第12話 ファンの掟
リヒト君を推したい気持ちは分かる。
もちろん私は同担拒否、なんてことはしない。
一緒に推しを盛り上げていきたい!
あ、でも、『一番の仲間』のポジションは絶対譲りません!
そう心の中で意気込んでいると、こちらを見ていた村人の女性と目が合った。
大きなカゴを背負った恰幅のいい中年女性で、すごい勢いで走ってくる。何!?
「あなた達! 炎の勇者様と騎士団を手伝ったんだってね! おかげで村の者は誰も死なずにすんだよ。ありがとうね!」
そう言うと女性は、リヒト君にどーんと果物を渡してきた。
どうやらこの女性……いや、彼女だけではなく、多くの村人たちは、樹竜の件を解決したのはアレクセイと騎士団だと思っているようだ。
私たちはそのお手伝いをした子たち、という認識らしい。
騎士団の人やアレクセイも活躍したけれど……。
リヒト君がいなければ、『呪われた魔物を倒して終わり』になっていたのだ。
樹竜が本来の姿に戻り、すべての呪いが解けて、森や人が回復したのはリヒト君のおかげだ。
わざわざ話して騒動にするつもりはないけれど、つい言いたくなってしまう……!
そんな私とは違い、リヒト君はニコニコしながら果物を受け取った。
「わあ、貰ってもいいんですか? ありがとうございます! 美味しそう」
ひけらかすことのない正義。さすがリヒト君!
素敵だわ!
村人たちに褒めたたえられなかった分は、お姉さんが全力で還元します!
「『手伝った』、ではありません!!」
リヒト君をどうやって労うか考えていたら、シャールカの大きな声が聞こえてきた。
怒っているような声に、私とリヒト君はびっくりだ。
そして、私たちと同じように驚いている女性にシャールカは詰め寄り、捲し立てた。
「こちらの光の勇者様――リヒト様が呪われていた樹竜を解呪して救ったことにより、解決したのです! 炎の勇者様や騎士団も活躍されましたが、リヒト様がいなければ村はもっと悲惨な――」
「ちょ、ちょっとー!」
私は慌ててシャールカの口を塞ぎ、女性から引き離した。
「わざわざ言わなくていいから!」
「うー! うー!」
口を押えたまま言い聞かせたが、シャールカは納得していない様子だ。
目は私を睨んでいるし、必死に何か叫ぼうとしている。
「あ、あの、果物ありがとうございました!」
私がシャールカを抑えている間に、リヒト君が女性にお礼を言って別れ、騒ぎを起こさないようにしてくれていた。
面倒なことにならなくてよかった……。
困惑しながらも去って行った女性の姿が見えなくなり、私はシャールカから手を離した。
「ぷはっ! ちょっと……息がっ……!」
「あ、ごめんね」
「ごめんね、って! 死んだらどうするんですか! いえ、今はそれより! どうして私を止めたのですか! 村人たちにはリヒト様の功績を正しく認識して頂かないと!」
「だから! わざわざ騒ぎ立てる必要はないの!」
「どうしてですか! 炎の勇者様は村にいる間、村人たちから称賛されていました! それは当然のことですが、リヒト様がいたからこそ村は再生できたのです! 光の勇者様がいなければ、森が蘇ることも、呪われた人が救われることもなかったのですから! だから、炎の勇者様以上に称賛されるべきです! やっぱり、今から村長にリヒト様を称える祭りを行うように進言して来ま――」
「祭りだなんて! 恥ずかしいです! 絶対やめてくださいっ!」
走り出そうとしたシャールカを、リヒト君が慌てて止めた。
珍しくリヒト君が必死だ。
「そ、そうよ、落ち着いて……」
私も慌ててシャールカの腕を掴んだ。
ごめんね、リヒト君。
お姉さんもちょっと、「リヒト君を称える祭り……いいかも……」と思っちゃった!
だから制止するが遅れてしまったよ。
それにしても、シャールカがこんなに暴走するタイプだったとは驚きだ。
推しは人を狂わせるというか、人格をあぶり出すというか……。
いや、今は妙な悟りを開いている場合じゃない。
「いい? シャールカ! ファンが一番やってはいけないこと。それは、推しに迷惑をかけることよ!」
「?」
「あなたはリヒト君に迷惑をかけたいわけではないでしょう?」
「…………っ! それはもちろん!」
シャールカは大きく頷くと静かになった。
分かってくれたのか、と思ったが……。
「リヒト様!」
「はっ、はい!」
シャールカはカッと目を見開くと、リヒト君に向けて力説を始めた。
「勇者というのは、大きな責任を負うことになります。普通の人よりも多くの苦しみを味わうことでしょう。だからこそ、人々の感謝や称賛は、勇者様が受けるべきものなのです! 遠慮することはありません。あなたは村を救ったのですから、称賛を浴び、手厚いもてなしを受ける権利があるのです!」
そうきたか!
まさか、自分が改めるのではなく、リヒト君の方を変えようとするとは!
「あのね、シャールカ。確かに、あなたの言うことも一理あるけれど、リヒト君がそれを望んでいないの!」
リヒト君の慎ましさは、リヒト君の内面を表している、素敵で、可愛くて、愛おしい部分なの!!
改めさせようとするなんて許せない!
私は鼻息荒く、シャールカの意見を跳ね飛ばしたが……シャールカも引き下がらない。
「そんなはずはありません! 私は勇者様にまつわる記録をたくさん読んでいます。今までの勇者様……特に光の勇者様は人々から慕われ、崇められてきました。王族と結婚し、のちに王になった方もいるくらいです。リヒト様もそうあるべきだと思いませんか!?」
「け、結婚ですって!?」
ゲームではそんな話は聞いたことがない。
でも、勇者について調べているシャールカが言うなら、この世界にはその事実があるのだろう。
リヒト君がお姫様と結婚……!?
私はリヒト君が幸せになるなら応援するけれど……まだ結婚なんて早い、早すぎるよ!
でも、リヒト君が結婚すると言うのなら、お姉さんは応援……あっ、涙が出てきた。
「リヒト君……結婚式には呼んでね……うぅっ」
「マリアさん、何を言っているんですか! 僕はマリアさんと旅をしているんですよ? 立派な勇者になる前に、け、結婚とか……そんなの、ありえませんから!」
焦った様子で否定するリヒト君を見て、ひとまず落ち着いた。
リヒト君は私が静かになったのを見届けると、シャールカに向かって話し始めた。
「あの、シャールカさん。僕は別に褒めて欲しくて、誰かを助けているわけじゃありません」
「そ、それは! 分かっています、でも……」
「僕にとって大事なことは、マリアさんと一緒に旅ができること。そして、立派な勇者になることなんです。だから、助けた人が感謝してくれることは嬉しいけれど……。誰かに負担をかけたり、旅がしづらくなるのは嫌です」
「…………」
そこまで言われると、シャールカも黙った。
でも、顔を見るととても不満そうだ。
リヒト君のことを思って言ってくれてることは分かるけれど、考えを押し付けるのはよくない。
そう言おうと思っていたら、先にリヒト君が言葉を発した。
「僕のことを考えてくれてありがとうございます」
「!」
私なら一撃必殺の笑顔付きで発せられた言葉に、シャールカは固まった。
どうやらシャールカも一撃必殺されてしまったようだ。
分かる……。
リヒト君ってば時折、ずどーんと心臓を貫くようなことを言うの!
シャールカは中々再起動できないようで停止したままだが、私たちは去ることにした。
今日は色々あったし、早くゆっくり休みたい。
「とにかく、リヒト君の意に沿わないことはしないようにね」
一応念を押し、私たちは歩き始めた。
「あの!」
「うん?」
硬直が解けたのか、呼び止めるシャールカの声に足を止め、振り返った。
まだ何か用?
「私もリヒト様のお供に加えて頂きたいです!」
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