第32話 勇者

 姿が変わってしまったカトレアは気を失っている。

 ゲルルフが罰を受けた二人を保護してくれるようだ。

 二人のことは任せ、私はリヒト君に集中しよう。


「がんばれ、リヒト君……!」


 リヒト君と影人間の戦いが続いている。

 カトレアとダグの変化にも気づいているはずだが、自らの戦いに集中出来ている様子だ。

 私なら、あんなことを見たら動揺してしまう。

 リヒト君はすごい!


 影人間とリヒト君は同じ力量のため、拮抗した戦いが続いている。

 大精霊が生み出した影人間に疲労はないだろうから、生身の人間であるリヒト君の方が分が悪い。

 心配だよ!

 加勢したいという気持ちがどんどん強くなる。


「うっ……!」


 予想していた通り、わずかにリヒト君に疲れが見え始めた。

 攻撃を防ぎきれず、ダメージを受けてしまっている。

 操られていた間の戦闘で体力も減っていただろうし、これ以上戦いを続けていると危険だ。


 そろそろ私の出番かも……!

 リヒト君が大けがをするくらいなら今は勇者にならなくてもいいし、罰があるなら私が受け入れる!

 ギリギリまで我慢しようと、いつでも飛び出せるように構えて見守るが……。

 段々と影の勢いがリヒト君を追い詰めていく。


「くっ!」


 激しい攻防のあと、影とリヒト君は距離をとった。

 影人間にダメージを受けた様子はないが、リヒト君は立っていられず膝をついてしまう。


 影はそのチャンスを逃さず、リヒト君に襲いかかる。

 疲れたリヒト君が影の攻撃を防ぎきれるか分からない……!

 もうだめ! 私、手出しをしちゃうね!

 ごめん、リヒト君! あとでいっぱい謝るからー!

 私はリヒト君に襲いかかる影人間に斬りかかったのだが……。


「すり抜けた!?」


 影人間を確かに斬ったのだが、まったく感覚がない。

 空を斬っただけだ。


 私の攻撃を相手にせず、影人間はリヒト君に向かって行く。

 どうしよう! と焦ったが、リヒト君のピンチに行動を起こしていたのは私だけではなかった。


「大神官様!」


 リヒト君の盾になるように、大神官様が立っている。

 大神官様は私よりも精霊に詳しいはずだ。

 私はスルーされてしまったが、影人間の攻撃を阻む術があるかもしれない。

 大神官様が魔法を使い、影人間の攻撃を受ける体勢に入った。


 影人間の攻撃と、大神官様の魔法――白い光がぶつかると、激しい衝撃波が起きた。

 私は吹っ飛びそうになるのを必死に堪える。


「大神官様っ!」


 リヒト君の悲痛な叫び声に顔を向けると、倒れている大神官様がいた。

 影人間の一撃は防げたようだが、大神官様は大きなダメージを負ってしまったようだ。


「……大丈夫だよ」


 よろよろと起き上がった大神官様がリヒト君を安心させるために笑って見せているけれど、どう見ても大丈夫じゃない。

 早く二人を助けないと!

 慌てて駆けつけた私は、影人間から大神官様とリヒト君を守ろうとしたが……突然体が動かなくなってしまった。

「…………!?」


 叫んだけれど、声もでない。

 何故――と思った瞬間には、真っ白な空間ではなく、私は真っ黒な空間にいた。


「……お姉さん!? 大神官様!?」


 暗闇の中にいるのに、先程までいた光景――リヒト君の姿が見える。

 まるで目をつぶって映画を見ているような不思議な感覚だ。

 どうなっているの?


 私と大神官様がいなくなり、リヒト君はとても焦っている様子だ。

 真っ暗なこの空間には何も見えないけれど、大神官様も囚われているのかもしれない。

 リヒト君の試練を邪魔しないように隔離されたのだろうか。


「二人をどこに連れていったんだ! 二人を帰せ!」


 私たちの姿が見えないのは大精霊の仕業だと悟ったリヒト君が、影人間に斬り込んでいく――。


「リヒト君、動きが速くなっている! すごい!」


 疲れで失っていた勢いが戻っているように見える。

 まだこんな力が残っていたなんて!

 声は出ないけれど、全力でリヒト君を応援する。リヒト君頑張れ~!!!!


「お姉さんは僕が守るんだ!大神官様も……! 僕は……勇者だ!」


 リヒト君の叫びに応えるように、手にしている大精霊の武器が真っ白な強い光を放った。

 そして――。

 渾身の一撃が影人間を圧倒する。


『…………ッ!!!!』


 影人間の声にならない悲鳴が聞こえた気がした。


 後方に吹っ飛んだ影人間がちりぢりになり、消えていく。

 やがて真っ白な空間から黒がなくなり、リヒト君だけが残った。


「倒した……?」


 リヒト君の呟きが聞こえた瞬間、私の視界が白くなった。

 眩しくて思わず閉じた目を開けると、視線の先にはリヒト君が立っていた。

 戻って来た!!


「リヒト君!」

「お姉さん! わあっ」


 リヒト君に飛びつき、ぎゅうぎゅうと抱きしめる。


「頑張ったね、リヒト君! すごかった! すごかったよ!」


 もう、なんて子なの!

 勇者であることは分かっていたけれど、こんなに大変な試練を乗り越えるなんて!


「はっ! どこも怪我してない? 痛いところない!?」


 勢いに任せて飛びついてしまったが、痛くなかっただろうか!

 体を離して確認してみたが、命に関わるような大きな怪我はなけれど、無傷ではない。

 血が出ているし、どこか骨が折れているかもしれない。

 慌てて魔法をかける。

 回復! 回復! 回復!


「お、お姉さん、もう大丈夫だから……! 回復魔法はもういいですっ」

「だめよ! 私の残っているMPを使い切るまで! …………?」


 クスクスと笑い声が聞こえたので振り返ると、大神官様がいた。

 そういえば、大神官様も怪我をしている!

 大神官様にも回復魔法をかけようとしたが、手で制された。


「私は結構です。自分で治せますから。思う存分、勇者様を癒やしてあげてください」

「本当に大丈夫ですか? MPはありますか?」

「大丈夫です。お気遣いなく」


 まあ、私より大神官様の方が回復系も得意だろう。


「…………」

「リヒト君?」


 リヒト君がジーっと大神官様を見つめている。

 見つめるというか、観察しているというか……どうしたの?


 気になることでもあるのかと聞こうと思ったそのとき、どこからともなく声が聞こえてきた。


『試練は終わった』


 光の大精霊の声だ。

 私と大神官様はハッと息をのんだ。


「リヒト君は見事に試練を乗り越えたわ! 手を出してしまった罰は、私が受けます!」

「いえ、すべての責任は私にあります!」


 どこにいるか分からない大精霊に向けて叫ぶ。

 私と大神官様の必死な叫びを聞いて、リヒト君も焦り始めた。


「一人で試練を乗り越えられなかった僕が悪いんです! 二人は僕を助けてくれただけです! 罰なら僕が!」

「ダメよ! 罰は私が受けるの!」

「お二人に非はありません! すべては私が……!」


『…………ふ』


 三人で叫んでいると、微かな声が聞こえた。

 大精霊が笑った?

 思わず三人で顔を見合わせた。


『この場にいる者は、罰を与えられた者の末路を見ていた。試練を妨害すれば、同じ目に遭う可能性も考えたはずだ。だが、二人はそれを覚悟した上で君を救った。それほどまで君を大切に思う人がいるということも、君の力のひとつだ。……罰が必要な者はいない』


「大精霊様……」


 リヒト君がぎゅっと大精霊の武器を握りしめている。

 目に涙がたまっているけれど、もちろん悲しい涙ではない。

 私と大神官様は、大精霊から言葉を貰っているリヒト君を温かく見守る。


『お前の守りたいという気持ちが影を倒した。自らを越えたのだ。心を力にかえる――。それは勇者に必要なことだ。お前が今、握りしめている者は既に……お前のものだ』

 

 大精霊がそう言うと、リヒト君の手にある大精霊の武器がきらりと光ったように見えた。


 そして、大精霊の声が聞こえなくなると白の世界は消え、私たちは廃墟のような場所にいた。


 思わず呆然としてしまったが……改めて「終わった」のだと実感できた。


 はああああ、よかった~~~~!

 リヒト君は操られちゃし、試練が始まっちゃうし、どうなることかと思ったよ!


「み、認めてもらえたんですよね?」

「うんうん。やっぱり君が勇者だよ!」

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