第4話 炎の勇者

 森を抜け、村に近づくと異様な雰囲気になった。

 まだ陽が高い時間なのに暗く、どこか息苦しい。


「ああ、もう完全に始まっているわね」


 長閑な風景の中に混じる不穏な空気に顔を顰める。


「呪いが広がり始めているわ」


 村で起こるイベント内容は「呪いをまき散らす魔物を討伐せよ」というものだ。

 これは普通に魔物を倒しただけではクリアにはならない。


「とりあえず村まで行ってみましょう。彼らが来ているかもしれないし!」


 森や村人に被害がでることを考えると、不謹慎ではあるが……私のテンションは上がっている!


 このイベント、実は炎の勇者をパーティーに参加させることができるようになる『炎の勇者解禁イベント』なのだ。


 炎の勇者はヴァーミリオン騎士団の団長をしているNPCで『アレクセイ』という。

 アレクセイは正義感の強いイケメンだ。

 体格も良く、高身長。

 真っ赤な髪が印象的で、戦隊モノのヒーローだと間違いなくセンターに立っているレッド。


 とても人気があり、前世の私もよくパーティーに誘っていたキャラだった。

 今から推しキャラに会えるのかと思うと、ライブに行くような気持ちになってわくわくする!


「本当に炎の勇者を仲間に誘うんですか? 騎士団長なら忙しいだろうし、誘わなくてもいいんじゃないでしょうか」

「闇の大精霊を倒すことを目指すなら、彼には協力してもらわないと! 仲間といってもずっと一緒に行動しようというんじゃなくて、協力関係にいて欲しいってことだから大丈夫よ」

「……そうですか」


 何故かリヒト君はアレクセイを勧誘することに乗り気ではない。

 同じ勇者としてライバル心があるのだろうか。

 大丈夫、リヒト君は唯一無二の勇者様で、絶対的推しだから!


「着きましたね」


 グラニットは森を抜けた草原の中にある村だ。

 開けた視界の先に、モンゴル遊牧民が住まうゲルに似たテントのような移動式住居が点在している。

 呪いを受けた場所は黒く腐食していくはずだが、村の中にはまだその様子はない。

 だが――。


「あ、ああああっ! もう騎士団が来ている!」


 奥にある一際大きな住居に目を向けると、出入りしている騎士の姿を見つけた。

 バタバタと忙しそうにしているから、呪われた魔物を発見したのか、呪いを受けた人を運び込んでいるのかもしれない。


「あそこにアレクセイがいるかも! リヒト君、レッツゴー!」


 転生してからNPCに会うのは初めてだ。しかもアレクセイ!

 わくわくが止まらない!

 思わずスキップをしそうになったが、隣からヒヤリとした空気を感じてハッとした。


「マリアさん、とても楽しそうですね?」

「リ、リヒト君?」


 リヒト君の笑顔が怖い。

 いい大人なのに、はしゃいでごめんね?

 呪いの対処はちゃんとするから!

 えへへ、と笑って誤魔化していると、騎士たちが慌ただしく動き始めた。

 草原を抜けた先にある森の方へと駆けだしている。


「呪いの魔物が現れたぞ! 急げ!」


 どうやら騎士たちに招集命令がかかったようだ。

 リヒト君と顔を見合わせる。

 うん、私たちも行こう!




「なっ! お前達は何者だ! この先は危険だ! ただちに去れ!」

「うんうん。危険だからあなたたちも離れた方がいいよ」

「呪いの魔物のことは僕たちに任せて、村の方にいてあげてください」


 現場に向かっている騎士たちに止められたが、サクッと追い抜いて進む。


「さようなら~」


 振り返ると、騎士たちは口をあんぐりあけてこちらを見ていた。

 驚いていないで、引き返して村をお願いします。


 しばらく進むと呪いの気配が濃くなり、腐食した木や地面が現れるようになった。

 進むに連れて、腐食した場所が広がる。

 真っ黒になってきた視界の先に、とうとう動くものが見え始めた。


「いました! 魔物の気配と……何人か騎士団の人がいますね。戦ってる……うわあ!」


 突然立ち上った炎の柱と爆音に、私とリヒト君は驚いた。


「炎の勇者……」


 リヒト君の呟きにハッとした。

 そうだ、こんなことをできるのは一人しかいない!

 はしゃぎそうになったが、このまま樹竜を倒されてはまずい!


 呪いの魔物だと思われているのは、実は呪われてしまった樹竜だ。

 樹竜も魔物ではあるが、どちらかといえば精霊に近く、森の守り神様的な存在である。

 樹竜が住む森は緑が豊かになると言われている。


 魔物の中にも人に危害を加えるものと、そうでないものがいる。

 樹竜は本来人に危害を加えない魔物だが、呪われたことにより暴走しているのだ。

 討伐してしまうと樹竜が周囲にまき散らした呪いは解けず、クエストは失敗。

 アレクセイは仲間にならない。

 樹竜を救うことで全ての呪いが解け、アレクセイにも認められてクリアとなるのだ。


 急いで駆けつけると、呪いを受けて倒れている騎士たちがいた。

 樹竜を蝕んでいる呪いは質が悪く、呪いを受けたものは物であろうが人であろうが腐っていく。

 この人たちも樹竜を救わない限り助からないだろう。


「マリアさん、あれですね!」


 リヒト君の視線の先――、腐食した木々の中央に巨大な黒い幼虫のようなものが蠢いていた。

 無数の赤い目がギョロギョロと動いて不気味だ。呪いのせいで本来の姿を失っている。


「うわあ……気持ち悪い」


 リヒト君が後退っている。

 綺麗なリヒト君には見せたくないくらい気持ち悪い。

 関わりたくないがそうは言っていられない。


 樹竜は炎の攻撃を受け、大きなダメージを負っているようだった。

 倒してしまうと腐食したところが戻らないし、呪いを受けた人も救えない。

 騎士団を止めなければ……! まずは樹竜が暴れないよう動きを止めよう。

 光魔法で樹竜をスタン――気絶状態にした。

 もちろんダメージは入れていない。


「ストップ! 攻撃しないで!」


 樹竜の前に姿を現し、騎士団へ待ったをかけた。

 私に視線が集中する中、真っ赤な髪の男が前へでてきた。

 キリッとした眉に意志の強そうな琥珀の瞳。背は高く、がっしりとしていて逞しい。

 赤銅色の鎧、風に揺れる赤いマント。

 ゲーム通りの姿――騎士団長アレクセイだ。

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