第6話 スタート
リヒト君とアレクセイはなにやら競争するにあたってのルールについて話し合っている。
そんなに徹底しなくても……本気過ぎませんか?
「あの、うちの団長がすみません。病的な負けず嫌いなので……」
女性の騎士が申し訳なさそうに声をかけてきた。
彼女の名前はセラ。もう一人の男性騎士はエメルというそうだ。
ゲームでもアレクセイの部下としていたかもしれないが、私の記憶にはない。
重要な役割がなく、名前もでないモブだったのだろう。
二人と軽く自己紹介を済まし、この状況に苦笑いを浮かべ合った。
そういえばアレクセイって負けず嫌い設定だったなあ。
リヒト君の「自分の方が早く取ってくる」という言葉が、アレクセイの負けず嫌いスイッチをONにしてしまったのだろう。
「それにしてもあの子、すごいですね」
「ああ。団長に物怖じしないのもすごいし、ああやって話していても隙がない」
リヒト君はまだ騎士たちの前ではまだ戦っていないのだが、それでもこの二人には伝わるものがあるようだ。
アレクセイと同じ、勇者であるとは気づかれていないようだが、「強者だ!」と悟られるリヒト君はかっこいい。最高。
お姉さんは鼻が高いです!
「あ、そうだ。お二人に見て頂きたいものがありまして!」
騎士の二人に声をかける。
私が今、装備やアイテムの生産に力を入れている。
戦闘能力ではリヒト君に追いつかれつつあるので、もっと役に立つために生産方面でがんばることにしたのだ。
リヒト君に手伝って貰わなくても、生産スキルの成功確率が上がるように熟練度を上げてきたので、今ではレア度の高いものでもほぼ失敗しないで作ることができるようになった。
今回は武器を見る目も肥えているはずの騎士に、私の自信作を二人に見て貰おう。
「なんでしょう?」
「私、自作の武器やアイテムを売っているんですが、騎士様の目で売り物としてどうなのか見て頂きたくて。これなのですが……」
「これは……アイスソードですね」
騎士の言う通り、取りだしたのはアイスソードだ。
その名の通り氷の剣だが、私が作るものは全て特殊。
氷は火に弱いが、これはちょっとやそっとの火に負けることはない。
でも、騎士たちは普通のアイスソードだと思っているのか苦笑いだ。
火山でアイスソードは使い物にならないと侮っているな?
「よかったら使ってみてください。ほら、ちょうどそこに活きのいいフレイムリザードが!」
「はあ」
フレイムリザードは火属性の魔物だからアイスソードとは相性が悪い。
苦笑いを崩さぬまま、女性騎士がアイスソードを渋々受け取った。
半信半疑でアイスソードで一撃を放った瞬間――。
「……え?」
剣の軌道に氷粒が舞う。そして、フレイムリザードの身体は一瞬で氷りつき、砕け散った。
「…………」
「…………」
パラパラと落ちる欠片を、二人は唖然としながら見ている。
私は思わずニヤリと笑う。
どう? かっこよくない?
「買います」
セラが真顔で言った。
「ま、待ってくれ! オレにも売ってください!」
生温かい目で私たちのやりとりを見ていたエメルが話に入ってきた。
ふふっ、食いついたわね!
「あ、もしかして……あなたが最近噂になっている『謎の女商人』なんですか? とんでもないアイテムや装備を売っているという。たしかに美人で、商人らしくない風貌だと聞いたことはありますが……」
「ふふふ。……さあ?」
意味深な微笑みを浮かべ、二人に向けて首をかしげる。
自作のアイテムを披露するのは今日が初めてではない。
有益な取引相手を見つけては売りつけてきた。
近頃そんな私のことが噂になっていると小耳に挟んでいたが、ヴァーミリオン騎士団まで届いていたとは驚きだ。
麗しき謎の女商人――ふふ、悪くないわね。
でも、もっと私を称するに相応しい言葉がある。
「ファビュラスな謎の女商人と呼んでください……」
「ふぁびゅ? そんなことより、アイスソードを買います! いくらですか?」
そんなこと、じゃないんだけどなあ!
私にとっては大事なことなの!
とにかく、今は商売だ。
「お代は『情報』で頂いています。これと同等の情報であればお譲りします」
私はお金で売ることはしない。
お金はもう十分すぎるほどあるし、稼ごうと思えばいくらでも稼げる。
お金よりも貴重なのは情報だ。
闇の大精霊についての情報も集めたいしね。
「情報ですか? そのアイスソードに釣り合う情報――。…………あ!アレクセイ団長の女性歴なんてどうでしょう? なかなか悲惨……おもしろいですよ」
「あはは、いいですね!」
今、悲惨って言ったよね? そういえばアレクセイって女運がなかったなあ。
正直に言うとアイスソードの方が断然価値があるが、いつか役に立つかもしれないし、単純に興味があるからOK!
「オレにもなにか売ってもらえませんか! 団長の情報なら……!」
「おい。なにを話している」
ルールの話し合いが終わったのか、リヒト君とアレクセイが声をかけてきた。
騎士たちはなにもなかった顔をしているが、セラはちゃっかりアイスソードを持っている。
まだ情報をもらっていませんが?
「お代はあとで払いますね。あ、そうだ! そういえば、団長はマリアベルさんのような強くて美人な方がタイプですよ!」
「え? 私ですか?」
「はい。団長だけではなくて、炎の勇者はそういう傾向があるみたいです!」
「おい、突然何を言いだすんだ!」
「! 団長、すみません!」
私に見つめられて焦ったセラが、恐らく支払いの一部を払うつもりで言いだしたのだと思うが……。
突然タイプの女性をバラされたアレクセイは気の毒だ。
私のような、と言ってくれているが、こういうときに挙げられるのって社交辞令だし、誰の得にもならない。
アイスソード、返してもらおうかな~。
そんなことを考えながら彼らの方を見るとアレクセイと目が合った。
「たしかにあなたは美しい人だと思います。樹竜を一発でスタン状態に陥らせる実力も素晴らしい」
「まあ! ありがとうございます!」
あのアレクセイにお世辞を言ってもらえた!
推しにファンサービスをもらったファンの心境だ。
「これが終わったら、お二人で食事をしたらどうですか! なんだかお似合いですし! それでオレにもアイスソードを……」
「もう、スタートしてもいいですか?」
リヒト君が圧のある笑顔でこちらを見ていた。
口を開いていたエメルは恐怖を感じたのか固まっている。
ごめんね、やる気満々だから早く行きたいよね!
「ねえ、リヒト君。私はリヒト君について行くよ?」
「もちろんです!」
「邪魔だから待っていて」と言われる前について行く宣言をしたつもりだったのだが、笑顔で受け入れられた。
さては駄目って言われてもついて来るのが分かっているな?
リヒト君もお姉さんのことをよく理解してくれていて嬉しいです!
「では、始めよう」
「はい」
リヒト君がうなずくと、二人は同時に駆けだした。
私たちはあとをついてく。
しばらく一本道なので一緒に行動だ。
火山の中はゴツゴツとした岩場が多く、マグマ溜まりが点々とある。
サウナの中にいるように暑いうえ、ときおり地面からあたると火傷を負う蒸気が吹きだして危険だ。
でも、アレクセイとリヒト君は突然吹きだす蒸気も見事に回避しながら駆け抜けている。
「なかなかいい走りだな、少年!」
「ありがとうございます!」
リヒト君とアレクセイは和やかに会話をしているが、猛スピードで進んでいる。
今はスピード勝負をしているようだ。
笑顔の中にバチバチと火花が上がっている。
「団長! 速いっすーーーー!」
「ああもうっ、いつもこうなんだから……っ」
私はついて行けるが、セラとエメルは必死だ。
「お前たちはあとから来てもいいんだぞ」
「そういうわけにはいきません! って、置いていくなああああ」
リヒト君とアレクセイがさらにスピードを上げたので、セラとエメルが遠ざかって行く。
ああー……お疲れ様でした……。
「おっと、面倒なのがいるな」
ダンジョンの中なので当然魔物がいる。
進行方向にフレイムアントという蟻型の魔物が現れた。
蟻といっても大型犬ほどの大きさがあり、中には羽があって飛ぶ個体もいる。
今は十匹ほど姿を見せているが、地面の裂け目からどんどん湧いて出てくる。
飛ばないものは無視をして通っても問題ないが、羽があるものは追いかけてくる。
飛ぶスピードだけはピカイチなので、倒しておいた方が追いかけられて鬱陶しい思いをしない。
羽があるものだけでも倒しておくべきだろう。
いや、魔法でパパッと全滅させようか、と考えているうちに前にいた二人が動いていた。
私の出番はなさそうだ。
それなら私は他のことをしよう。
近くにあった石柱のように立っている大きな岩石に爆発の魔法をぶつけ、倒す。
倒れた岩石はフレイムアントが湧きでている裂け目を覆った。
よし、これでこれ以上湧くことはない。ゲームでもやった手口だ。
「マリアさん!」
「うん? あ!」
塞ぐことができたことに満足していると、リヒト君の焦ったような声が聞こえた。
何事? と思ったところで、上空から割れた岩石の一部が降ってきていることに気がついた。
おっと、油断してしまったようだ。回避しようと思ったが、その必要はなく――。
「大丈夫か?」
アレクセイが上空で岩石を破壊してくれた。小石と土埃が舞う。
「ありがとう」
またアレクセイに助けてもらった!
SNSがあったら自慢の投稿をしているところだ。
「マリアさん、怪我はなさそうですね。頭に小石が乗っていますよ」
え、リヒト君が近い!? と驚く。
私を庇おうと駆けつけてくれていたようだ。
リヒト君は自分の頭に乗った小石を払うと、私の頭も綺麗にしてくれた。
リヒト君になでなでしてもらっているようでちょっと嬉しいし、庇ってくれたことにきゅんとした。
本当に頼もしくなって……!
「リヒト君ありがとう~!」
「どういたしまして。でも、油断しては駄目ですよ? マリアさんなら手助けしなくても大丈夫だったとは思いますけど……。マリアさんが怪我をするのは嫌です」
「…………っ! うん!」
リヒト君の優しい言葉に感極まっていると、アレクセイが私に声をかけてきた。
「魔物の出現を防いだ判断も、それを実行できる力量も素晴らしいな。よかったら俺のところにこないか?」
「はい?」
オレノトコロニコナイカ?
何それ、古風な口説き文句ですか?
そんな歌詞を前世で聞いた気がする。
「あ、いや、騎士団に入らないか、ということだ」
微妙な顔をする私に、アレクセイが焦ったように補足した。
「騎士団に?」
突然のスカウトに驚いていると、リヒト君が私の手を引いて進みだした。
「マリアさんは僕と旅をしているので入りません。ほら、勝負を継続しますよ。行きましょう!」
「そうだな。この話は時間があるときにしよう」
いえ、リヒト君の言う通り、私は入りませんよ?
アレクセイも再び進みだし、勝負を再開する。
それから少し進んだところでアレクセイは別のルートへ進んだ。
「じゃあな、少年」
「え?」
地図では行き止まりになる方向に進んだアレクセイに、リヒト君は首をかしげた。
「僕たちも行きましょう」
でも、気にせず今のルートを進むことにしたようだ。
もちろん私はリヒト君と一緒だ。
「ねえ、リヒト君。アレクセイが関わると少し様子がおかしいけれど、どうしたの? こんな競争まで始めちゃって」
「どうもしていませんよ?」
「そうかなあ」
「そうですよ」
のんびり話しているけれど、余程負けたくないのか猛スピードで進んでいる。
お姉さん、結構必死について行っていますよ。
「ねえ、マリアさん。僕はマリアさんを守れる勇者になりたいんです」
「うん? もういっぱい守ってもらっているよ?」
戦闘でもリヒト君が積極的に前にでてくれているし、よく庇ってくれる。
精神面だってとても助けられているし。一人じゃないということが、どれだけ楽しくて心強いか教えてもらった。守られてばかりだよ?
「マリアさんは……背が高い方が好きですか?」
「リヒト君の身長の話? リヒト君は低くても高くても魅力的よ! 出会った頃の小さかったリヒト君も大好きだし、今だって大好きよ! それに、これから成長して大きくなるのも楽しみね!」
ニコッと笑いかけると、きょとんとしていたリヒト君がクスクス笑い始めた。
「そういうことじゃなかったんですけど……もういいです!」
「そう?」
良く分からないけれど、リヒト君の機嫌が良くなった気がするからいいか!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます