第17話 ドルソ

「ぎゃああああああ!!!!」


 朝の宿に私の悲鳴が木霊した。

 私が使っている部屋の隣が空室になったのでリヒト君用に取り、昨夜は別々に休んだ。

 朝になって迎えに来たのだが、ノックをすると扉から出てきたリヒト君を見て私は大絶叫だ。


「お、お姉さん?  ……うぅ?」


 リヒト君のほっぺを両手で挟んで真正面から確認する。

 口がタコみたいになっているけど、無意識にお布施しちゃうくらい可愛い……じゃなくて!

 ああ……やっぱり……なんてこと!


「リヒト君の! 美貌が!」

「?」


 リヒト君の目の下に! クマが!

 昨日は大男のクマーと知り合いになったが、このクマとはお近づきになってはいけないクマー!


「夜更かししたでしょ!」

「あっ……ごめんなさい」

「魔物の情報を覚えていたの?」

「……はい」

「もう、偉い! でも駄目! ああっ良い子! でも駄目!」


 褒めたいけれどちゃんと寝ないと身体に悪いし、判断力も鈍る。

 そしてなりより美貌に陰りが!

 でも最高に良い子、褒めちぎりたい!

 でも、でもっ、ちゃんと寝て貰わなきゃ!


「リヒト君が寝不足だとお姉さんは情緒不安定になっちゃう! ちゃんと寝るように!」

「分かりました……」


 クマがあっても病に伏す美少年という感じでいつもとは違う魅力に溢れているが、心配で今度は私が寝られなくなってしまいそうだ。

 睡眠不足による不調は栄養をとって少しでも改善して貰わなきゃ。


「じゃあ、朝食を食べにいきましょうか」

「はい!」


 ジークベルト達とこの宿の食堂で一緒に朝食をとる約束をしている。

 下に降りて食堂に入ると、昨日と同じテーブルにジークベルト達の姿があった。

 だが、六人用のテーブルは四席埋まっていた。

 昨日より一名増えている。


「よお、マリアベル。今日も美人だな」

「どうしてあなたがいるの? ギルドマスター『代理』」


 座っているのはファインツだった。

 私の知っているカラーリングのファインツだ。


「代理の部分を強調して言うな」

「今からあなたを『代理』と呼ぶことにするわ」


 そう零しながら空いている隣の四人席に腰を下ろした。

 リヒト君には私の向かいの席を勧めた。

 ファインツとクマーがいるから一緒に座るのは狭い。


「いやあ、昨日ジーク様から聞いてな。謝りに来たってわけだ」


 話ながらファインツは移動し、私の隣にどかりと座った。

 何故こっちに来た。

 椅子ごと少し移動し、距離を空ける。


「私達はクエストを受けたわけではないから謝って貰う必要はないわ。というか、ジーク『様』?」


 ジークベルトってそんなに偉い人だったの?

 確かに見た目だけでいうとお坊っちゃま――家のことは兄達に任せて遊んでる良家の三男風に見える。

 中身は意外に真面目そうだけれど。

 しかし私の中で偉い人というと浮かんでくるのはカトレアなので、自動的にジークベルトの好感度が下がった。


「い、いや……俺はただの冒険者で……」


 私にジロリと睨まれ、ジークベルトがオロオロし始めたがファインツが身を乗り出して視界に割り込んできた。


「謝りに来たとか、そんなもん口実に決まってんだろ? お前に会いたかったんだ」

「リヒト君、明日の朝食は和食にしたいから今日はお魚釣ろっか」


 ジークベルト達と同じパンとサラダにスープという一般的な朝食を頼んだ後、リヒト君に話をふった。

 私の隣にいるのは地縛霊だから反応したら取り憑かれる。

 無視が一番だ。

 ファインツの大きな身体が邪魔だが、これは壁だと思いながら隣のテーブルに声をかける。


「で、クエストについて新たに分かったことはあった?」

「大きな変化はないが……黒い人影は増えているそうだ。あと明かりをつけると人影が群がって来て消していくらしい」

「ああ」


 黒い人影は闇の精霊達で、照明器具に使われている光属性の魔法に反応しているのだ。


「ご存じだったのですか? あれから村に?」


 シャールカに聞かれて焦る。

 つい、「あれね」という感じで頷いてしまっていた。

 行っていないのに知っているのはおかしい。

 まだ頭が寝ているのかぼーっとしてしまった。


「行ってないけど、人影は増えるんじゃないかなあって、なんとなく思っていたから」

「私が見る限り、人影は魔物の類いではありませんでした。だとすると精霊の可能性が高いのですが、何故あのように姿を現して徘徊しているのでしょう」


 徘徊するというより、影竜を生み出すために集まって来ているんだけどね。

 とにかく、これといった情報もないし、ジークベルト達とは別行動にしよう。

 一緒にいた方が私がボロを出しそうだ。


「私達は今日から村に行くわ」


 自分達の目で見て判断し、動いた方がいい。


「俺達も……」

「それは遠慮します」

「どうしてだ? 俺が受けた依頼だ」

「終わったら伝えるから。あなたがクエスト達成したと報告すればいいわよ」

「一応それ、受けた依頼を他人にやらせちゃってるってことで規約違反なんだけどなあ? まあ、デートでもしてくれりゃ目を瞑るが」


 地縛霊が何か言っているが聞こえない。


「私達にも都合があるもの。好きにさせて貰えないかしら。あなた達と私達、それぞれ行動して結果的に解決すればそれでいいでしょう?」

「俺達には解決する術がない。……手伝わせては貰えないか?」

「お断りします。何が出来るか、自分で見つけてください」


 ジークベルトが険しい顔でこちらを見ているが、もぐもぐ食べながらあしらった。

 リヒト君ももぐもぐしているが、私とジークベルトを心配そうに見ている。


 ……そんなリヒト君に周りのテーブルの人達は見惚れていたりするわけだが。

 昨日ほどではないが、今日もリヒト君は周りの視線を集めている。

 今日はリヒト君の他にも目を引くタイプのファインツとジークベルトがいる。

 居心地が悪い。

 早く食べて出発しよう。


「我々ではどうすることも出来なかったのですから。仰る通りに致しましょう」


 まだ険しい顔で私を見ていたジークベルトだったが、シャールカに説得されると立ち上がった。


「……失礼する」


 こちらを見ないまま呟くと、そのまま去って行った。

 物凄く納得していない顔だったな。

 こっそりついて来られたりしないか警戒しておこう。

 というかあなた、朝食がまだ残っているのでは!?

 お残しは許しません! ……と思ったらクマーが食べた。

 そういえばクマーはまだ一言も発していない。

 隣の地縛霊のように無駄に喋るよりはずっといい。

 クマーと目が合ったので頷くと頷き返してくれた。

 何かが通じ合えた。


「では、私達も引き上げましょう。その前に……少し、宜しいでしょうか」


 食事を終えたシャールカが私達のテーブルに……というか、リヒト君の隣に立った。

 もぐもぐしていたリヒト君は話しかけられるとは思っていなかったようで驚いている。


「祈ってもよいでしょうか」

「え? はい?」

「ありがとうございます!」


 リヒト君は肯定したわけではなったのだが、シャールカはすぐにリヒト君の前に跪くと両手を組んで祈り始めた。

 私は呆然、リヒト君はフォークを持ったまま固まっている。


「……ありがとうございました!」


 祈り終えたシャールカは恍惚とした顔で礼を言い、フリーズしたままの私達を残してクマーと共に去って行った。


「お、お姉さん……」


 リヒト君が私に解説を求めているが、お姉さんにもよく分かりません。

 もしかしたら光凶徒?

 それか単純にリヒト君の神々しさに魅せられてしまったか。


「リヒト君沼に落ちたのかもしれないね」

「僕の沼? ですか?」


 落ちてしまう気持ちは分かる。

 だがしかし!

 リヒト君沼の先駆者として、後から落ちてきた人達を受け入れる気持ちはあるけれど、「私はリヒト君の仲間第一号で沼落ち一号だ!」というマウントはきっちり取らせて貰います。

 リヒト君には色んな人と仲良くなって欲しいけど、今のポジションは絶対に譲りません!




 朝食をとった後は部屋に戻り、準備したものを持って私とリヒト君はドルソへとやって来た。

 ドルソへは崖沿いの狭い道を通ったり、崖の中の洞窟を抜けたりと楽ではなかったが、私がショートカットの通路を覚えていたので割と早く着いた。

 ドルソの存在は忘れていたけど、思い出したら芋づる式に記憶が蘇ってきた。

 私はこのパターンが多く、今までも色んなところをうろついては思い出し、装備やアイテムなどを回収して回った。


 今回もショートカットになる隠し通路の他にアイテムを拾ってきた。

『精霊の松明』というもので後で役に立つ。

 リヒト君には「薪拾いですか?」と言われてしまったくらいただの薪に見えるんだけどね。


「まだお昼なのに暗いですね。……下を見ると怖いです」


 ドルソの民家は崖の出っ張りの上に建てた小屋やテント、洞窟をそのまま利用していたりと形は様々だが、どれも質素だ。

 その民家間を繋ぐ道となるのはロープと木の板を使って作られた橋。

 この橋も日本のように設計して安全に作られている分けではないのでかなりスリリングだ。

 橋の下はまだまだ底がみえず、落ちたら確実に命はない。


「崖の間で陽の光があまり届かない上に、今は明かりをつけられないからね」

「人影が消しに来るって言っていましたね」

「そう。だからこれがあると助かるの」


 拾ってきた精霊の松明に魔法で火をつけた。

 火の精霊の力が宿っているので普通の火より何倍も明るく、この松明も炭になることなく燃え続ける。


「凄く明るくなりましたね! うわあ、でも周りが見えると高さが分かるから余計に怖いかも」

「リヒト君は高所恐怖症?」

「……ではないはずなんですけど、ここはちょっと怖いです。あ、人影ってあれですね。わあ、精霊って分かっていても怖いですね」


 リヒト君が指差す方を見ると、ゲームで見たものと同じ人影がふらふらと歩いていた。

 いや、よく見ると村中にかなりの数の人影が歩き回っている。

 その姿はおばけ……というか、この世界だと魔物のように見える。

 精霊だと知らない村人達は恐ろしい思いをしているだろう。

 これだけ数が増えているということは影竜の誕生が近いということだ。


「ああああああ!! 明るくしては駄目です!!」

「あいつらが集まって来るよ!!」


 叫び声と共に橋の板をバタバタと走ってくる音が聞こえた。

 駆けてくるのはリヒト君よりも小柄な二人。

 子供かと思ったが……よく見ると大人でも子供のように見える小人族だ。

 小人族の二人は直進してくると、私の手にある精霊の松明を奪おうとしてきた。

 だが取られないよう、自由の女神スタイルで高く持ち上げた。


「ドルソの村人?」

「そうです! ああ、早く消して!」


 ぴょんぴょん飛び跳ねて必死に手を伸ばすが、私の手にある松明には全く届かない。

 くたくたのポンチョのような服。

 ぼろぼろの大きなチューリップハットを被っていて顔は口元くらいしか見えない。

 一人は全体的に渋い緑、もう一人は赤茶色。

 かぼちゃとさつまいも感……。

 決して可愛いと言える容姿ではないのだが、なんだか凄く可愛い。

 この必死な感じも可愛い……って、早く説明してあげないと可哀想か。


「大丈夫よ。ほら、周りを見てみて。人影は集まって来ないでしょう?」

「え?」


 私の言葉を聞いて二人はキョロキョロと周囲を見渡した。


「ほ、本当だ……」

「あいつら来ない……」

「「ふあっ!?」」


 喜びで飛び跳ねようとしていた二人だったが、私の隣にいるリヒト君に目を止めると、声も動作も見事にシンクロしながら驚いた。


「白い! 綺麗!」

「白い! 尊い!」

「「光の精霊様だ!」」


「ははーっ」という効果音が付きそうな平伏す二人。

 ああー……ここの人達、光凶徒ではなくて闇凶徒なんだけど光も大好きなんだよね。

 光凶徒は「光が至上!」という考えが多いのだが、闇凶徒の人達は「闇と対となる光も素晴らしい」という感じに大らかだ。

 ファンタジーな物語だと闇属性は悪側にあること多いが、この世界では一番まともに思える。


「あの、えっと……」


 リヒト君が助けを求めてくるが、私は「うんうん」とただ頷いた。

 確かにリヒト君は綺麗で尊い。

 君達はよく分かっている。

 私が何も言うつもりがないのを悟ったリヒト君が自分で解決しようと二人に話しかけたが……。


「あの……僕は精霊ではなくて、リヒトっていいます」

「「リ ヒ ト 様!? やぱり精霊様だー!!」」


 二人は更に平伏してしまった。

 それはそうだろう。

 大精霊と同じ名前が出てきたのだから。


 あ、そうだ。

 悪い大人の私は閃いた。

 嘘は言わないが、この二人の勘違いを上手く利用して動きやすくさせて貰おう。


「ねえ、リヒト君。二人に火の明かりだと人影は寄って来ない、大丈夫だってこと教えてあげて。近々人影も出なくなるから、安心してってことも」


 ツンツンとリヒト君を突いてこっそり告げると、「僕がですか?」と少し不思議そうだったが「お願い」と頼むと実行してくれた。


「火の明かりだと奴らは来ませんよ。もうすぐ僕達が人影が現れないようにします。あと少し待っていてくださいね」

「精霊様がお救いしてくださる!」

「精霊様ありがとうございます!」

「あの、だから僕はリヒト……」

「「精霊様!」」


 ああっ可愛い……つらい……この清らかさ!

 笑ってはいけないんだけど……三人とも可愛くて……素直……!

 お姉さん、こんな純な人達を都合よく誘導しようとしている自分が薄汚くて恥ずかしい!

 近くで呼吸していてごめんなさい!

 でもお姉さんはこの薄汚い道を突き進む!


「お二人、いいですか。村の人達にも伝えるのです。私達に任せて、あなた達はいつも通りに過ごすのです。私達を構う必要もありません。そして何か異変があっても、私達を信じて静かに待つのです。いいですね?」

「「はい!」」

「では、この精霊の力が宿った松明を二本、あなた達に託します。これを有効に使ってください」

「精霊の力が!?」

「ありがとうございます!」


 影竜イベントの戦闘の時、村に危険が迫ることはないが地響きがしたり戦闘音が聞こえたり、何かと影響があるかもしれない。

 その際に出歩いたりすると危険なので動かずいて欲しい。

 リヒト君――精霊様の頼みとあれば言うことを聞いてくれるだろう。

 精霊の松明を渡したから、それを通して精霊の力は感じられるはずだ。

 今ここにいない村の人達もリヒト君という名の精霊の存在を信じて従ってくれるだろう。


「ギルドに依頼してもどうにもならなかったし……」

「来てくれた人だって帰っちゃったし……」

「うろつく影が怖くてまともにごはんも作れないし……」

「寝ていると何をされるか分からないからゆっくり休めないし……」

「「精霊様ありがとうございます……」


 立ち上がってリヒト君に縋り付いた二人の顔がちらりと見えたが、疲れているのが一瞬で分かるほど酷い顔をしていた。

 それまでのほんわかしたものが一瞬で吹き飛んだ。

 こんなに悪い状況だったなんて……。

 人影が動き回るようになってからもう十日以上経っていると思う。

 その間、人影が怖くて明かりだけではなく、調理もまともに出来なかったようだし……。

 そういえば調理器具には光属性の魔法が使われているものがあるから、それに反応して人影が来てしまったことがあったのかも。

 ギルドに依頼したがジークベルト以外には無視され、解決の糸口が見つからず不安な日々だっただろう。

 リヒト君にも二人の素顔が見えたようで険しい顔をしている。


「お姉さん、なんとかしてあげたいです。倒すまでの間でも、村の人達の力になれることはないですか?」


 私もなんとかしてあげたいのだが、影竜戦に備えて今からやりたいこともあるし……。

 食事を提供したり手伝いをしたりすることは出来るが、それをすると影竜戦の準備が不足するか、更に日程を後倒しにしなければならなくなる。


「早く解決出来るように準備しなくちゃいけないから……」


 良い返事を出来ずにいると、リヒト君の顔が更に険しくなった。


「じゃあ、その松明をもっとあげられませんか?」


 拾った精霊の松明は十二本。

 確かにあと十本あるが、これは影竜戦のバトルの場となるところを照らすために必要なのだ。

 これがないと暗闇戦になるので危険度がかなり増す。

 二本というのも私の経験上設置しなくてもあまり支障がないポイントが二つなのだ。

 これ以上減らすと死角が出来る。


「これ以上は減らせないの。普通の火でも人影は消しに来ないから。それでなんとかして貰いましょう」

「でも……」

「精霊様! 火を使っても大丈夫だと分かっただけでもありがたいです!」

「そうです! 安心してご飯が作れます! 村の皆にも知らせてきます!」


 二人は嬉しそうに走って行ったが、リヒト君の表情は晴れない。

 うぅ……リヒト君の意向に添えないお姉さんを許して!


「ごめんね、あまり彼らの力になってあげられなくて……」

「え!? あ……お姉さんは何も悪くないです。無理を言ってごめんなさい。何も出来ない僕が偉そうに言って……ごめんなさい」


 戦闘の方にばかり意識がいって村人のことを考えていなかった。

 ゲームでは村は通過するだけだったから、あまり気が回らなかった。

 現実との違いにちゃんと気をつけながら生きてきたつもりだったが……まだまだだな。


「村の人達のためにも頑張ろうね! お姉さんもしっかり影竜倒すから!」

「僕が出来ることは……。…………はい」


 返事をしてくれたが、思い詰めているような顔だった。

 優しいリヒト君だから村人達のことを気にしているのだろうと思っていたが……。


 この後、もっとちゃんと話しておけばよかったと後悔することになったのだった。

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