第3話 アイデンティティ

 町から遠ざかり、フォレストコングが出る森の中へと入る。

 倒し慣れているフォレストコングがボスのエリアなので、つい気が緩みそうになるが、ここは雑魚の魔物も比較的レベルが高い。


「油断しないで、気をつけていきましょうね」

「はい!」


 んー! 天使の笑みに癒やされる!

 以前のリヒト君は魔物がでると言うと緊張した面持ちになっていたが、今では余裕の笑顔だ。

 精神的にも逞しくなり、にっこりと微笑む顔にも男の子らしさがでるようになった。

 リヒト君推しのお姉さんは、新たな面を見せ始めたあなたにドキドキです!


 リヒト君は髪を短くしてしまったが、まだ贄の剣を普段使い用として使ってくれているし、白銀シリーズの装備も着けてくれている。

 雪の王子様のようなビジュアルは、成長して尊さ&魅力増し増しで健在だ。


「きゃあ!」


 横を歩くリヒト君の成長した横顔に見惚れていると、女性の悲鳴と獣のうなり声が聞こえてきた。

 この森は次の集落へ行くための通り道でもある。

 危険なので女性だけで通っているとは思えないが、今の叫び声から判断すると、助けが必要だろう。


「誰か魔物に襲われていますね。うなり声はフォレストコングかな? 僕、見て来ます!」


 私も行くよ、と言うより前にリヒト君の姿は消えていた。早い!

 私を一人にしても大丈夫だし、早く助けた方がいいと瞬時に判断したのだろう。素敵!

 でも、お姉さんの出番がないのは悲しい!


 それにしても、ボスであるフォレストコングが出てくるような場所ではないのだが、何かあったのだろうか。


「あ、マリアさん。こっちです」


 考え事をしながら追いついたら、リヒト君はフォレストコングを倒していた。


「さすがリヒト君! お疲れ様。倒すのが速かったわね」

「倒し方を覚えていましたし、倒した経験もあるので。記憶にあるより弱くてびっくりしました!」

「それだけリヒト君が強くなったということだよ!」

「そうだと嬉しいです。えへへ」


 相変わらず謙虚なところもかわいい。

 最近はあまりやらせてくれないけれど、なでなでしたくなっちゃう!


 襲われていたのは十人ほどで、戦える人はいたが、みんな村人だった。

 この先にある『グラニット村』から避難してきたらしい。

 村の近くに呪いをふりまく魔物が現れたそうだ。


 ……なるほど、フォレストコングもその影響で場所を動いたのだろう。


「もう、『イベント』は起きているみたいですね」

「そうね」


 私たちがこの地域にやってきたのは、とあるイベントをクリアするためだ。

 まだイベント発生まで時間があると思いクエストを受けたが……。

 イベントの重要な鍵となる『呪いをふりまく魔物』が現れたということは、既に始まっているようだ。


「あの、ありがとうございました!」


 避難してきた村人の中から若い女の子が一人、リヒト君に近づいてきた。

 その目はキラキラと輝いている。

 はい、お姉さん察しました!


 ピンチを救ってくれた絶世の美少年に心を奪われてしまったらしい。

 リヒト君は行く先々でお嬢さんたちの心を盗んでいく。

 まだまだ成長過程の現時点でこれだ。

 完成するとどうなるのか、末恐ろしい。


「無事でなによりです。それでは、お気をつけて進んでください。マリアさん、クエスト対象のフォレストコングも倒しちゃいましたし、グラニット村に行きましょうか」

「そうね」

「あ、あのっ、お礼をさせてください!」


 女の子がリヒト君に食い下がるが――。


「たまたま居合わせただけですから、気にしないでください。それでは、お気をつけて!」


 声をかけられることにも慣れ、上手なお断りも習得したリヒト君が歩き出した。

 あんなに自分に自信がない様子だったリヒト君が、立派になって……ううっ!


「今度は何に泣いているんですか? ほら、行きますよ!」


 いつもの発作か、くらいの扱いをされ、リヒト君に手を引かれる。

 女の子はリヒト君を引き留めたい様子だが、イベントが始まっているなら急がないといけない。


「どうして……おばさん……」

「!」


 お誘いを断られ、俯いていた女の子が零したワードを、私のこの耳は確かに拾った。


「リヒト君、ストップ!」

「はい?」

「すこーし、待ってて貰える?」


 首を傾げるリヒト君を置き、笑顔を貼り付けて女の子の元へと戻った。


「お嬢さん」


 俯いていた女の子が顔を上げた。

 ニコニコ顔で前に立った私を見て驚いている。


「な、なに……」


 大丈夫、取って食ったりしないから。

 そんなに怯えなくて大丈夫です。


「私は『お姉さん』です」

「なっ」

「『お姉さん』」

「だから、なにっ……」

「私はリヒト君の『お姉さん』なの! はい、言って? 『お姉さん』」

「あ、あの!」


 私たちのやり取りを見ていたのだ、女の子の家族らしき男が駆け寄ってきた。

 父親かな。


「すみません。この子が何か……?」

「何もありませんよ。ただ、一点修正して頂きたいことがありまして」


 笑顔は崩さず――だが、圧は倍増させた。

 さあ、言いましょう。

 笑顔の私、困惑する父に挟まれた女の子は……。


「……お、お姉さん」

「はい。私はお姉さんです。では、お気をつけて!」


 満足したので、別れを告げてリヒト君の元へと戻った。


「どうかしたんですか?」

「なんでもないわ。私のアイデンティティを守ってきたの!」

「?」

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