第15話 クエスト

 見なかったことにしよう。

 そう思い、リヒト君の手を掴んで三人が駆けてくる方とは反対側に進み始めた。

 え? え? とリヒト君は私と奴らを交互に見て戸惑っているけど、ああいうのは気にしたら駄目だよ?

 おばあちゃんとかに「霊がついてくるから無闇にお地蔵さんに手を合わせてはいけません!」って言われたことない?

 この人は優しい人だ、成仏させれくれる! と思って取り憑くらしいから無視が一番なのだ。


「ま、待ってくれ!」


 スルーしてスタスタと進んだが、向こうは走っているのでさすがに追いつかれた。

 通せんぼをするように前に立たれると無視することは出来ない。

 だから挨拶をした。


「こんにちは。さようなら」


 最低限の礼は尽くしたからもういいよね。

 では!


「待て、話を……これを……!」


 踏み出した私達を遮り、そう言って彼らが差し出したのは前世で見慣れたものだった。


「僕のランドセル!」

「あなた達が盗ったの!?」


 経験値だけではなくリヒト君の荷物まで!?

 なんという極悪人!

 真ん中の一番よく見かけている若い男、ギルドで話しかけてきたイケメン冒険者の襟首を掴んで揺さぶった。

 おのれ、許さぬぞ!


「違う! 売られていた店から買い取ってきたのだ! これは君のものだろう?」


 この世界にランドセルはない。

 間違いなくリヒト君のものだ。

 イケメン冒険者が差し出したランドセルをリヒト君は受け取った。


「確かに僕のランドセルです。ありがとうございます!」


 嬉しそうなリヒト君を見ていると私も悪い態度は出来ない。

 お礼を言いたいくらいだが……疑問がある。


「……どうして荷物のことを知っているの?」

「それは……君達と話がしたくて以前少年の姿を見かけた宿へ行ってみたら、なくなった荷物についてやりとりをしているのが聞こえて来たのだ。荷物が売られたと聞いて、いくつか盗品でも何でも買い取るような店に心当たりがあったから、今朝から回って買い取ってきた」


 有り難いが……どうしてそこまでしてくれるのか。

 故意ではなかったが経験値泥棒をしてしまったお詫び、とか?

 そうだとしても借りを作るのは嫌な予感しかしないから、ちゃんと対価を渡しておこう。


「ありがとうございます。買い取り金額はいくらでした?」

「いや、お代は結構だ。経験値のことの迷惑料として取っておいてくれ。それより、聞いて欲しい話が……。…………!?」


 私は無言でイケメン冒険者の手を握った。


「お姉さん!?」


 リヒト君がガーンッと驚きとショックを混ぜたような顔をしているが、私はもう片方の手も固まっているイケメン冒険者の手に添え、グッと握った。

 ぎゅうっとおにぎりのように握って――。


「探してきてくださった手間料としてお納めください。では!」


 イケメン冒険者から手を離すともう一度リヒト君の腕を掴んで進み始めた。


「え? あ! え……ええええっ!?」


 ぽかんと私を見送っていたイケメン冒険者が自分の手の平の中にあるものに気がついたようだ。

 自分の手の平目がけて叫んでいる。

 両サイドにいた二人も手の平の中を覗いて目玉が飛び出そうだ。


 私がイケメン冒険者に握らせてきたものは精霊金貨というものだ。

 精霊と取引が出来るという金貨でとても貴重。

 もちろん私のゲーム知識を使ってゲットしたものである。

 精霊『金貨』といっても精霊には売買をする概念がないので、これを渡せば精霊が何かくれるという交換アイテムのようなものだ。

 ものではなくお願いを聞いてくれたりもする。

 普通の貨幣に換金すると、家が建つどころが城を立てられるくらいのお金になる。

 これを渡しておけば買い取り金額より足りなかった、ということはないだろう。

 リヒト君にとって大事なものだから、私にはそれくらいの価値があるけどね!


「こ、こんな……こんなものは受け取れない!」


 イケメン冒険者が両手で精霊金貨を握りしめたまま走ってついてくる。

 来ないでよ、なんだか怖いのですが!

 取り憑かれちゃうよ〜!


「待ってくれ! 困っているんだ、話だけでも聞いてくれないか!」


 話だけでも聞いて、なんてものは悪徳商法や詐欺の常套句だ。

 私はお布団もお墓の土地も買いません!

 本気でも撒こうと考えていると、リヒト君にグイッと手を引かれた。


「……お姉さん、話だけでも聞いてあげて。ランドセルを持ってきてくれたし、本当は僕がお礼しなきゃいけないんだけど、僕じゃ役に立てるか分からないし……。僕に出来ることがあったら手伝うから!」

「うぐぐっ!」


 でもね、優しくしたら取り憑かれちゃ…………うけどいいかなー!

 リヒト君にお願いされるように見つめられてしまっては「NO!」と言うことは出来ない。


「とりあえず、話を聞くだけね」

「お姉さんありがとう! 今度僕からお姉さんにお礼するね」


 あ、でもお金持ってない! 肩たたき券じゃ駄目ですか!? と焦るリヒト君が可愛い。

 肩たたき券で……というか肩たたき券がいいよ!

 お姉さん肩凝ってないけど、全力で凝らす!




 お昼時なので話は昼食をとりながら、となった。

 リヒト君のお腹がすいたら大変なので当然である。

 イケメン冒険者にリヒト君に合いそうないい店があると言われて辿り着いたのは昨日夕飯を食べたところだった。

 リヒト君は苦笑いだ。

 わざわざ昨日来たと言うこともないか、と黙ってイケメン冒険者達の後をついて店に入ると、昨日のちゃっかりした娘さんがいた。

 私を見て金払いの良い客が来た!と思ったのか、とっても笑顔になったが、隣にいるリヒト君を見ると固まった。

 この子は黒髪眼鏡のリヒト君を知っているから、他の人より更に驚くだろうと思ったのだが、困惑した様子で声をかけて来た。


「昨日の子と別人ですか? でも顔は似ているような……兄弟?」

「え? まあ、そんなところです」


 変わり過ぎて同一人物とは思えなかったか。

 朝起きたらこうなっていました、と説明しても信じて貰えないかも知らないし、適当に相槌を打って誤魔化した。


「すまない、昨日も来ていたのか。別のところにしようか」

「んー……リヒト君、どうする?」

「昨日食べたのが美味しかったので僕はここがいいです」


 本当にそう思っているのか、気を使ってくれたのか分からないが、にっこりと微笑むリヒト君は天使だ。

 頭を撫で回したい衝動を抑えながら店内を進んだ。


 昨日は二人席だったが今日は六人席に腰を下ろした。

 私とリヒト君が並び、向かいに三人が並んだ。

 真ん中は私とイケメン冒険者で対面している。

 向こうの一人がギルドマスター代理のファインツよりも大男で、テーブルから盛大にはみ出しているのが妙に面白い。

 じわじわくる。


「あの、狭くないですか? 私の隣の席に来ては?」


 このままだと真面目に話していても突然吹き出してしまいそうなので、向こうにいる女性に提案したのだが、何故かイケメン冒険者がシュタッと立ち上がった。


「あなたじゃないから」


 そう言ってイケメン冒険者の腕を掴んで強制着席させたのは彼の連れの女性だ。

 私も同じことを思いました。

 自分に言われたと勘違いしていたのか、イケメン冒険者は顔を赤くして俯いている。

 小学生のリヒト君に微笑ましそうに見られている大人、どんまい。

 女性は隣に来て「失礼します」と一言挨拶をし、腰を下ろした。

 向かいの男二人はようやくテーブルの幅に収まった。

 これで私も吹き出す心配をせず安心して話せる。

 その前に注文だ。


 魔物の肉は食用には適さないので余程のことがないと食べないし、この世界の料理は前世で食べていたものと殆ど同じだ。

 リヒト君の目は他のテーブルにあるオムライスとハンバーグを行き来している。

 どっちか迷っているようだったので、リヒト君が選ばなかった方を私が頼むことにした。

 他の三人も決めたようなので注文を済ませた。


「お料理がくる前に軽く自己紹介しませんか? 私はシャールカ。魔法使いです。冒険者ですが、家庭教師もしております」


 隣に座る女性、シャールカが私とリヒト君に軽く頭を下げた。

 シャールカはリヒト君と同じ人族で、私よりも少し背が低い。

 歳は私と同じくらいだろう。

 ボリュームの多いチョコレート色の髪をポニーテールにして、紺色のダボッとしたローブを着ている。

 家庭教師をしているくらいなので、魔法使いとしてそれなりに優秀なのだろう。

 彼女、というかこの三人は恐らくシンシアと同じくらいの強さだと思う。


「フォルクマー。よろしく」


 ベリーショートタイプの自己紹介をしたのは先程テーブルからはみ出していた大男だ。

 クマー……確かに熊みたいくまー。

 名前は可愛いが、見た目の方は可愛いとは真逆。

 リヒト君とは対極にいるような男だ。

 歳は恐らく三十代くらいだと思うが、若いようにも老けているようにも見える。

 渋い緑色の短髪で、戦闘の時は斧と槍を足したような武器、ハルバードを使っていた。


「俺はジークベルト。冒険者になったのは最近で旅をしている」


 最後に名乗ったのはイケメン冒険者だ。

 私よりも少し年上、二十代後半くらいだと思うが、冒険者になったのは最近?

 何か訳ありなのだろう。

 深入りしたくないので聞かないけどね!

 藤色の髪に青の瞳。

 乙女ゲームなんかでいうと、ミステリアスやセクシー系を担当してそうなビジュアルだ。

 どう見てもリア充、ゴージャスな遊びをしていそうな見た目なのだが意外に喋りは固い。

 さっきは勘違いして立ち上がり、赤面していたので仄かにいじられキャラの匂いもする。


「お姉さん?」


 ジークベルトを観察していると、リヒト君に声を掛けられた。

 自己紹介の順番的には次は私のようだ。


「マリアベルです」


 クマーのベリーショートタイプを越えるショートで済ませた。

 え? それだけ? という空気を感じたけれど無言の圧で誤魔化した。


「えっと、僕はリヒトです。お姉さんに助けて貰っていて、あの……その…………よろしくお願いします!」


 恐らく私の分も喋ろうと頑張ってくれたのだと思うが、言うことがなかったのか可愛さで誤魔化された。

 和む……。


「リヒト……ですか」


 シャールカがぽつりと呟いた。

 ジークベルトもリヒト君をジーっと見ている。

 やっぱりこの見た目でこの名前は引っ掛かりますよね。


 うん?

 クマーはどこを見て……と思ったら注文していた料理が届いた。

 お腹空いていたのかな。

 なんだかクマーとは仲良くなりたくなってきた。


「では、頂きましょうか」

「いただきます!」


 オムライスを食べ始めたリヒト君に、「ハンバーグもどうぞ」と取り皿に乗せてお裾分けしながら、ジークベルトに困っていることとは何か話すように促した。


「困っているのは……正確には俺ではないのだ。君達はこの近くにドルソという村があるのを知っているか?」

「ドルソ……ドルソ……」


 オムライスをもぐもぐしながら首を傾げるリヒト君の隣で私はナイフを置いた。

 ……聞き覚えがある。

 いや、これは今世での聞き覚えじゃない。

 前世で、ゲームで何かあったのだ。


「崖と崖の間という危険なところにある村だ。吊り橋が張り巡らされていて……」


 崖……吊り橋…………吊り橋!!


「霧の吊り村!」

「知っていたか」


 いつも霧が濃くて周りが見えづらく、崖の中腹にある吊り橋だらけの村。

 知っている、知っていますとも!

 そうか、この近くだったのか……。

 一回きりの特別クエストだったからすっかり忘れてしまっていた。


「俺はギルドでドルソでの調査というクエストを受けたんだ。どういった調査かというと、不思議な現象が起きているからそれを確認……」

「黒い人影が歩き回っているんでしょう?」

「……あのクエストはすぐに消されたのだが、見ていたのか?」


 クエストは見ていないけど、イベントとして体験しているから分かります。

 ……というか。


「クエストは消された? 達成したってこと?」

「いや、一度ギルドに戻った際に気がついたのだが、最初からなかったことにされていた。俺が引き受けた形跡もなくなっていた」

「どういうこと?」

「あの村は闇の精霊と関わりがあるからかもしれない。依頼を出した村人が言うには、最初女性の職員が受け付けてくれたそうなのだが……」

「ああ……」


 女性の職員というのはサリナかな。

 サリナは偏見がないから普通に受け付けたが、あとから偏見がある者――ダグあたりがその依頼を見て取り消したのだろう。


「……で、あなたはクエストはもうないのにまだ調べているの?」

「村人達は怯えていた。知ってしまったからには放っておくことは出来ない。影を消そうとしたが、斬っても空を斬るだけだった。魔法も効かない。元々は俺一人で受けていたクエストだったのだがどうにも出来ず、この二人に助力して貰っている。今のところは人型の影が歩き回っているだけで命の危機になるような被害はないが、あまりにも不気味だ」


 この現象は、影竜実装イベントと同じだ。

 影竜という新しいボスが出現するようになるのを記念して行われたものである。

 そういえば今までこの世界で影竜の話は聞いたことがないな。

 これからは稀に世界中で現れるようになるだろう。

 影竜は強い方だが、魔王種ではないので単独でも倒すことは出来る。

 出来る、出来るのだが……かなり疲れるイベントなんだよね……。

 その分一気にレベルアップは期待出来る。

 このイベントをこなすだけで、リヒト君は私に追いつけるかもしれない。


「最初ギルドでマリアベルに声を掛けたのは、一緒にダンジョンを攻略して貰いたかったのだ。光の大精霊の武器なら、あの影を斬れるのではないかと思い……」


 なるほど。

 本当にナンパではなかったか。

 いや、分かっていた、分かっていたけどね!

 確かに大精霊の武器で斬れないものなんてなさそうだ。

 ジークベルトの話は続く。


「大精霊の武器を得るため、ダンジョンを進んでいた途中に君達が銀色のフォレストコングと戦っている場面に遭遇した。君達の強さ、それにリヒトの容姿――。自分達が大精霊の武器を手にする者ではないということが分かった。だから君達に……勇者に協力して貰いたいんだ。ドルソの村の憂いを払って欲しい」

「……僕、やります!」

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