第8話 食事
ダンジョンを出た私達は、私の馴染みの食堂へとやって来た。
ここは料金は高めだがその分客層はいいので面倒に巻き込まれなくて済む。
安いところは荒っぽい冒険者が溜まって飲んだくれているので、女と子供という私達のような組み合わせの客は間違いなく絡まれるだろう。
高級店ほど堅苦しくもなく、程よく賑やかで落ち着く店内。
日本のファミレスと雰囲気が近いからか、リヒト君もリラックス……というか、わくわくしているように見える。
そういえば私が見ていた間のリヒト君は宿に戻るか修業しかしていなかった。
町の中を走ってはいたが買い物をしたり立ち寄って休憩したりすることはなかった。
ルイには装備やら飲み食いやら自由にさせていたのに……。
「おのれ目に物見せてやるゲージ」が順調に溜まっていく。
待っておれ……いつかドーンとお見舞いしてやる。
壁沿いの向かい合って座る二人席に腰を下ろし、飲み物が運ばれてくるのを待つ。
とりあえず麦酒……と思ったがリヒト君といるのにアルコールを摂取する気にはなれなかったのでジュースを頼んだ。
「ああもう! 迂闊だったわ! リヒト君、レベル上げが思ったように出来なくてごめんね!」
「いえ、僕はお姉さんに守って貰っていただけですから、不満なんて全然ありません! それにレベル15になれました! これだけ上げて貰ったら、あとは出来るだけ僕の力で頑張りたいです」
はあああああ良い子~!
癒やし~!
フォレストコング討伐による一気にレベルアップ! を目論んだが、三人の冒険者による加勢で満足のいく成果は得られなかった。
だが、リヒト君のレベルは二桁中盤になったので大失敗というほどでもないだろう。
恐らくルイと同じくらいで、駆け出し冒険者がちょっと慣れて来た頃くらいの感じかな。
女騎士シンシアは上級者だがレベル40くらいだと思う。
冒険者の中堅がレベル30前後だから強いことは強いが……まあ吃驚するほどではない。
ちなみに私は久しぶりに自分のステータス画面を開いたのだがレベル75だった。
これは私がゲームをしていた時代の最大値だ。
次のレベルアップまでの必要経験値が出ていないのでもしかしたらこれ以上は強くなれないのかもしれない。
ゲームの時は大型アップデートが行われるとレベル100まで上限が上がるという噂があったが私はそれを体験していない。
これ以上成長しないと思うと悲しいから、レベルを上げる手段を探したい。
リヒト君のことが優先事項だけどね!
とにかく今は腹ごしらえだ。
飲み物は頼んだが食事も頼みたい。
「リヒト君、お腹空いているよね? 何食べる?」
「えーっと、どんな料理があるんですか?」
リヒト君はメニューがどこかに書いていないか探しているようで、店内を見渡している。
ふふ、私も初めて来た時に同じように戸惑ったなあ。
「高級店以外はメニュー表とかはあまりないんだよ。ここも聞けばどんな料理があるか口頭で答えてくれるけど、基本は周りのテーブルの料理をメニュー表代わりに見て頼むの」
「ジロジロ見てたら怒られたりしませんか?」
「ジーっと顔を見ていたら叱られるかもしれないけど、料理を見るのは誰も気にしないわ。あと焼きがいいとか、煮込みがいいとか希望を言えば近いを出してくれるよ」
「へえ~!」
そういえばリヒト君は今まであの高そうな宿に泊まっていたけれど食事はどうしていたのだろう。
痩せ細ってはいないから食事は出来ていたのだと思うが……。
「お肉ばっかりですね。魚料理ってないんですか?」
おっと、リヒト君が蔑ろにされていなかったか心配で、またまた般若マリアベルと化しそうになっていた。
リヒト君の声で我に返った。
「この辺りは水場が少ないから魚料理は少ないの。今日は誰も食べていないからないと思うよ」
「そうですか……」
「あまりお肉は好きじゃないの?」
「どちらかといえばお魚が好きです。家でも、こっちの世界に来てからもお肉ばっかりだったし……」
「こっちの世界はどこも肉料理が多いからね。日本でも肉料理が多いご家庭だったのね」
「あ、はい……弟がスポーツやっていて……体力がいるからって」
「へえ! 弟さんがいるんだ!」
「…………」
楽しそうにしていたリヒト君の顔が曇り、完全に黙り込んでしまった。
ご両親のことといい、やはり家族の話はあまりしたくないようだ。
無理に聞くことはない。
今は楽しいことをたくさんしたい。
「ねえ、リヒト君。お魚が食べたいときは獲ろうよ!」
「え?」
「無いなら作れば良いのよ、魚料理。私も食べたいし。ね? 釣りとか好き?」
「やったことないです」
「じゃあ、やってみようよ」
「……はい!」
「お待ちどおさま!」
リヒト君が笑顔になったところで飲み物が届いた。
ジョッキに入ったブドウジュースが二つ、ドンッとテーブルの上に乗った。
持ってきてくれたのはこの店の娘さんだ。
リヒト君より少し年上、日本なら中学生くらいだろう。
「注文、決まった?」
「私はビーフシチュー。お隣さんと同じやつね」
「あ、僕も!」
「ビーフシチュー二つね! あっ」
注文を聞いて戻ろうとしていた娘さんがリヒト君の顔を見て止まった。
「君、よく町の中とか走っていた子だよね」
「あ、はい……」
「偉いねえ。頑張ってね! シチュー大盛りにするように頼んでおくから! いっぱい食べて強くなってね!」
「あ、ありがとうございます……」
娘さんはリヒト君の頭をなでなですると元気に厨房の方へと向かった。
「よかったね。リヒト君の頑張りを見てくれている人もいるんだね」
そう言うとリヒト君は照れくさそうに笑っていた。
「大盛り……食べられるかな」
「頑張って食べないと! 強くなるにはレベルアップだけじゃ駄目だからね」
「そうですね。いっぱい食べて他の冒険者さん達にも負けない筋肉もりもりのむっきむきになります!」
「お姉さん、それは嫌かなー」と思ったけれど、リヒト君が気合を入れて料理が届くのを待っていたので黙っておくことにした。
娘さんが意気揚々と持ってきてくれたリヒト君用のシチューは「洗面器かな?」と思うようなサイズの器に入っていた。
セットのパンもリヒト君の顔と同じようなサイズだった。
リヒト君は「もりもりになる!」と頑張って食べていたが当然無理で、私も手伝った。
お残しは許されない。
それでも全然減らなかったので見かねた隣席のおじさん達も一緒に食べてくれた。
日本だと行儀悪いし、知らない人と同じものを一緒に食べるなんてことはないから、リヒト君は大丈夫かな? と思ったが楽しそうだった。
よかったよかった。
皆の「頑張ったなあ!」という歓声を浴びながらリヒト君の最後の一口は終わった。
リヒト君の魅力に取り憑かれたのか、いつの間にか店内の皆が初孫の運動会を見守る祖父母と化していた。
リヒト君も満腹で苦しそうだがにこにこと笑顔だ。
皆に応援して貰って頑張ったリヒト君を見ていると、お姉さん泣きそうです!
「ほんの少しだけど、僕もお兄さん達のようなムキムキのかっこいい冒険者に近づいた気がします!」
「お、おう!」
「これからもしっかり食えよ!」
「俺達の分も食うか!?」
リヒト君が笑うとむさ苦しい連中がきゅんとしていた。
今は前髪や眼鏡で綺麗な目が隠れがちだし恰好も微妙だが、こんなにも周りを魅了している。
磨いた状態になったらどうなるか。
楽しみなような、恐ろしいような……。
リヒト君が周りの人達と話している間に店の娘さんのところに行った私は、こっそりと会計をする。
前世にテレビで見たのだが、ゴージャス姉妹の妹さんの方が、店で偶然居合わせた知り合いのお会計を知らないうちに払い、去っていたという。
とてもスマートだ! と絶賛されていたので、私もそれに習って今いるお客さんのお会計を全て持とうと思う。
一々合算するのも大変なので多めに渡した。
生活のために日々クエストをこなしていたが、お金を使うことが殆どないので溜まる一方、正直腐るほどある。
それにリヒト君はこの世界に来てから、暴力をふるうような酷い連中には会っていないかもしれないが、良い人と出会ったとも言えない。
この世界にも暖かい人達はいるということを知って貰えたので、感謝の気持ちとしても払いたい。
全員分の支払いをする私に娘さんは目を見開いて驚いていたが、リヒト君が嬉しそうなので感謝したいから、と伝えると肯いてくれた。
よし、これでスマートに去ったら、私もファビュラスなハーフエルフになれるだろう!
「じゃあリヒト君を呼んで帰……」
「みなさーん! こちらの太っ腹な美人さんが皆さんの支払いも全部済ませてくださいましたよー! さあ、もっと飲みましょう!」
「な、なんだってー!!!?」
「そんな、いいのかい!?」
「こりゃあツイてる!!!!」
「「「うおおおおおおおお!!!!」」」
娘さんの呼びかけで店内が歓声に包まれた。
え、ええええええ!?
あれ……スマート……ファビュラス……はどこに……!
「店の嬢ちゃん! 追加分の飲み代もタダかい!?」
「何を言っているんですか! それは払ってください!」
とるんかい!
私は余分に払っているのに……。
商売上手である。
「お、お姉さん! いいんですか?」
席についていたリヒト君が慌ててこちらまでやって来た。
よほど心配なのかあたふたしている。
「いいのよ。心配しなくてもお姉さんはとっーても強いから、お金なんて魔物を倒したらいくらでも稼げるの!」
「ははっ! さすがだ! 凄え姉ちゃんだな!」
近くにいた大柄な貫禄のある冒険者が話に入り込んで来て私の背中をバシッと叩いた。
あれ、この人見たことあるかも……って痛いのですが!
そして勝手に会話に加わらないでください!
「坊主。姉ちゃんにばっか世話かけてないで、お前も強くなって姉ちゃんに楽させてやらなきゃいけねえぞ!」
「……はい! お姉さん、僕もしっかり稼ぎます!」
私がお世話したいんだから余計なこと言わないでよ! と思ったが、リヒト君のキリッとした顔が見られたから許す!
「わあ、もう真っ暗だ!」
入った時にはまだ空に明るさは残っていたが、店を出るともうすっかり夜が更けていた。
今日はもう宿に戻り休もうと思う。
宿はリヒト君がいたところではなく、私がいつも使っているところだ。
同部屋でもいいのだがリヒト君が落ち着かないだろうから別に追加で一部屋とろうと思う。
お酒を飲んでいないが楽しくて高揚したのか、冷たい夜風が気持ちいい。
経験値を半分以上持っていかれたのはまだ許せないが、それ以外は良い日となった。
なにより明日からリヒト君と一緒だと思うと嬉しい!
身なりを整えてあげたいし、装備もちゃんとしたいし、お買い物もしてあげたいし、鍛えるだけじゃなく遊ぶことだってたくさんさせてあげたい。
「お姉さん」
「うん?」
私は考え事をしていたし、リヒト君も喋らなかったので静かに歩いていたのだが呼び掛けられた。
隣を歩くリヒト君を見ると、月を見ながら穏やかな顔をしていた。
「僕、お姉さんに会えてよかったです。日本にいた時のごはんは家族が一緒だったけど、僕は殆ど話さなくて……一人で食べているみたいでした。この世界に来てからは部屋に持ってきてくれるごはんを一人で食べていました。誰かと一緒にお話しながら食べるのがこんなに楽しいなんて!」
そう話す表情はとても明るいけれど……私は胸が痛い。
私も一人だったけれど……一人でいるわけじゃないのに一人だなんて……もっと寂しいよ。
リヒト君の前で暗い顔をするわけにはいかないから、茶化すように少しふざけながら言葉を紡いだ。
「これからはこんな日が毎日になるよ! そのうちうんざりしてくるかもね!」
「ええ!? 毎日かあ。うんざりはしないけど、ムキムキじゃなくてぶくぶくに太っちゃいそうです!」
太ってもいいんだよ!
いくらでも食べて! 甘えて!
今日みたいに人がいるところにもいっぱい食べに行こう!!
そして勇者になるという目標についても進めて行きたい。
リヒト君が幸せなら勇者かどうかなんてもういいかな、なんて思ってしまうが、やっぱりリヒト君が認められないのは悔しいし、カトレアには飛ばされたお礼もしなくてはならない。
効果的に後悔させてやるためには相手の情報も知っておいた方が良いので調査も必要だ。
忙しくなるな。
「あ!」
「リヒト君? どうしたの?」
「僕、荷物があって……。こちらの世界に来た時に着ていたジャージとランドセルを前の宿に置いて来てしまっているんです」
「そうなの? じゃあとりに行こう!」
「いいんですか?」
「うん! 大事なものだもの。すぐにとりに行こうよ!」
リヒト君が泊まっていた宿に回ってから帰っても遅くはならないし、カトレア達の管轄内にリヒト君のものを置いておくのは心配だ。
すぐに方向修正し、リヒト君が今までいた宿へと向かった。
「じゃあ僕、部屋からとってきます」
リヒト君が泊まっていた宿に着くと、リヒト君は一人で中に入っていった。
中にカトレア達がいたら何か言われるかもしれない。
心配だったが、「部屋は皆別々だったし、多分会うことはないから大丈夫。宿の前で待っていて!」と言われたので大人しく待つことにした。
「遅いな?」
すぐに出てくると思ったのだが十五分ほど経った。
中に入ってみようと思ったところでリヒト君が出てきたのだが……。
「どうしたの?」
リヒト君はとても浮かない顔をしているし、荷物もなく手ぶらだ。
嫌な予感がして思わず眉間に皺が入った。
「部屋が開かなかったんです。それで宿の人に聞いたら、もう別の人が入っているって……」
「ええ!? 荷物は!?」
「それが……荷物なんかなかったって」
「そんなわけないよね!?」
「はい……。荷物を置いたまま飛び出したので……」
こんなサービスがしっかりとした高級宿で手違いによる紛失なんて早々起こらないだろう。
カトレアの指示か、この宿が勝手にやったことかは分からないが……意図的に隠したか、どこかに持っていったとしか思えない。
……許せない!
「私が聞いてくる!」
「お姉さん! あの、僕はもう……!」
「君達は……!」
止めようとするリヒト君に構わず乗り込もうとした私の前に現れたのは――。
「シンシアさん!」
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