第5話 予定と違う

 キリッとした眉に意志の強そうな琥珀の瞳。

 背は高く、がっしりとしていて逞しい体躯。

 赤銅色の鎧、風に揺れる赤いマント。ゲーム通りの姿――騎士団長アレクセイだ。


「わあ、生アレクセイだ……。カメラ! カメラがほしい!」

「……マリアさん」


 リヒト君に小突かれ、緩みそうになった気を引き締めた。


「お前たちは何者だ! 攻撃を止めろとはどういうことだ!」


 ゲーム通りの凜々しい姿に痺れ……リヒト君、ごめんって!

 ごほんとのどを整え、アレクセイに説明を始めた。


「あれは呪いを受けている樹竜よ。あのまま倒してしまうと、呪いを受けた人や土地は回復しないの。私たちが解決するから、少し時間を頂戴!」


 そう伝えるとアレクセイは顔を顰めた。

 スタン状態の樹竜を見て思案している。


「たしかにあんな魔物は見たことがない。だが、あれが樹竜だという証拠はあるのか?」

「証拠はないけれど、大精霊の武器を持っている勇者様なら精霊に聞いてみて! 樹竜は精霊に近い存在だから、精霊たちだって救えるなら救ってあげたいはずだから答えてくれると思うわ」


 光の精霊がリヒト君に干渉してくるように、火の精霊もアレクセイに干渉しているはずだ。

 だったら問いかけに「YES」か「NO」で答えるくらいはしてくれるだろう。

 無言のまま立っているアレクセイの反応を待っていると、静かに頷いた。


「……本当に樹竜のようだな」


 思った通り、精霊は助言してくれたようだ。

 よかった、ここで確認が取れなかったらどうしようかと思った!


「それで、どうするつもりだ。どうすれば樹竜を救うことができる?」

「ここから近いダンジョンの中に、呪いだけを燃やす『呪炎花』が生えているわ。それを取ってくるから待っていて」

「分かった。だが、俺も同行しよう。少し待っていてくれ。樹竜はしばらく動けないだろうが、諸々指示をしてくる」


 よし、ゲーム通りにアレクセイが同行を申し出てきた。

 このまま一緒に行動して、クエストをクリアすると仲間になってくれる。

 順調だとニヤつきそうになっていたら……。


「僕たちで取ってくるので、ここで待っていてくれて構いませんよ」

「え、リヒト君?」


 一緒に来て貰わないと……。

 ゲーム通りにしないと仲間にできないかもしれない。


「…………」


 アレクセイが足を止め、こちらの様子を伺っている。


「でもね、ほら! 騎士団長さんが来てくれると心強いし、お願いしよう。ね?」


 私はアレクセイにも届く声でリヒト君を説得した。

 お願いだから、一緒に来てください!


「来なくて大丈夫です。マリアさんは僕が守りますから」

「うぐっ!」


 嬉しい! きゅんとする!

 でも……でも! 今はこの笑顔に負けてはいけない!


「リヒト君、闇の大精霊を倒すためには仲間になってもらっておかないと!」


 コソッとリヒト君に囁くが、笑顔を崩さないところを見ると私の意見はスルーされている。

 どうしようかと戸惑っていると、アレクセイが口を挟んできた。


「君たちが実力者であることは分かるが……女性と子どもだけで行かせるわけにはいかない」

 さすがアレクセイ! 紳士だわ! と感激したが、リヒト君の顔からスッと笑みが消えた。


「僕は子どもではありません」


 リヒト君の抗議にアレクセイは目を丸くしたが、ふっと優しい目になるとリヒト君の前に立つとポンと頭に手を置いた。


「そうか。それはすまなかった」


 いい子いい子、という感じだ。

 前は私もよくやっちゃっていたけど……今このタイミングでやってはだめでしょ!


「やめてください」


 リヒト君が珍しく怒りを露わにし、アレクセイの手を払った。

 これはまずい!

 慌ててリヒト君の腕を捕まえ、こそこそと説得する。


「リヒト君、ゲーム通りの流れだから! ね? ね!」

「…………」

「あの、是非ついて来てくださーい!」


 アレクセイを誘う私に、リヒト君は不満げな顔をしている。

 もう、どうしちゃったの~!?



 

 呪炎花が生えているのは現在地から近い火山の中だ。

 グラニット村からも比較的近い。

 火山内部には洞窟が広がっていて、魔物が多く生息している。

 人が立ち入ることはない危険な場所だが、勇者が二人もいるのだから安心だ。

 ゲームの知識がある転生者の私もいるしね!


 アレクセイは二人の騎士を連れてやってきたが、彼らもそれなりに腕が立つようだ。

 火山内部を進むことに不安はなかったが、思っていた以上に安全そうだ。


「さあ、行きましょうか!」

「君たちは下がっていてくれ。我々が前を行く」


 張り切った私を制止し、アレクセイが前に出た。

 ゲ、ゲームの時と同じ~!

 アレクセイはよく庇ってくれるキャラで、多くの乙女心を持つプレイヤーがきゅんとさせられた。


「大丈夫です」


 思い出に浸っていると、リヒト君がアレクセイの申し出を和やかに断った。

 そして戦陣を切って進もうとしている。


「そういうわけにはいかない。君はお姉さんと後ろにいてくれ」

「僕のことはおかまいなく。それにマリアさんはお姉さんではありません!」

「お、おおっお姉さんじゃ……ない!!!!」


 リヒト君の言葉が私に刺さった。

 9999のダメージ!


 血のつながりがないという意味で言っていることは分かっているが、言葉にされると精神的にダメージが……!

 ショックで愕然としているとリヒト君が慌ててフォローし始めた。


「お姉さん! お姉さんはお姉さんですけど、血の繋がった姉じゃないと言いたいだけで……!」

「…………っ! わあ! 久しぶりにちゃんとお姉さんって言ってくれたね!」

「ち、違っ、マリアさん! 説明するために言っただけで、僕はマリアさんって呼んでます!」

「ははっ。そうやって仲良くしながら、後ろにいてくれ」


 アレクセイは私たちを見て和みながら追い抜いて行った。


「待ってください! 僕が行きます。僕が行った方が早いはずですから!」


 私たちを見守っていたアレクセイだったが、リヒト君の言葉に足を止めた。

 振り返ってこちらを見た顔の表情は硬い。

 あれ、もしかして……若干怒っています?


「少年、それはどういう意味だ?」


「言葉のままです。僕の方が早く呪炎花を取ってくることができるということです」


 目が笑っていないアレクセイに私はおろおろしてしまったが、リヒト君はにっこりと笑っている。

 火山の中なのに寒く感じるのは気のせいかな?


「じゃあ、勝負といこうじゃないか」

 ニヤリと笑う炎の勇者の精悍な顔に背筋がぞくりとする。

 待って待って、話がおかしな方向に行っているから!

 一緒に呪炎花を取りにいかないといけないのに、競争してどうするの!


「望むところです!」


 リヒト君は自信満々に胸を張っている。

 あ~乗っちゃだめでしょう!


「皆で一緒に行こう」と説得したいが、こういう時のリヒト君は頑固だということを、お姉さんは三年間で学ばせて貰っているので早々に諦めました!


「マリアさんは手出ししないでください!」

「了解でーす……」


 思わず遠くを見る。

 競争になっても、なんとかアレクセイに仲間になってもらう方法を考えないとなあ。

 リヒト君が勝ったら言うことを聞いてもらえるかなあ。

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