第4話 私が貰います
私は何度も黒髪の少年とコミュニケーションをとるチャンスがあったのに、それをしなかったことを後悔していた。
知らない人に声をかけられ労られても戸惑うだけだろう。
だから私は何もすることは出来ない。
ただ見守ることしか出来ないのが悔しい。
取り残された少年はしばらく動けずにいたが、何かを決意したのか強い眼差しになると走り出した。
慌てて後を追う。
「やっぱり……」
辿りついたのがルイ達が来ているはずのダンジョンだった。
あの目を見てここに来るつもりだと何となく察したが……これからどうするのだろう。
中にいるルイ達に追いつくつもりだろうか。
ルイ達は今日は地下五階だと言っていた。
このダンジョンは地下四十階までで四階だと大したことはないのだが、実戦経験が全くない黒髪の少年には危険だ。
ここはなんとか止めなければ……。
「私……今度こそ話しかける!」
ついに、ついにこの時が来た!
話し掛けて「危険だからやめた方が良い」と説得するのだ。
フォレストコングに挑むときより緊張するよ!
よし……!
「すまない。君……」
話し掛けようと一歩踏み出したところで入り口前にいた冒険者に声をかけられた。
顔を見ると以前ギルドで声をかけてきた見覚えのあるイケメンだったので気をとられてしまい……。
「はい? ……あっ!」
その瞬間に黒髪の少年はダンジョンに入ってしまった。
「ああああっ」
「待ってくれ! よかったら一緒に……」
「よくないです!!!!」
何の話か知らないがこんな時に話しかけないでよ!
掴まれた腕を振りほどき、慌てて黒髪の少年のあとを追った。
「ああ、どっちに行ったのかな。あの子、碌な装備もないのに……」
周囲を見渡す。
このダンジョンは地下に伸びているタイプで、地下二十階までは人工的な通路になっている。
階を降りるには階段を発見して降りなければならない。
地上と接しているこの階は殆ど魔物がいないのだが、動物と差して変わらないようなねずみのような魔物のイビルラットはいる。
大怪我をするようなことはないがイビルラットは単独では出ず、必ず複数で出るので鬱陶しいというか、少し注意が必要――。
「うああああ!! 来るな!!」
この声は……あの子だ!
そう遠くないところにいる。
声が聞こえた方へ駆け出した。
「くそっ! うろちょろするなよ!」
黒髪の少年はすぐにみつけることが出来た。
練習用に渡されていた木刀でイビルラットと戦っている。
大きな怪我はない様子でほっとしたが、頬や腕にかすり傷が出来ていた。
黒髪の少年の足元には倒されたイビルラットが一匹いるが、まだ三匹は動き回って彼に牙を剥いている。
「キィィッ!!!!」
一匹が黒髪の少年へと飛びかかった。
黒髪の少年は他のイビルラットに気をとられていたため対応出来ない。
「危ない!」
黒髪の少年を庇うため、抱きしめながら風の魔法でイビルラットを斬り払った。
イビルラット達の身体は霧散。一撃で全滅。
つい力が入ってしまった……オーバーキルもいいところだ。
風魔法の余韻がふわっと私達のまわりを包んだ。
「……大丈夫?」
たとえイビルラットの攻撃が当たっていたとしても大したことはなかったはずだが、これ以上この子に傷一つつけたくなくて思わず抱え込んでしまっていた。
身体を離すと黒髪の少年が顔を上げた。
「…………!」
普段前髪と眼鏡に隠れていた黒髪の少年の、真っ黒な瞳を間近で見て息をのんだ。
黒曜石のような瞳というのはこういう瞳のことをいうのだろう。
吸い込まれそうな漆黒だが透き通った輝きがある。
それに黒髪の少年の顔立ちはルイのような華やかさはないが整っていた。
今はまだ幼さが強く中性的だが、成長すれば中々のイケメンになるだろう。
「……女神様?」
「?」
瞳に見惚れていたので何を言われたのか分からず首を傾げる。
ジーっと大きな瞳に見つめられたので見つめ返すと可愛らしい顔がぼふっと赤くなった。
あ。身体は離したけどまだ両腕を掴んでいたから恥ずかしかったかな?
「ごめ――」
「お前、なんでここにいる? オレ達を追いかけて来たのか?」
黒髪の少年に謝ろうとしたが邪魔が入った。
声の方を見るとルイと不愉快な仲間達がいた。
黒髪の少年はルイを見ると、私の腕を振りほどいて彼らの正面に立った。
「僕だって魔物を倒すことが出来る! だから……」
「魔物ってそこに転がっているねずみか?」
ルイは黒髪の少年が倒した一匹のイビルラットを顎で指して笑った。
「っていうか、その一匹以外はそこのお姉さんが跡形もなく倒していたが? ……うん? エルフ?」
ルイが私を見て首を傾げた。
うわっ、まずい。
そういえば何故かルイは「一人でダンジョンに潜っているエルフの女に会いたい」と私のことを探しているようだった。
「一匹は僕が倒した……!」
ジーっと私を見ていたルイだったが、黒髪の少年の言葉を聞いて笑い出した。
「はは! ねずみ一匹! それでオレ達についてくるつもりか?」
ルイと共にカトレアや騎士達がクスクス笑う。
シンシアは馬鹿にしている様子はないが苦笑いだ。
「きょ、今日は初めて魔物を見たから……。でも、修業して強くなるから……!」
「そんなの待っていたらジジイになる。いや、この調子じゃジジイになっても大して変わらないか」
ルイは黒髪の少年の肩をポンと叩き、耳に顔を寄せて呟いた。
「一生ねずみ取りやってろよ」
「…………っ! 馬鹿にするなっ!」
叫んだ黒髪の少年が肩に乗るルイの手を払い、掴みかかろうとしたが――。
「うわっ!?」
ルイの手から炎が舞い上がった。
それに驚いた黒髪の少年は後ろに飛び退いたが倒れ、尻餅をついてしまった。
「……ま、魔法? そんな……使えるの? どうやって……」
黒髪の少年は呆然としていた。
自分は使えない魔法をルイが使ったことに驚き、ショックを受けたようだ。
「これで実力の差が分かっただろう? マジでお前が勇者とかないから」
そう言い放つとルイは去って行った。
その後を騎士達がついて行く。
「肩を落とすことはない。君はよくやった。君ぐらいの歳の普通の少年としてなら上出来だ」
「…………」
シンシアが労うように黒髪の少年の肩を叩いて行ったが、その言葉は勇者として頑張っていた彼をとても傷つけるものだ。
……残酷なことを言うなあ。
前世であっても異世界であっても、努力が全て報われる世の中はないというのは分かっているが、真面目にやってきた黒髪の少年が負け、好き勝手にやったルイが勝ったことが悔しい。
見ているだけの私がこんなに悔しいのだから、黒髪の少年はもっともっと悔しくて悲しいだろう。
「やっぱり勇者はルイ様よね」
去って行く騎士達のあとを、機嫌が良さそうなカトレアがついて行くかと思ったが、黒髪の少年の前へとやってきた。
カトレアは目に涙を溜め、悔しそうに顔を歪める黒髪の少年の前にドサッと袋を落とした。
恐らく纏まった額のお金だろう。
「差し上げますわ。それでお好きなところへ行ってくださいませ」
「……僕に一人で生きていけって言うの?」
カトレアを見上げる瞳には悔しさの中にも心細さが見える。
無理もない。
日本でならまだランドセルを背負って小学校に通っている年齢だ。
文化も風習も違い、知り合いもいない、魔物なんてものがいる世界に一人で放り出されるなんて恐ろしいだろう。
「だって、あなたは勇者ではないもの。何かに使えるかと思ったけれど、何にも使えなかったし。それにやっぱり黒にうろちょろされると目障りなの。だからあなたは……いらないわ」
冷たいあの目が黒髪の少年を見下ろす。
大きく目を見開いた少年にカトレアは背中を向けると、ルイの後を追って走り出した。
黒髪の少年の顔がくしゃりと歪み――目に溜まっていた涙が零れた。
……ああああっ!!!!
もう限界!!!!
これ以上黙っていられない。
座り込んだままの少年を抱きしめるとカトレアに向かって叫んだ。
「いらないなら私が貰います!」
私の宣言にカトレアが足を止め、振り返った。
先に行っていたルイ達にも私の声は届いたらしく、こちらを見ている。
「……はあ?」
カトレアが訝しげな顔で私を見た。
偶然居合わせただけの部外者が急に何を言い出すのだ? という感じだろうか。
今までの私は覗いているだけの部外者だったけど……今日から私は! 保護者になる!
「この子は私が育てます! 私が立派な勇者にしてみせます!」
「なっ……!?」
もっと早くこうすればよかった。
頑張っていたから水を差してはいけないと我慢していたが、こんな結果になるなら最初から攫って……ごほん、説得して連れて行けばよかった!
「……あ、あの」
とっても可愛らしい声が聞こえたと思ったら、私の腕の中にいる黒髪の少年だった。
困惑している様子だが…………はっ!
「大変! 治療しなきゃ! ばい菌が入る!」
顔や腕に出来ている擦り傷を見て慌てた。
綺麗な顔に傷が残ったら大変!
残ったら残ったで恰好良いと思うけれど、この素晴らしくきめ細かな肌に傷があるなんて枯山水の砂紋の上に不法投棄されるくらい許せない。
この子の肌も枯山水の砂紋も犯してはならない美なのだ。
慌てて黒髪の少年を抱き上げ、ここから出ようと駆け出した。
早く治療しなければ!
「そいつが勇者?」
出入り口にいるルイが声をかけてきた。
私の進路を塞ぐように立っているのが邪魔で、思わずキッと睨んでしまった。
「馬鹿らしい。育てるなんて時間の無駄だ。やめておいた方が良い。そんなことより、あんたはもしかして……」
「お気遣い無用です。この方は必ず勇ましく美しい、至上最高の勇者になるでしょう!」
ルイの話を聞く方が馬鹿らしくて、押し避けるようにすれ違いながら答えてやった。
待っておれ偽物!
すぐにこの子が追い抜くから!
その時は絶対に謝らせてやるんだから!
「……本っ当に目障り」
突如足元に白く輝く魔法陣が現れた。
「! これはっ」
強制転移の魔法だと分かった時には、私と黒髪の少年の姿はダンジョン一階から消えていた。
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