第9話 精霊

「君達、急に消えたから驚いたよ!」


 シャツとズボンという軽装のシンシアが気軽に話しかけてきた。

 私の中ではもはや敵認定しているので「どうも~」なんて返事は出来ない。

 というか、私達は自分の意思で消えたのではなく――。


「カトレアに飛ばされたのですが」

「カトレア様は知らないようだったが……?」


 私達が死んでいたら責任逃れをするためか、転移させたことは隠したようだ。

 どこまでも腹の立つ奴だ。


「それに君はカトレア様の知り合いか?」

「いえ」

「なら呼び捨ては止めて欲しい」

「どうしてですか?」

「高貴な御方なのだ」


 あれが高貴? と思わず鼻で笑ってしまいそうになったが、我慢してとりあえず話を続ける。


「高貴とは? どういう?」

「それは……」


 中途半端にだが素性を隠そうとしていたし、騎士が護衛についているのだからそれなりの身分であることは最初から分かっている。

 だから答えられないということも分かっているが、あえて聞いた。


「勝手に転移させて殺人未遂をするような正体不明の人を尊ぶほど私の頭はおかしくありませんので。そんなことより彼の荷物はどこでしょうか」


 私の言葉に顔を顰めたシンシアだったが、最後の言葉に首を傾げた。


「荷物?」

「置いたままだったので取りに来たら、ないと言われたのですが」

「そうか。部屋はもう引き払ったとは聞いたが……確認して来よう」


 そう言うとシンシアは踵を返して宿の中に入っていった。


 シンシアは視野が狭くて正確な判断が出来ないのに、自分の判断が正しいと思っているタイプだ。

 だから間違ったことでも正義面して突き進む。

 正直、私はそういう人は好きではない。

 正義をわざわざ振りかざすような人間に碌な奴はいない、というのは私見だ。

 勇者を目指して頑張っていたリヒト君に「普通の少年としては頑張った」みたいなことを言って傷つけたのも私は根に持っている。


 しばらく大人しく待っているとシンシアが出てきた。

 手ぶらで。


「荷物などなかったそうだぞ? 勘違いではないのか?」


 持ってきてくれるとはあまり思っていなかったが、想像以上に予想通りだった。

 笑ってしまいそうになるが、荷物は絶対に取り戻さなければならないのでシンシアに詰め寄った。


「勘違いではありません。荷物があるから取りに来たんです。高貴なお方とそのお仲間達は泥棒ですか?」

「我々が泥棒? 酷い言いがかりだ。いい加減にしてくれ!」


 語気を強めたシンシアは溜息をつくと、視線をリヒト君へ向けた。


「君が勇者じゃなかったことは残念だ。だがこれから面倒をみてやれないのは、勇者じゃない君を危険にさらすことになるからだ。逆恨みで絡んでくるのはやめたまえ!」


 最後のは私に向けての言葉だったが……はああああ!?

 どんな解釈になったらそうなるのだ。

 怒りを通り越してただただ呆れる。


「どうして逆恨みだということになるんですか? 意味が分からないのですが」

「カトレア様やルイがそう言っていた。……実際にそうだろう」


 わあ……本当に目がブラックホール級節穴だあ。

 常に穴は広がり続けているというわけか。


 絶句していると騒ぎを聞きつけてか、宿の責任者らしき中年の男性が出てきた。


「何か問題でも……? おや、君は……」


 責任者はリヒト君を見ると、すぐに取り繕ったが明らかに面倒臭そうな顔をしていた。

 リヒト君が問い合わせた相手だったのか、後から来たのかは分からないが、事情は分かっているらしい。

 それなら話は早い。


「あなた達も本当に彼の荷物を知らないのですか? 本当に? 精霊に誓えますか? 誓って言ってみてください。ほら、今!」


 今度は責任者に詰め寄り、真顔で捲し立てた。

「精霊に誓う」と宣言すると、稀に精霊が誓いを受け取り、偽りを述べると罰が与えられる場合がある。

 精霊が受け取るかは運次第、どんな罰になるかは精霊の気分次第だ。

 裸にされたり坊主にされる程度で済むこともあれば命を奪われることもある。

 だから嘘を言う場合は、かなりの覚悟がないと精霊には誓えない。


「何も難しいことではないわよね? ほら、言って。『精霊に誓います。荷物はありませんでした』って。嘘ならどんな目に遭うか分からないけど、真実なら何も問題ないもの」

「そ、そういった対応は出来かねます! さっきも言いましたが、我々は荷物など何も……」


 責任者がごちゃごちゃと話しているが……こいつ、本当のことを知っているな。

 私が殺気を飛ばしているせいもあるが、尋常じゃないくらい顔色が悪い。

 こいつらが何かやったのか?

 まさか……盗った?


「この宿は客の忘れ物をくすねる手癖の悪い従業員がいるんですねー!」

「そんな! 勝手にしろと言われたから売って……あっ、いや…………!」


 鎌をかけるつもりで周りにも聞こえるように叫んだら……ふふ、チョロい。

 シンシアを見ると目を丸くしていた。

 彼女は知らなかったようだが、カトレアあたりが指示したのだろう。

 もっと聞き出すため、にやりと笑いながらわざとらしく聞き返す。


「あれー? 今、『売った』って言いました?」

「言っていません! これ以上騒ぐなら警備隊を呼びますよ! おい、お前達!」


 風向きが悪くなったのを感じた責任者が、宿の中にいるスタッフを必死に呼び寄せている。

 上等だ、私は取り返すまでやるぞ!


「お、お姉さん! 僕もういいから!」

「大丈夫、お姉さんに任せて」


 リヒト君は私の腕を引いて去ろうと言うが、どうかお姉さんに任せて欲しい。

 警備隊だろうが何だろうが秒で仕留めるから!


「おい、あんた」


 宿の中から出てきた人物が私に向かって声をかけてきた。

 顔を見なくてもこの憎たらしい声で誰か分かる。

 ルイだ。

 そちらに目を向けるとカトレアの姿もあった。

 私のぶん殴りたいツートップのお出ましである。


「何よ」

「あんた、一人でダンジョン攻略してるってこの辺りで有名なエルフだろ。フォレストコングを何回も倒してるっていう……」

「違います」


 私、エルフじゃなくてハーフエルフだもんねー! と心の中で思いきりべーっと舌を出した。

 大体有名とか言われても知らないし。

 それに今はリヒト君の荷物を取り返すことが重要だからルイの話など聞く暇はない。

 無視をして責任者からどこに売ったかを聞きだそうとしたのだが――。


「あんた、オレの仲間になれよ」


 私の進路を塞ぐように立ったルイの言葉にきょとんとしてしまった。

 はあ? ルイの仲間?

 そんなの全身全霊でお断りである。

 そういえば前から私を探していたようだが勧誘目的だったのか。

 あなたのお仲間は今の言葉に目を見開いて驚いている高貴なカトレア様で充分でしょう。


「誰があんたの仲間なんかに……」

「駄目だよ!!!!」


 私の腕を掴んでいたリヒト君の手に力が入った。

 次の瞬間思い切り後ろへと引っ張られ、転びそうになっている内にリヒト君の背中に隠された。

 私の方が背が高いから物理的には隠せていないのだが、今のリヒト君は急に気迫が増して頼もしく、大きな壁があるように見えた。


 リヒト君の変化に驚いたのは私だけではないようでルイも目を見開いていたいたが、すぐに顔つきは鋭いものになった。


「……なんだよ、チビ」

「お姉さんは僕のだ!! 僕の仲間なんだ!!!!」


 普段のリヒト君からは想像出来ないような怒声にまた驚いた。

 ルイ達に勇者じゃないと置き去りにされそうになった時も大きな声だったが、あの時とは迫力が全然違う。

 リヒト君が私を仲間だと叫んでくれて嬉しい、物凄く嬉しいのだが、この変化が妙に気になって……。


「やろうってのか? 面白いじゃん!」


 ルイはリヒト君の気迫に押されて悔しかったのか、動揺を隠すように笑うと殴りかかってきた。

 慌てて私は庇おうとしたが――。


「ぐっ……お前……!」


 リヒト君の方が動きが速かった。

 私の腕を掴んでいた手は、殴りかかってきていたルイの拳を掴んでいた。

 ルイが焦って振りほどこうとするが――出来ない。

 それどころかリヒト君の力は増しているようで、ルイが苦悶の表情を見せた。

 リヒト君は掴んだルイの拳をどんどん押し戻していく。


 ルイは手を振りほどくのは諦めたのか、リヒト君に向かって蹴りを入れようとしたが、その足すらバシッと掴み、バランスを崩して倒れそうなルイの胸倉を掴んで持ち上げた。

 今日のレベル上げでリヒト君はルイに追いつけたとは思っていたが……。

 この様子だとかなり追い越したように見える。

 カトレアとシンシアはこの光景に呆然としている。

 それはそうだろう。

 軽く魔法で吹っ飛ばされていたリヒト君がルイを圧倒しているのだから。


「なんだお前っ、離せ!」

「秀人だって……君だって……全部持っているくせに!! なんで!! お前なんか……いなきゃいいんだ!!」


 まずい、このままだと怪我だけではすまない。

 そう思った時、リヒト君に捕まっているルイの身体が光り始めた。


 いや、違う……あれは私にどんぐりを投げてきた光の集まりだ。

 光がルイを取り囲んでいる。


「なんか……嫌な予感がする!」


 眩い光が虹色の輝きを放つ。

 神々しい光景だが、どこか恐ろしい。

 その原因はすぐに分かった。

 ルイの身体が段々薄く、透明になっているのだ。

 これは……精霊がルイを消そうとしている!


 ――お前なんかいなきゃいいんだ!!


 そうだ、今のリヒト君の言葉。

 精霊はこれに応えたんじゃないだろうか。

 そういえばフォレストコングで経験値稼ぎをする前、私は……。


 ――経験値が欲しいからもっと強い魔物でもいいくらいなんだけどね!


 確かにそう言った。

 もしかして、リヒト君を強くしてあげるために精霊がフォレストコングを強くした?

 リヒト君のためなら、あんなことまで出来るの?

 そう思うとゾッとした。

 このままだとルイは本当に消されてしまう。


「リヒト君! 精霊を止めて!」


 ルイを掴んでいるリヒト君の腕を揺すり、慌てて止めさせる。


「! ……お姉さん?」


 怒りで周りの声が聞こえていない様子だったリヒト君はようやく我に返ったようだ。


「やめさせて! この子達、君の言うことしかきかない!」


 そう言うとリヒト君は薄くなっているルイにもようやく気がついたようで、慌てて手を離した。


「や、やめて!」


 リヒト君は状況が分からないのか困惑しているが、すぐにルイに群がる光達を止めてくれた。

 その瞬間光達は再びどんぐりを私に投げて叱られた時のようにサーっと消えていった。

 今度は流石に可愛いとは思えなかった。

 精霊は大きな力を持っていて、人の味方にも脅威にもなるということを再確認させられた。


「…………」


 ルイは地面にしりもちをつき、茫然としていた。

 何が起こったのか理解できていない様子だ。

 見ていたカトレアやシンシア、宿の者達も茫然としている。


「お姉さん……」


 リヒト君は目に涙をため、心細そうな表情だ。

 私も混乱しているし…………こうなったら、ここは撤収〜〜!!!!


「行こう!」


 リヒト君の手を引き、私がとっている宿へと走った。

 カトレアの叫び声が聞こえた気がするが、逃げるが勝ちである。

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