第16話 作戦会議と準備

「それでは! リヒト君レベルアップ計画第二弾の作戦会議を始めます!」

「はい!」


 ぱちぱちぱちとリヒト君が手を叩いた。

 はい、可愛い。

 先生癒されました。


 昼食を食べ終えた私とリヒト君はジークベルト達と別れ、宿屋に帰って来た。

 リヒト君にイベント内容などを伝えたいのだが、ジークベルト達にはゲーム知識の内容を聞かせたくなかったからだ。

 どうして知っているのかを説明するのが面倒くさい。


 戻る前、ジークベルトにはギルドへ行ってクエストが取り消された件をちゃんと話してくるように伝えた。

 ジークベルトも一度説明を求めたことはあるが追い返されたらしい。

 でも、よく聞いてみるとその対応をしたのがダグっぽいんだよね。

 諸悪の根源に直接言ってしまってはそうなるだろう。

 ダグはもう職員として出てこないだろうし、今行けばギルドマスター代理のファインツがいるから指名して話してくるように提案した。


 というか、ファインツとジークベルトは知り合いのようだ。

「あのファインツか?」と聞かれたので「どのファインツかは分からないがファインツだ」と答えた。

 ファインツっていっぱいいるの?

 何パターンかあるの?

 格ゲーキャラの色違いパターンみたいな?

 特徴を伝えたら合っているようだったので、「あのファインツ」だったのだろう。

 世界って広いけど狭い。

 まあ、知り合いなら話しやすいだろうしもう一度クエストとして出して貰い、詳しい話を聞いて来てくれと頼んだ。

 明日また合流して話し合うことにしている。


 とにかく今はリヒト君との作戦会議だ。

 本当はフォレストコングよりも危険だから、協力しないことも選択肢に入れたかったのだが、勇者の力が必要だと言われて張り切っているリヒト君を止めるのは忍びない。

 まあ、私が完璧にフォローすればいいのだ。


 私はリヒト君に影竜実装イベントであることを話した。

 歩き回っているのは闇の精霊で影竜を倒すと消える。


「影竜……ボスレベルの新種の魔物が生まれるということですか?」

「そうだよ。影竜も強いし、影竜が出てくるまでの道のりが大変なんだよ!」


 このイベントは真夜中の十二時時から夜が明ける六時までの長期戦で、六時までは延々と雑魚の魔物が湧き、六時になってそれが止まると影竜戦に突入するのだ。

 魔物一匹の強さは大したことはないが数が多く、途切れないためキツい。

 ゲームの時は『死に休み』という裏技があった。

 HPがなくなると蘇生して『続行』か、失敗となる『クエスト破棄』の選択肢が出るのだが、その状態で暫く放っておいて時間を稼ぐのだ。

 選択にタイムアウトはないのでいつまでも死に休み状態でいられるが、朝六時まで生き残れても一定数魔物を倒していないとクエスト失敗になる。

 だからずっと死んだままの状態で過ごすことは出来ないが、少しでも休める時間があるのとないのでは全然違う。

 現実になった今では出来ない方法なので、今回は六時間以上ひたすら戦い続けることになるだろう。


 私は体力には自信があるので問題ない。

 でもリヒト君は無理だと思う。

 フルマラソンをするよりも運動量は多いし、第一夜更かしはお肌に悪い!

 リヒト君が寝ても大丈夫なくらい頑丈なシールドを維持出来るよう頑張らなければ。


「それでね、この影竜戦は私とリヒト君の二人で挑もうと思うの」

「ジークベルトさん達はいいんですか?」


 彼らもそこそこ戦力になると思うが、最後まで戦いきることは難しいだろう。

 影竜戦に入る後半で守らなければいけない対象が増えると負担だ。

 メリットよりもデメリットの方が大きいのだ。

 人数が少ない方が経験値もたくさん入るし、私とリヒト君だけで十分だ。

 それを伝えると納得してくれたようで「今度は僕が頑張ります!」と更に張り切ってくれた。


「じゃあ、銀色フォレストコングの時と同じ方法でいくから、攻撃水晶を投げるのと回復をお願いね」

「……僕、前よりも強くなりましたよね?」


 顔に明らかに「その作戦は不服です」と書いてある。

 確かにリヒト君は強くなったし装備でかなり底上げできている。

 影竜以外は問題なく倒せるだろう。

 でも、影竜戦は無傷ではいられないはずだ。

 死ぬことはない……というか、私がどんなことがあっても死なせはしないが、怪我をするだけでも嫌なのだ。

 嫌、絶対に嫌!


「強くなったけれど……影竜まだちょっと早いかな」

「じゃあ、それ以外の魔物は僕も戦いたいです」


 テーブルを挟んで向かいに座るリヒト君が真っ直ぐこちらを見てくる。

 ……この目をしている時は折れないよね。

 お姉さん、リヒト君のことを大分理解してきました。


「……分かったわ。でも、戦闘の時はお姉さんの指示に必ず従って。それとこれから話す魔物のことをきっちり覚えてね」

「お姉さん、ありがとう! うん、ちゃんと覚える!」


 そう言うとリヒト君はランドセルからノートと筆箱を取り出した。

 メモを取りながら聞くつもりらしい。


「メモを取るなんて偉いね!」

「僕、書かないと覚えられなくて」

「うんうん、書くのが一番覚えられるよね。今までちゃんと勉強してきたんだね」

「……僕は勉強しか出来ないから」


 小学生なのにしっかりしているなあと感心していたのだが、リヒト君の顔が暗くなってしまった。

 どうしたのだろう。

 元々そんなに運動が得意そうなタイプではなかったから、勉強以外は自信がないのかな。

 リヒト君にはもっと自分に自信を持って欲しい。

 自分が凄いんだってことを教えてあげなきゃ。


「ねえ、リヒト君」


 名前を呼ぶと顔を上げてくれたので視線を合わせた。

 リヒト君の鉛筆をぎゅっと握っている手を上から握って話しかける。


「勉強だけっていうけど、勉強が出来るのは凄いことだよ? 勉強ってどんなことにも必要なんだから。こうやって魔物を倒すのにも勉強がいるでしょう? スポーツだって、トップのアスリートは身体の作り方とか色々勉強するんだよ? 何にでも必要な勉強が得意っていうことは凄い武器なんだよ!」

「……そう、かな」


 言っていることは分かるがそうは思えない、という反応かな。

 リヒト君の自信のなさは根深いようだ。

 でも、一本背負いも出来たし、この影竜イベントが終わったらまた変化があるかもしれない。


「それに勉強しかっていうけど、お姉さんを元気にしてくれているでしょ? リヒト君にしか出来ないことだよ。それに今度やろうって言った釣りも上手かもしれないよ? 出来ること、これからいっぱいみつけていこうね!」


 笑いかけるとリヒト君は目をぱちっと開いて驚いた表情をしていた。


「……そっか。これからでも増やせるんですね」

「そうだよ!」


 リヒト君の人生なんて「よーいドン!」と始まってスターターピストルの残響音があるくらいだよ!

 まだまだ出だしだ。

 ぎゅっと握った手に力を入れると今度は笑ってくれた。


「じゃあ、イベントに出てくる魔物の話をしようか」

「はい!」


 元気いっぱいの笑顔が戻って来たので頭をなでなでした。

 はああああ癒やし。


「あっ」


 ノートを広げてスタンバイしていたリヒト君がランドセルをがさごそと探り出した。


「どうしたの?」

「下敷きを探しているんですけど……これもないなあ」

「……『も』? もしかして他にもなくなっているものがあるの?」

「あ、はい。体操服のジャージがなくって……」

「なんですって!!」


 リヒト君の体操服がないだってー!

 なんでそんな一番なくなって欲しくないものがなくなっているんだ!

 変な人の手に渡っていたらどうするのだ!

 これはまたジークベルトにも協力して貰って回収しなければ!


「お姉さんに貰った装備があるからジャージはあっても着ないし、気にしないでください」

「でも、元の世界から着ていたものだし……」

「いいんです! ランドセルとか教科書があれば充分です。早く魔物の話を聞きたいです!」


 そうは言うが……私が気になるの!

 キラキラした目で話待ちをされているから納得した風にしておくが、お姉さんは諦めませんよ。


「じゃあ、魔物の情報を言っていくからね」

「はい!」


 このイベントで出てくる魔物に共通していることは全て闇属性だということだ。

 闇属性のレベル1からフォレストコング程度の強さの魔物が次々と沸いてくるが、基本は弱い順だ。

 正確に言うと低レベル帯の中に数匹強い魔物が交じって出てくるのだが、強いと言っても大したことがないので気にすることはない。

 リヒト君がシールドから出ることに反対をしたが、レベルアップや戦闘慣れには向いているので参戦することにして正解かもしれない。


 名前、見た目、大体の強さや使う技、対処法などを思い出す限りリヒト君に伝えていく。

 ……これ、結構な量だな。

 私だったら覚えるのは無理だ。

 覚える気にならない。

 やっぱり勉強が得意なリヒト君は凄いよ。

 殆ど使っていなかったノートだったがリヒト君は使い切った。

 特に影竜についての話は図入りで何枚も書かれている。


 影竜の時にはシールドにいてね? とお願いしたら「分かっています」と微笑んでくれたのだが……本当に分かっていますか?

 シールドを出てきてしまう可能性を考えておいた方がよさそうだ。


 ここで一先ず休憩。

 お茶を淹れて、帰りに買って来たアップルパイをおやつに食べた。

 私は大して頭を使ったわけではないが、糖分が染みるわあ。

 大口で食べていると一瞬で終わってしまった。

 私に反してリヒト君は食べ方も綺麗で絵になる。

 もう存在自体が芸術! という感じだ。


「リヒト君、準備についてもう少し話したいんだけど大丈夫? 明日にしてもいいけど……」

「大丈夫です! 今日のうちに聞いておきたいです!」

「じゃあ休憩は終わり、再開します!」

「先生、お願いします!」


 ぱちぱちぱちと再びリヒト君が手を叩いてくれた。

 はい、幸せー。


「ではではリヒト君。防具は渡しましたが……お姉さんは君にまだ武器を渡していませんね?」

「……はい」


 ああっリヒト君しょんぼりしないで!

 お姉さん、意地悪であげていなかったわけではないのよ!?

 まだアイテム以外の攻撃方法をして貰うつもりがなかったから、持っていた方が危ないかなと思って……!

 でも今回は参戦して貰うのでさすがに必要だろう。


「リヒト君は剣でいいの? 弓とか他の武器も試した?」


 弓なんてオススメですよ?

 銀髪三つ編みによく合うし、遠距離攻撃だから危険度も下がる。

 私という前衛がいればまず安全だしね!


「試していないです。でも、剣がいいです」

「弓……」

「剣がいいです」


 折れないリヒト君がまた現れたな。

 弓がオススメなのに……!

 でも強制も出来ないので剣を用意するしかない。


「剣ね。じゃあ、これを使って」


 取り出して渡したのは贄の剣という真っ黒な片手剣だ。

 名前で察することが出来るかもしれないが、魔物を倒した数だけ攻撃力が上がる剣だ。

 倒した魔物数は9999匹までカウントされる。

 それ以降は上がらないが、そこまでくれば攻撃力は全ての武器の中でトップクラス。

 そして何よりこの贄の剣がこのイベントに適している理由が、闇属性のものを倒すとHPを吸収するのだ。

 倒しながら回復出来るなんて物凄く助かる。

 ゲームの時のこのイベントでも必需品だった。


 この剣、実はそんなに珍しいものではない。

 だが、序盤の攻撃力が低すぎて、強くなるまでが大変なのだ。

 例の「ポケットの魔物とバトルしたり仲間になったりするゲーム」に出てくる「鯉のやつが成長するまでが鬱」、というのに似ている。


 贄の剣は最初は石の剣と言えそうな質感、色をしているのだが、たくさん魔物を倒していくと黒さと鋭さが増す。

 リヒト君に今渡したのは真っ黒で岩でも斬れそうな鋭さだ。

 もちろん、その贄の剣で倒した魔物は限界値の9999だ。


「それ、体力を吸収するやつだから凄く今回に適しているのよ」

「わあー……」


 初めて持ったまともな武器にリヒト君はまた目を輝かせている。

 本当は白で揃えたかったんだけどね。

 真っ白な輪廻の杖という蘇生させた回数分魔力がアップする武器も持っているのだが、蘇生というのがゲームだけのもので、この世界では死んだ人は生き返らないから一回も魔力が上がらないただのゴミとなっている。

 そもそも杖だしね。


「私もね、お揃いで行こうと思うの!」


 そう言って取り出したのは同じ贄の剣。

 同じく9999の魔物を食ったものだ。


「わあ! お姉さんとお揃いだ!」


 お揃いだと喜んでくれるリヒト君の可愛さに悶えながら、ふと別のことを考えた。

 魔物といえどそれだけ命を奪っているということだから、詳細を話したらリヒト君に怖がられるかもしれない。

 ……黙っておこう。

 リヒト君に嫌われたら、お姉さんはまともに生きていける気がしない。


 あとは回復アイテムと持てるだけ持っておこう。


「ねえ、リヒト君。突然ですがクイズです! お姉さんはね、ハーフエルフなの。何の種族とエルフのハーフでしょうか!」

「え!? えーと……僕みたいな、人間?」

「正解はドワーフでした!」

「そうなんですか!?」

「そうなのです!」


 ゲームはクエストをクリアしていくバトルがメインで、所謂『生産』と言われるものがなかった。

 武器、防具、アイテム――。

 何にしても物は作ることなくショップで買う物だった。

 現実世界になったので生産をやろうと思えば出来るようになったのだが、実際に制作するとなるとそれなりの知識と技量が必要なため、冒険者の傍らでするのは難しい。


 だが生産を簡単にやってのける方法がある。

 それがスキルでの生産だ。

 地道に作れば何時間、何日もかかることがスキルなら一瞬だ。

 生産系のスキルは努力すれば習得出来るものではなく、生まれ持つスキルになるのだが種族によってその保有率が全然違う。

 リヒト君のような人族には生産スキルを持つ者は少ないのだが、ドワーフとエルフには多い。

 エルフは回復薬などのアイテム系、ドワーフは装備系が多い。


 そしてそんな生産系スキル高確率保有種族ハイブリッドの私はアイテム系、装備系両方のスキルを持っているのだ。

 ただ、ハーフだからか分からないが、スキルの成功率があまりよくない。

 簡単な物なら失敗しないが、中級レベルになってくると半分失敗してしまう。

 上級になると二割、三割の成功率だ。

 だから普段は殆ど使わないのだが……。


「リヒト君、お願いがあるの」


 私はリヒト君ににっこりと頬笑みかけた。


「なんですか?」

「あのね。今から私、完全回復薬を作るから、成功して欲しいなあ! って声に出して祈って貰っていい?」

「え? あ、はい」


 不思議そうな顔をしているが言う通りにしてくれるようだ。

 ありがたい。


 今から作る完全回復薬だが、実は一発で出来た例しがない。

 でも、私は今絶対に成功すると確信している!


「じゃあ、作るね! ……お願いします!」


 スキルを発動し、完全回復薬を作製する。

 いつも通り――ああ、失敗かな……という気配がしたが――。


「えっと……お姉さんの完全回復薬作りが成功しますように!」

「!」


 リヒト君がお祈りのポーズをしながら叫ぶと、失敗の気配がしていたスキルの状態が一気に修正、真っ白な光を放ちながら完成した。

 出来上がったのは――。


「やった! ……って、あれ……完全回復薬じゃない?」

「え? 失敗ですか?」

「完全回復薬作りとしては失敗だけど……これは……万能完全回復薬!」


 体力だけを完全に回復する完全回復薬を作ったつもりだったのだが、全ての状態変化も治す万能完全回復薬に進化していた。

 確かに私は「リヒト君に祈って貰えば精霊が力を貸してくれて成功率が激上がりするのでは!?」と精霊を利用するゲスいことを考えたが……精霊、やりすぎじゃない?

 でもこのイベントで現れる魔物の中には状態異常攻撃をするものもいるので有り難く使わせて貰う。


「リヒト君のおかげで大成功だよ! もっと欲しいからまだまだアイテム作りに付き合って貰っていいかな?」

「僕はお祈りしかしていないけど……そんなことでいいのならもちろんです!」


 こうして精霊を利用していることに気づかないままのリヒト君に協力して貰い、私はアイテムの準備を万全に済ませたのであった。

 リヒト君、大人って汚くてごめんね。

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