第33話 別れ

 私たちが落ちつくと、反対に周囲が騒がしくなってきた。

 大神官様が手配していた者たちや冒険者がやって来て、カトレアに操られていた人達を介抱している。

 ゲルルフはすっかり姿が変わってしまったカトレアとダグを連れ出すように指示をだしていた。


 その様子を眺めながら、大神官様が約束をしてくれた。


「カトレアとダグは神殿で預かります。悔い改めるよう努めましょう」


 あんな状態になってしまったし、さすがにもう絡んでくることはないだろう。

 今まで散々嫌な思いをさせられたが、やっと終わったのだ。

 カトレアとダグは死んではいないものの、死ぬよりつらいかもしれない罰を受けた。

 ……あまりすっきりする終わりではなかった。

 いつかあの二人が元の姿に戻る日が来たらいいなと思う。


「勇者様、大精霊の武器に名を与えてください」


 大神官様が、大精霊の武器をまじまじと見つめていたリヒト君に声をかけた。


「名前、ですか?」

「ええ。勇者様に名を与えられることで大精霊の武器は定まり、力を発揮するようになるのです」

「そうなんですか! えっと……名前……名前……」

「リヒト君、ネーミングは大事よ! 勇者様の武器だからかっこいい名前にしなきゃね! 光の大精霊の武器だからシャイニングエクスカリバーとかどう?」

「…………ダサいな。マリアベル様の意見は参考にせず、勇者様がお決めになった方がいいでしょう」

「ねえ、大神官様。小声でダサいって言わなかった? 確実に言ったわよね? ねえ?」

「…………」


 大神官様、リヒト君の思案待ちのフリをして笑顔で無視をするのはやめてください。

「大神官様ってば結構いい性格をしているわね」と思っていると、リヒト君から視線を感じた。


「どうしたの?」

「あの、大精霊の武器の名前……お姉さんの名前を貰ってはだめですか?」

「え?」


 リヒト君の言葉にきょとんとしてしまう。…………私?


「『マリアベル』にするってこと?」

「だ、だめですか? 大切にしたいて思ったら、お姉さんの名前が浮かんで……」

「…………っ!! リヒト君!!」


 歓喜の涙がぶわっと溢れそうになった。

 そんなことを言われて拒否を出来る人がいるはずない!

 それに剣としての相棒も『マリアベル』だなんて、お姉さん嬉し過ぎます!


「お姉さんはもちろんOKだよ~!」

「やった! あの、大神官様。『マリアベル』でいいですか」

「よいと思いますよ」


 大神官様が優しく微笑んだ。

 この人、本当に優しい目でリヒト君を見るなあ。

 そんなことを思いながら眺めていると、大神官様は姿勢を正して私たちを見た。


「……勇者様、マリアベル様。私共の六聖神星教アレス神殿に来ていただくことは出来ませんか?」


 改めてそう聞くということは――。


「それは……ただ立ち寄って欲しい、という話ではないですよね?」

「ええ。私共のところに所属して欲しい、というお願いです。衣食住は保証しますし、勇者様に無理な依頼をすることはありません。ご希望に沿うよう努力することをお約束します」


 悪い話ではないと思う。

 この大神官様は信用出来そうだし……。


「リヒト君、どうする? 神殿でお世話になる?」


 リヒト君が安心するならお世話になったらいいと思う。

 お姉さんはリヒト君がどこに行ってもついて行くからね!

 リヒト君がどんな答えを導き出しても私は頷く所存!


 少し思案していたリヒト君だったが、答えは決まったようだ。

 大神官様を真っ直ぐ見ると、口を開いた。


「ごめんなさい。僕はお姉さんと旅をしたいです。世界を見て回って立派な勇者になりたいです。この大精霊の武器を、困っている人のために使いたい。それに……僕はお姉さんのことも守れるようになりたいです。だから神殿には行きません」


 私と旅をしたいと言ってくれた……お姉さんもそれが一番嬉しいよ!

 リヒト君の答えを聞いた大神官様は、少し寂しそうに微笑み、頷いた。


「……分かりました。でも、いつでも尋ねて来てください。私はあなた達の味方です。困ったときには、必ず力になります。そして……次に会ったときには、勇者様に聞いて頂きたいことがあるのです」

「次? 今じゃだめなの?」

「はい。次ぎに会った時に……」


 大神官様が恐る恐るリヒト君の手を握った。


「勇者様、どうかお気をつけて」

「…………」


 リヒト君がジーっと大神官様を見ている。

 以前も観察するように大神官様を見ていたけれど、何か気になることがあるのだろうか。

 大神官様もリヒト君を見つめている。

 二人の間には切り離せない絆があるように見えた。


 しばらく二人は手を繋いでいたが、リヒト君が大神官様の手を放した。

 そして、去ろうとしたが……。


「理人!」


 大神官様はリヒト君を引き寄せて抱きしめた。


「この世界で、たくさんのことを楽しんで来てください。身体を大事に――。決して無理はしないで……。離れていても、私はいつもあなたの無事を祈っています。……あなたの進み道に光がありますように」

「……ありがとう」


 リヒト君は驚いていたが、静かに大神官様の言葉を受け取っていた。


 大神官様は心からリヒト君を想っているのが伝わってきた。

 リヒト君が操られていた間も大神官様はずっとリヒト君を最優先に動いていた。

 大神官様にとってリヒト君はどんな存在なのだろう。


「……じゃあ、僕。行くね」


 リヒト君が体を離し、微笑んだ。


「はい。それでは、また……」


 大神官様とはお別れの時間だ。


「いってらっしゃい」


 歩き出したリヒト君に大神官様が声をかけた。

 大きく手を振って送り出してくれている。


「いってきます!」


 リヒト君は眩しい笑顔で手を振り返し、前へ歩き出した。


「……お姉さん」

「うん?」

「お姉さんって、生まれ変わる前と変わらないもの――同じことってありますか?」

「えー? どうだろう。私は前世の記憶があるから、見た目以外はあまり変わらないかも……。それがどうかしたの?」

「いえ、何でもないです!」


 どうして急にそんな話をしたのか分からないが、リヒト君は嬉しそうに笑っていた。


「……また会いに来るね。……お母さん」

「リヒト君?」

「なんでもないです。いきましょう!」







「待ってくれ!」


 ダンジョンを出たところで呼び止められた。

 振り返るとそこにいたのは、とても見覚えのある金髪の美少年だった。

 私たちが大神官様と別れの挨拶をしていた間、一連の騒動で色んなショックを受けたルイは、ずっと呆然としていたが、再起動して追いかけて来たようだ。


「師匠! オレも連れていってくれよ!」

「誰が師匠か」


 ひとまずツッコんだが……ルイも私達について来たいようだ。

 どうしようかな。

 ちらりとリヒト君を見ると、リヒト君も悩んでいるようだった。


「ルイ君はここを離れる前に、まず『ごめんなさい』をしないといけないと思う」

「どういうことだ?」

「カトレアさん達と一緒にいて、迷惑を掛けた人はいない?」

「それは……。でも、オレが決めてやったんじゃないし……」

「でも、止めなかったんだよね? それに、僕は困っている人を助けられる勇者になるって決めたけど、ルイ君はどうするの?」

「…………」


 リヒト君の言葉にルイは黙り込んでしまった。

 色々考えているのだろう。

 ……すぐに答えを出す必要はない。


「ねえ、ルイ。この世界でどう生きていくか。今まで迷惑をかけたことを反省しながら、ゆっくり考えてみたら?」

「え?」

「光の大神官様の元でなら、この世界のことも色々聞けるし、良くしてくれるはずよ。私達とも連絡が取れるだろうしね」


 ルイもある意味カトレアの被害者だと言えるし、丁重に扱ってくれるはずだ。

 大神官様ならルイの話もちゃんと聞いてくれるだろう。


「考えた結果、ついて行きたいって言ったら、連れていってくれるのか」

「そうね。それがあなたが真剣に考えた結果なら」


 私の言葉に、隣にいるリヒト君も頷いた。


「……分かった。正直、今は何をしたらいいのか分からない。別に勇者も、『自慢出来るな』って思っていたくらいで、本気でなりたかったわけじゃないし……。ゆっくり考えてみる」


 そう言うとルイは一歩下がった。


「ルイ君、また会おうね」

「ああ」


 にこにこ笑うリヒト君につられたのか、ルイも笑顔になっていた。

 いいなあ、少年同士の友情。

 お姉さん、またうるっときちゃうよ!


「おい!」


 歩き出していた私達をルイが止める。

 振り返ると、ルイは何故か恥ずかしそうにもじもじしていた。


「ルイ君?」

「だから、その……今まで悪かったな。オレ、別にお前が嫌いなわけじゃないからな! どんくさいとは思っているけどさ!」


 ツンデレだああああっ!

 空気を読んで声には出さなかったが、思わず心の中で叫んでしまった。


「うん! 僕も! もっとルイ君と仲良くしたかったよ! 今度あったときは一緒に遊ぼうね!」


 カトレアがいなかったら、二人は親友になれていたかもしれない。

 ううん、これからでも仲良くなれるはず!

 同じ世界からきた仲間だし、ルイとは続けて連絡を取っていきたい。


 二人が交わした言葉は少なかったが、今までのわだかまりはなくなったように思う。

 成長した二人がいつの日か助け合う日が来たらいいな。


「お姉さん」

「うん?」

「僕、立派な勇者になりますね。この大精霊の武器に、『マリアベル』に相応しい勇者になります」


 リヒト君がマリアベルを掲げる。白銀の刀身がキラリと輝いた気がした。


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