされる可能性をすっかり忘れていた。


「お姉さん! お疲れさま! 僕レベルがいっぱい上がったよ!」

「リヒト君~!!」

「ちょ……わっ……お姉さん!?」


 笑顔で駆けよってきたリヒト君に最高に癒やされた。

 思わず今まで我慢していたハグをしてしまったが許して欲しい。

 お姉さん、怒りによるストレスで禿げそうだよ。


「見たことのない魔物だったから助力しようとしたのだが……余計な世話だったようだ。その……本当にすまない」


 私が思いきり揺さぶった男が申し訳なさそうに頭を下げた。

 そんなに素直に謝られると自分の大人げなさも認めるしかないじゃない。


「……こちらこそ、取り乱してごめんなさい。助けてくれようとしたのね。ありがとうございました。ではさようなら」


 ああああ駄目!

 二回目の人生でも大人気なくやっぱり苛々しちゃう!


「リヒト君、転移サークルから帰ることが出来るからとりあえず今日は帰って休もうね」

「あ、はい!」


 帰ったらリヒト君をお風呂に入れてピカピカにしよう。そうしよう。


「美味しいものもいっぱい食べようね」

「やった!」

「待ってくれ!」


 あれ? この声聞いたことあるな?

 そう思ってもう一度思いきり揺さぶった男を見たら、ギルドやダンジョンの入り口で話しかけてきた見覚えのあるイケメン冒険者だった。

 あなた仲間がいたの?

 という質問は心の中で済ませ、私はリヒト君の手を引いてさっさと帰還した。

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